第7話 出会い
タンサの町の西側にある森の中で、僕は薬草を探していた。
緩やかな斜面を下りて、苔の生えた木の根元にある黄緑色の薬草を丁寧に引き抜く。
「これで依頼分はなんとかなったな」
僕は多くの物を収納できる魔法のポーチに薬草を入れて、額の汗を拭う。
そろそろ帰るか。野宿するにしても、町の近くのほうが安全だし。昨日みたいに危険なモンスターに出会ったらまずい。
僕はまぶたを閉じて基礎魔力の量を確認する。
前は基礎魔力が完全に回復するのに二日以上かかってたけど、今は回復のスピードが早い。体を休めていれば、あっという間に回復していく感じだ。
まあ、今の基礎魔力なら、十分の一の量でも、大抵のモンスターに対処できるはずだし。
その時――。
「ゴアアアアッ!」
南から、モンスターの鳴き声が聞こえてきた。
んっ? 何だ?
僕は鳴き声がした方向に向かって走り出す。木々から垂れた草のつるをかき分けながら進み続けると、視界が一気に広がった。
垂直の崖の下に冒険者らしき少女がいた。少女は僕と同じ歳ぐらいで、髪はピンク色のセミロング、濃い緑色を基調とした服を着ていた。
少女の前には体長四メートルを超えた二つの頭部を持つ巨大なトカゲがいる。トカゲのウロコは赤黒く、前脚と後脚の爪は紫色に輝いている。
あれは……双頭トカゲだ。パワーがあって炎を吐く危険なモンスターだ。たしか、爪にも麻痺系の毒があったはず。
まずいな。後ろの崖は登れそうにないし、あの子、右足をケガしてるみたいだ。これじゃあ、逃げられないぞ。
腰に提げていた短剣を引き抜き、僕は一気に走り出した。木々の間をすり抜け、少女と双頭トカゲの間に割って入る。
「え? 誰っ?」
少女が驚いた声を出した。
「僕はヤクモ! 冒険者だよ」
そう言って、僕は短剣の刃を双頭トカゲに向ける。
「詳しい自己紹介は後で。戦える?」
「ごめん。私、錬金術師なの。素材が入った魔道具の指輪を壊しちゃって」
「わかっ……」
喋ってる途中に双頭トカゲのノドが大きく膨らんだ。
炎を吐くつもりか。
いつもの魔式じゃなく、水属性を付与した紙を具現化する魔式をイメージする。
目の前に数十枚の紙が具現化した。紙は表面が水面のようにゆらゆらと揺れていて、双頭トカゲが吐き出した炎を防いだ。
よし! 防炎性の紙が早速役に立ったぞ。
双頭トカゲは前脚の爪で紙を引き裂く。水しぶきが周囲に飛び散った。
と、さすが双頭トカゲだ。強化した紙も簡単に引き裂くか。
僕は右側に走って、双頭トカゲの注意を引く。
双頭トカゲは計算通りに僕を追ってきた。これであの子が逃げるチャンスができた。
「ゴアアアアッ!」
双頭トカゲは体を捻って、先端が尖ったしっぽで僕を攻撃する。僕は地面を転がりながら、その攻撃を避け、短剣を投げた。
短剣が双頭トカゲの肩に当たり、小さな傷をつける。
深くは刺さらないけど、傷はつくか。
それなら風属性を付与した紙とそれを折る魔式を組み合わせて――。
僕の周囲に紙の手裏剣が数十枚具現化する。
手裏剣は数百年以上前にこの世界に転移した異界人が伝えたとされる投擲武器だ。手のひらに乗るぐらいのサイズで四方が尖っている。
紙の手裏剣はくるくると回転しながら双頭トカゲの肩や前脚に突き刺さった。
全身から赤黒い血を流しながらも、双頭トカゲは大きくノドを膨らませる。
そのノドに数十枚の手裏剣が突き刺さる。ノドが破けて炎が噴き出した。二つの頭部が炎に包まれる。
「ゴガ……ガ……ガ……」
双頭トカゲの巨体が傾き、横倒しになった。
倒せたか?
僕は落ちていた短剣を拾い上げ、警戒しながら双頭トカゲに近づく。
双頭トカゲは二つの口を大きく開けたまま、絶命していた。
「……ふぅ。なんとかなったか」
僕は溜めていた息を吐き出した。
紙の手裏剣の威力もなかなかだな。紙を折れば強度が増すし、風属性を付与していて、スピードと回転数を上げることができた。直線的な軌道じゃないから避けるのが難しいし。
ただ、普通の紙より少し具現化に時間がかかるのが難点か。属性を付与する魔式と紙を折る魔式の二つを追加しないといけないから。
【魔力極大】のスキルが復活してから、頭がすっきりして、瞬時の判断も速くなった気がする。これも頭を打ったおかげなのかもしれない。
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