第2話 プロローグ2

 全てのゴブリンを倒すと、背後から拍手が聞こえてきた。


 僕は音がした方向に視線を向ける。

 緩やかな斜面の上に聖剣の団のリーダーでSランク冒険者のキルサスがいた。

 年は二十四歳、背丈は僕より高く、すらりとした体形をしている。金色の髪は肩に届いていて、白く輝く魔法の鎧をつけていた。


 キルサスは拍手を止め、端整な唇を開いた。


「ゴブリン二十一体か。悪くない成果だ。だが……」


 数秒間、キルサスは沈黙した。


「……この程度で満足してもらったら困る。君たちはもっと強くなって、最低でもCランク以上の冒険者になってもらわないと」


「当然ですよ」


 アルベルが言った。


「俺たちは冒険者になったばかりだから、まだFランクだけど、すぐにCランク……いや、Aランクを超えて、最上位のSランクになってみせます!」

「自信家だな。まあ、それもいい。強くなる意志がなければ、上にはいけないからね」


 キルサスは僕たちを見回す。


「君たちが聖剣の団に入団してから、三十日が過ぎた。その間、君たちのことを見てきたが、今日確信したよ。君たちには問題がある」

「問題ですか?」


 アルベルが首をかしげた。


「俺のどこに問題があるんですか?」

「君じゃない。そこにいる紙使いのヤクモにだよ」


 キルサスは僕を指さした。


「え? 僕に問題?」


 僕は口を半開きにしたまま、キルサスと視線を合わせる。


「そうだ。君の紙を操る能力は非常に珍しいユニークスキルだ。他に同じ能力を持つ者はいないだろう。だが、その能力は強くない」

「強くない?」

「自分でもわかっているだろう? 君が具現化する紙は時間が経てば消える紙だ。それでは目くらましや一瞬の時間稼ぎにしかならない」


 キルサスは金色の髪を右手で整えながら言葉を続ける。


「しかも、君は他に役立つスキルを持っていない。【紙使い】の能力だけだ。となると、将来性も期待できない」

「将来性……」

「ああ。アルベル、ダズル、カミラは強力な戦闘スキルを複数持っている。戦闘センスもあるし、将来に期待が持てる。だが、君に未来はない」

「い、いや。戦闘スキルを持ってなくても、努力すれば強くなれます。たとえば、【腕力強化】のスキルがなくても、毎日訓練すれば力は強くなるし」

「そんなことはわかってる。ただ、戦闘スキル持ちのほうが、その能力を伸ばしやすく、より強くなりやすい。使えないユニークスキルしか持ってない君が必死に努力しても、Dランクの冒険者になれるかどうかも疑問だね」


 その言葉に、僕の体に流れる血が冷たくなった気がした。


 スキルは人族が幼少期に発現する特別な能力だ。種類はたくさんあって、戦闘に役立つ【腕力強化】や【体力強化】、生活に役立つ【植物育成】や【水生成】などがある。


 そんなスキルは天界にいる神々が与えてくれる恩恵と言われていて、人族は最低でも一つは何らかのスキルを持っている。

 そして、戦闘スキルを持っている者は、騎士や兵士、冒険者になることが多い。

 だけど、戦闘スキルがなくても、それらの職業につくことはできるし、活躍している人たちもいるのに。


「ヤクモ、僕はね、君にも期待してたんだ」


 キルサスの声が低くなった。


「君の【紙使い】の能力も、もしかしたら、戦闘に役立つんじゃないかってね。だけど、今日の戦闘を見て、僕は確信したよ。【紙使い】は雑魚スキルだとね」

「雑魚……スキル……」


 僕の声が掠れた。


「……まっ、待ってください。【紙使い】のスキルは戦闘でも役に立ちます。さっきだって、紙の力でゴブリンを倒せました」

「ああ、見てたよ。君がゴブリンに不覚を取るところをね」

「あの時は……」

「言い訳はいい。もう、君の追放は決まったのだから」

「え? つ……追放?」

「そうだ。君を聖剣の団から追放する!」


 きっぱりとキルサスは言った。


「聖剣の団は二年前に僕が結成した団だ。冒険者ギルドでの評判も高く、タンサの町で五本の指に入る実力がある団と言われている。だが、僕はそんなものでは満足しない。もっと、実績を積んで、レステ国最強の団にしてみせる。そのために新しい団員も入れたし」

「新しい団員?」

「ああ。Aランクの冒険者をね。払う給料は新人より格段に高いが、彼なら即戦力だし、それ以上に稼いでくれるだろう」

「……だから、僕が追放されるんですか?」

「そういうことだ。まあ、もともと、新人四人は多すぎる気もしてたからね」


 キルサスは肩をすくめる。


「新人の中で一番使えない君を追放するのは正しい選択さ」

「一番使えないって……」


 キルサスの言葉に僕はショックを受けた。


 たしかにアルベルたちは複数の戦闘スキルを持っていて、一対一で戦ったら、僕より強いのかもしれない。でも、パーティーでの戦いなら、状況に応じて適切に動いていた僕だって、役に立っていたはずだ。


 キルサスは、それに気づいていなかったんだろうか?


「あーあ。残念だったな、ヤクモ」


 アルベルが僕の肩を軽く叩いた。


「お前とは三十日のつき合いだったが、他の団でも頑張れよ」

「いや、他の団に入るのは無理じゃないかな」


 ダズルがにやにやと笑いながら、僕の顔を覗き込む。


「聖剣の団を追放されたってわかったら、他の団だって、入団はさせないよ。鑑定の魔法を使えば、ヤクモが戦闘スキルを持ってないのがすぐにわかるし」


「そうね」とカミラが同意する。


「ヤクモはそれなりに目立ってたからなぁ。役に立たないユニークスキルを持ってるって」


 カミラは赤毛の髪をかき上げて、口角を吊り上げる。


「まっ、大人数の団に入れなくても、三、四人のパーティーならなんとかなるかも。それも無理なら、ソロで活動する手もあるわね」

「Fランク冒険者のソロか。すぐに死んじゃいそうだね。ひひっ」


 ダズルが気味の悪い笑い声をあげた。


「さて……」


 キルサスが胸元で両手を叩いた。


「ヤクモ、君とはここでお別れだ。君と僕たちは別々の道を歩むことになるが、君の幸運を祈っているよ」


 キルサスは呆然としている僕に背を向けて、アルベルたちといっしょに去っていった。

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