第8話 出会い2

「ありがとう!」


 助けた少女が僕に歩み寄った。


「あなたのおかげで命拾いしたよ。私はアルミーネ。上級の錬金術師でCランクの冒険者の資格も持ってるわ」


 アルミーネは茶色のベルトにはめ込まれた青色のプレートを指さす。


「錬金術の素材集めのために森をうろついてたら、アレに出くわしちゃってね。ほんと、死んじゃうかと思ったよ」


 そう言って、彼女は僕に顔を近づける。宝石のようなダークブルーの瞳に僕の姿が映った。


「それにしても、あなた強いのね。さっきの攻撃、ユニークスキルでしょ?」

「うん。紙を操るスキルかな」


 僕はズボンについた土を払いながら、アルミーネの質問に答える。


「それより、足のケガは大丈夫?」

「走るのは難しそうだけど、歩くのはなんとかなりそう」

「じゃあ、町まで送るよ。Fランクの冒険者でも、護衛なしよりいいだろうし」


 僕は自分のベルトにはめ込んでいた白色のプレートを指先で叩く。


「え? あなた、Fランクなの?」


 アルミーネのダークブルーの瞳が丸くなった。


「てっきり、Cランク以上だと思ったよ。双頭トカゲを簡単に倒しちゃったから」

「いや、ぎりぎりだったよ。先に炎を吐かれたら、こっちがやられてたかも」

「へーっ、謙虚なんだね」


 アルミーネは僕の顔をじっと見つめる。


「……まあ、いいや。どっちにしても、お礼をしたいし、私の家まで送ってくれる?」

「あ、いや、お礼なんていいよ。こんな時は助け合うのが冒険者として当たり前のことだから」

「その答えも気に入った! あなたなら……」


 アルミーネの声が途中から聞こえなくなった。



 その日の夕刻、僕はタンサの町の北地区にあるアルミーネの家にいた。


 広いリビングの壁には棚があり、そこには多くの素材が並べられていた。

 きらきらと輝く『宝石スライムの欠片』、長さが三十センチ以上ある『ユニコーンの角』、ガラスの中には見たことのない虹色の粉が入っている。


 さすが、錬金術師の家だ。素材だらけだ。


 錬金術師は素材を利用して、様々なアイテムを作ることができる。特別な効果がある武器や防具、回復薬などを作ったり、素材を消費して魔法を発動させることもできる。


 パーティーの仲間にいれば、非常に頼りになる存在だ。 


「はい、ヤクモくん」


 アルミーネが僕に金貨を渡した。


「これが助けてくれたお礼ね」

「え? 金貨? それは多すぎるって」


 僕はぶんぶんと首を左右に振る。


「金貨一枚あれば、ほどほどの宿屋に十日は泊まれるよ」

「命の値段だから、これでも安いって。それに町まで送ってくれたお礼も含めてだから」

「で、でも……」

「気にせずに受け取ってよ。ヤクモくんに助けられなかったら、私は死んでて、お金なんて使えなくなってたんだし」


 アルミーネはピンク色の舌を出して笑った。


「それに気前のいいところをヤクモくんには見せておきたいしね」

「んっ? 見せておきたい?」

「そう。そのほうがヤクモくんが私のパーティーに入ってくれるんじゃないかってこと」

「ええっ? アルミーネのパーティー?」


 僕の声が大きくなった。


「アルミーネって、パーティーのリーダーをやってたの?」

「二人だけのパーティーだけどね。ヤクモくんが入ってくれたら三人になるかな」

「……僕でいいの?」

「もちろんよ。ヤクモくんは私が望む条件に当てはまるから」

「条件って?」

「まずは強いこと。そして、もっと大事なのは信頼できること」


 アルミーネは右手の指を二本立てた。


「ヤクモくんはFランクの冒険者なのに、双頭トカゲに襲われていた私を助けにきてくれた。自分が死ぬかもしれないのに」

「それって普通のことじゃないのかな?」

「ううん。助けようと思う人のほうが少ないよ。そして、それは悪いことじゃない。だって、自分の命が掛かってるんだから」


 アルミーネの声が低くなった。


「でも、だからこそ、見知らぬ私を助けてくれたヤクモくんは信頼できるの。そして、それが一番大事なことだと私は思ってる」

「一番大事?」

「そう。たとえ、どんなに強くても信頼できない人物なら、危険なダンジョンで背中を預けることなんてできないでしょ?」

「それは……そうだね」


 僕はアルミーネの言葉に同意する。


 今、思えば、アルベルたちは信頼できなかった。雑用も全部僕がやらされてたし、紙使いってバカにされることもあったし。


「……君が仲間を集める目的は何なの?」

「あ、それは話してなかったね」


 アルミーネはこつんと自分の頭を叩く。


「私の目的はパーティーの実績をあげて、国が管理している『混沌の大迷宮』に入る資格を得ることかな」

「混沌の大迷宮?」

「知ってるでしょ? タンサの町の北にある冒険者殺しのダンジョンだよ」

「それは、知ってるけど……」


 僕の口の中が乾いた。


 混沌の大迷宮はゲム大陸最大のダンジョンって言われている。百以上の階層が確認されているが、最下層にたどり着いた者はいない。

 当初は誰もが入れるダンジョンだったが、数千人の冒険者が中で命を落としたことで、レステ国の管理が決まった。


 今は八つの団と七つのパーティーだけが国に認められて、探索を続けているはずだ。


「どうして、あんな危険なダンジョンに入りたいの?」

「……一番の理由は、お父さんかな」


 アルミーネの声が沈んだ。


「私のお父さんは錬金術師で、七年前に混沌の大迷宮で行方不明になったの」

「七年前って……」

「うん。普通に考えたら、死んでると思う。でも、ちゃんと自分の目で確認するまでは、お父さんのこと、諦めたくないんだ」

「……そうだよね」


 僕は暗い顔をしたアルミーネを見つめる。


 僕は赤ん坊の頃に捨てられた孤児だ。だから、両親の顔は知らないし、愛情を感じることもない。でも、アルミーネは違う。父親と同じ錬金術師になっているし、尊敬もしているんだろう。

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