第59話 草原の戦い
巨大な月が照らす夜の草原に、僕は立っていた。
冷たい風が紫がかった髪を揺らし、濃厚な草の香りが鼻腔に届く。
「ヤクモくん」
パーティーのリーダーで錬金術師のアルミーネが僕に声をかけた。
ピンク色のセミロングの髪に色白の肌、ダークブルーの瞳に薄く整った唇。スタイルもよく、白を基調とした上品な服を着ている。
「キナコから遠話の魔道具で連絡があったよ。そろそろ、こっちに来るみたい」
「わかった」
僕は視線を南の森に向ける。
森は広く、高さ二十メートル以上の木がみっしりと生えていた。広がった枝葉の近くに、青白く発光する半透明の生物――森クラゲが数十体浮いている。
何かを察したのか、森クラゲたちがゆっくりと森から離れ始めた。
そして――。
数十本の木が次々と倒れ、森から巨大なドラゴン――ニードルドラゴンが姿を現した。
ニードルドラゴンは全身が青黒いトゲで覆われていて、額に金色の角が生えていた。翼はなく、しっぽが三つに分かれていた。
ニードルドラゴンは咆哮をあげて、前を走るキナコを追っている。
予定通り、キナコがニードルドラゴンをここに連れてきてくれた。さすがだな。
キナコは茶トラ柄の猫人族でAランクの冒険者だ。見た目は人間の子供ぐらいの大きさだが、『魔族殺しのキナコ』という二つ名がつくぐらい強い。
キナコはニードルドラゴンとの距離を確認しながら、僕たちのいる場所に近づいてくる。
「予定通りにいくから」
アルミーネは一歩前に出て、右手を前に向ける。
アルミーネの右の瞳に魔法陣が浮かび上がり、ニードルドラゴンの頭上に紫色の魔法陣が現れた。その魔法陣から、黒い霧が出てニードルドラゴンを包む。
巨大なモンスターに効果が高い重力系の魔法だ。
ニードルドラゴンの巨体が数十センチ草原に沈む。
「この時を待っていたのだーっ!」
右側の草原に隠れていたピルンが姿を見せた。
ピルンは十五歳の女の子でDランクの狂戦士だ。すらりとした体形をしていて、瞳は紫色、僅かに開いた口から尖った歯が見えている。髪型は腰まで届くツインテールで、服はへそが見えるセパレートタイプだった。
「愛と正義の狂戦士、ピルン! ここに参上っ!」
ピルンは腰に提げていたカラフルな『マジカルハンマー』を手に取った。マジカルハンマーが巨大化する。
「エジン村の牛さんをいっぱい食べた悪いドラゴンはおしおきなのだ!」
そう言うと、ピルンはニードルドラゴンに突っ込んだ。大きく左足を踏み込み、体を捻りながら、マジカルハンマーをニードルドラゴンの体に叩きつける。青黒いトゲが叩き折れ、バラバラと地面に落ちる。
「ゴアアアアッ!」
ニードルドラゴンが長い首を動かし、ピルンの姿を確認する。
そして、ピルンに向かって青黒いトゲを飛ばした。
ピルンは素早い動きでトゲを避け、ニードルドラゴンの背後に回り込む。
「狂戦士モード発動なのだーっ!」
ピルンの紫色の瞳が輝き、瞳孔が縦に細くなる。
ピルンは左足を踏み出し、マジカルハンマーでニードルドラゴンの後脚を叩いた。
ドンと大きな音がして、ニードルドラゴンの巨体が傾く。
やっぱり、ピルンの狂戦士モードはパワーがすごいな。
「いいぞ、ピルン!」
反転したキナコが一気にニードルドラゴンに駆け寄り、ピンク色の肉球を突き出す。
「『肉球波紋掌』!」
ニードルドラゴンの体に波紋が広がり、開いた口から、黒い血が流れ出す。
さすがキナコだ。一撃でニードルドラゴンに大きなダメージを与えた。
よし! 僕も動くぞ。
僕は『魔喰いの短剣』を握り締めて走り出す。
「ゴオオオッ!」
ニードルドラゴンは首を縮め、体を丸くした。数百本の青黒いトゲが発射される。
僕は意識を集中させ、ユニークスキル【紙使い】の能力を使用する。
魔法文字と様々な図形を組み合わせた魔法を発動させる式――『魔式』を脳内でイメージして。
「『魔防壁強度四』!」
厚みのある白い紙が百枚以上具現化し、ピルンとキナコの前に壁を作る。青黒いトゲが白い壁に突き刺さり、ピルンたちへの攻撃を防ぐ。
僕はニードルドラゴンに駆け寄り、魔喰いの短剣に魔力を注ぎ込む。青白い刃が二メートル以上伸びて、ニードルドラゴンの前脚を切断する。
「ゴガアアアーッ!」
ニードルドラゴンは大地を震わせるような声をあげて、口を大きく開く。その口から青い炎が吐き出された。
僕はニードルドラゴンの側面に移動しながら、数百本の紙の短剣を具現化した。紙の短剣が一斉に動き出し、ニードルドラゴンの体に次々と刺さる。
「ゴガアアアア!」
ニードルドラゴンは巨体を大きく揺らして、森に戻ろうとした。
その時、ニードルドラゴンの行く手を阻むように地面が盛り上がり、土の壁が出現した。土の壁は高さが二十メートル以上あり、長さも百メートルを超えている。
予定通り、アルミーネが土属性の魔法でニードルドラゴンの逃げ道を塞いでくれた。あとは僕とピルンとキナコでニードルドラゴンを倒すだけだ!
「ゴゥウウウ!」
ニードルドラゴンは土の壁を背にして、僕をにらみつける。
どうやら、逃げずに戦う覚悟を決めたようだ。
ニードルドラゴンは首を長く伸ばして、青い炎を吐き出す。草原の草が一気に燃えた。
「ヤクモっ! 足場を頼む!」
キナコが叫んだ。
「わかった」
僕は周囲に無数の紙の足場を具現化する。
キナコとピルンがその足場に飛び乗る。
僕も足場を連続でジャンプしながら、ニードルドラゴンに近づく。
ニードルドラゴンが首を捻って、ピルンを噛もうとする。
その首めがけて、魔喰いの短剣を振り下ろす。半透明の青い刃が硬いウロコを斬り、首の部分から黒い血が噴き出す。
「ゴアアアアッ!」
それでもニードルドラゴンは動きを止めなかった。
三つに分かれたしっぽを振り回し、宙に浮かんでいる足場を次々と壊す。
まだ、暴れるか。それならっ!
魔法のポケットにストックしていた火属性を付与した紙を使って。
「『巨斧炎龍』!」
数百枚の紙が組み合わさって、巨大な斧の形になった。斧の刃が炎に包まれる。
「いけえええっ!」
巨斧炎龍がニードルドラゴンの長い首を切断した。巨大な頭部が地面に落ち、ニードルドラゴンの動きが止まる。
そして――。
ニードルドラゴンの巨体が傾き、横倒しになった。
倒した……か。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます