第62話 ソロの仕事

 次の日、僕は冒険者ギルドでソロの仕事を受けた。


 パーティーでの仕事以外でも、お金を稼ごうと思ったからだ。


 いくつかの素材採取の依頼を受けて、僕はガホンの森に向かった。ガホンの森は崖が多く高低差が激しい森だ。中央には大きな川が流れていて、多くの生物が生息している。


 僕は草のつるが垂れ下がった獣道を川に向かって進んだ。薄暗い森の中に青白く発光する森クラゲが浮いている。


「森クラゲは綺麗だけど、素材にはならないからな」


 僕はため息をついて、視線を左右に動かす。


 まずは依頼を受けている『月光草』と『蒼冷石』『七色蟲』を探すか。それを探しながら、素材になるモンスターを倒そう。白銀狼を倒せば、毛皮が金貨二枚以上で売れるし。


 茂みをかき分けて進むと崖に出た。先端から下を覗くと、崖の底に多くの石が転がっている。


「落ちたら即死だな」


 意識を集中して、崖に紙の橋をかけた。紙の橋は幅が五十センチほどで向かい側の崖に繋がっている。その橋を僕は早足で渡る。


 やっぱり、【紙使い】のスキルは役に立つな。紙の橋を架けなければ、こっち側に来るのに一時間以上はかかっただろう。


 ふと、足元を見ると、黄白色に輝く草が生えていた。


「あ、月光草だ」


 僕は片膝をついて、月光草を丁寧に引き抜く。


 ラッキーだったな。崖の近くだったから、他の冒険者に見つからなかったのか。

 この調子で、どんどん素材を探していこう。とにかく、たくさんお金を稼ぐんだ!


 僕は魔法のポケットに月光草を収納して、森の奥に進んだ。


 数時間後、僕は巨木が立ち並ぶ森の中を歩いていた。頭上の枝葉が広がり、木漏れ日が僕の姿を照らす。


 今日は調子がいいな。依頼の素材は全部手に入ったし、ついでに『古代トカゲの化石』も手に入れた。これは大銀貨三枚にはなるだろう。

 とりあえず、今夜は森で野宿するとして……。


 その時、茂みの奥に人の顔のようなものが見えた。


「……んっ?」


 僕は魔喰いの短剣を手に取り、茂みに近づく。

 視線の先に中年の男が仰向けに倒れていた。胸の部分は血に染まっていて、周囲の草に血がこびりついている。


「だ、大丈夫ですか?」


 僕は男に駆け寄った。


「あ……」


 男は死んでいた。薄く開いた目は乾いていて、額に三つの三角形が刻まれていた。胸の傷は深く、周囲の皮膚が少し焼けている。火属性を付与した武器で突かれたんだろう。


「この図形……ドールズ教か」


 僕の口中が乾いた。


 ドールズ教は太古の時代に世界を滅ぼそうとした邪神ドールズを崇める宗教で、自分の欲のためなら、人さえ殺してもいい教えがある。レステ国で禁止されている宗教だが、その信者は国内だけでも一万人以上いると言われている。


 たしか、ドールズ教の信者が邪神ドールズの捧げ物に、この図形を刻むはずだ。

 この人は、僕と同じで素材採取の依頼を受けて、この森を探索してたのかもしれないな。


 僕は男のベルトにはめ込まれていたCランク冒険者の証である青色のプレートを見つめる。プレートの下部には数字が刻まれていた。


 プレートを冒険者ギルドに持っていけば、この人の名前がわかるだろう。とりあえず、プレートを回収しておくか。


「動かないで!」


 突然、背後から声が聞こえた。

 振り返ると、そこには茶色の髪を後ろに束ねた少女が短剣を構えて立っていた。

 年齢は十代後半ぐらいで、背丈は僕より少し低い。革製の赤い鎧を装備していて、腰のベルトには緑色のプレートがはめ込まれていた。


「あなた、人を殺すなんてどういうつもり?」


 少女は眉を吊り上げ、僕を睨みつける。


「あ、いや。僕じゃないよ!」


 僕は慌てて、両手を上げた。


「僕は死体を見つけただけだから」

「見つけただけ?」

「うん。多分、ドールズ教の信者が殺したんだと思う」

「ドールズ教?」

「額にドールズ教の印が刻まれているんだ。だから、僕じゃないよ」

「あなたがドールズ教の信者の可能性もあるでしょ」


 少女は短剣の刃を僕に向ける。


「私は騙されるつもりはないから」

「う……」


 僕は頬をぴくぴくと痙攣させて、後ずさりする。


 まいったな。どうすれば疑惑が晴れるんだろう? あ……。


「血だ。血を見て」

「血がどうしたの?」

「死体の血が乾いてるだろ?」


 僕は死体の傷口を指さす。


「ほら、草についた血も乾いてる。つまり、この人は何時間も前に殺されてたってことだよ」

「それがどうかしたの?」

「何時間も前に殺されているのに、そこに犯人がずっといるわけないよね?」

「あ……」


 少女の口が大きく開いた。


「それは……そうだけど、んっ?」


 少女は僕のベルトにはめ込んでいる黄土色のプレートを見つめた。


「あなた、Eランクなの?」

「うん。最近、Eランクになれたんだ」

「……そう」


 少女は死体と僕を交互に見る。


「どうやら、あなたが犯人ってわけじゃなさそうね。死んでるのはCランクの冒険者みたいだし、あなたが正面から殺せたとは思えない」

「じゃあ、僕の疑いは晴れたってことだね?」

「……一応ね」


 少女は短剣を鞘に戻した。


「私はライザ。Dランクの冒険者よ。あなたは?」

「僕はヤクモ。素材探しでこの森に来たんだ」

「ふーん。ソロか」


 少女――ライザは呆れた顔で僕を見つめる。


「パーティーか団に入ったら? そのほうが安全だし」

「いや、パーティーには入ってるよ。ただ、今日はパーティーの仕事がなかったから、ソロで稼ごうと思って」

「お金が必要ってわけか」


 ライザは頭をかいた。


「まっ、ソロだと報酬は全部自分のものになるけど、その分、危険だからね。注意したほうがいいわよ」

「うん。気をつけるよ」

「と、それより、この死体のほうが問題か」


 ライザは死体に近づき、傷口を確認する。


「……たしかに死んでから何時間も経ってるみたいね。腕にも短剣で刺された傷がある。戦闘でやられたのかな」

「ドールズ教の信者のほうがCランクの冒険者より強かったってことか」

「そうなるわね。となると、注意したほうがいいかな。今も近くにいる……あ……」


 ライザが大きな声を出した。


「どうしたの?」

「仲間がいるの。あの子、まだ、Fランクだからまずいかも」

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