第三章 第32話
キス…… したんだよな、川澄と。
自分の左手の親指と人差し指を小さく摘まむように合わせて自分の口唇に重ねてみた。 柔らかかったな、川澄の口唇。
昨日の夜、川澄の部屋で。 もしあの時アイツが現れなければあのまま最後までいってたのかと思うと悔しいような、けどどこかでアイツが来たことで少しホッとしたようなビビっている俺が居た。
いきなりの川澄のキスに呆然となった俺が我に帰ったのは、窓越しに見える俺の部屋に何故かやって来た義妹の凌と目が合ったからだった。 そんな状況でも凌はいつもの冷めた目のまま何も言わずに部屋を出ていった。
「見られちゃったね」
「お、おう」
川澄は吸い始めたばかりだったまだ充分に長い煙草を消して部屋中をスプレーで消臭した。
「バレてないのか? 」
「両親に? お父さんもお母さんも私には興味無いもの、部屋に入ってくることも無いし、私はお兄ちゃんのオマケみたいなものだったから。 お兄ちゃんが死んで余計なオマケだけが残っちゃったの、誰も見向きもしないわ」
「川澄…… 」
川澄はそう言うとベッドに腰を落として俺から目を逸らした。
「瀬野、 瀬野! 」
「ん? 」
「ん? じゃねえって、どうすんだよ? バンドの話」
久しぶりにヒロトが息抜きがしたいと言い出したので上田と三人で四限目をサボろうかと言うことになった。
いつもの様に屋上でと思ったが屋上の鍵を持っているのは今も川澄だけで、昨日のこともあって川澄に連絡することに気が引けてしまった俺は二人を学食に誘ったのだった。
そして話は学園祭でバンドでもやらないかという方向に盛り上がっていたのだった。
「ああ、いいよ俺は。 ヒロトは練習する時間あるのか? お前んち父ちゃんうるさいだろ? 」
「放課後そのまま学校で出来るんだったら、補習とか図書室で勉強してるとか言えばなんとでもなるよ」
「ヒロトもここまでヤル気なんだし高校最後の思い出にさぁ」
「まだ五月だけどな」
「ちーーー! あっという間だぜ? 残りの高校生活なんて、俺たちの付き合いももう七、八年じゃん、 高校出ればヒロトもここを出て大学行くだろうし俺もアメリカ行くわけじゃん? 瀬野は地元で就職なんだろうけど、皆それぞれの道を歩むワケじゃん 」
「えっ!? ちょっと待って! 上田お前アメリカ行くの? 」
「いいや、 例えばだよ、例えばアメリカ なんならブラジルでもいいけど」
「なんだよ何も決まってねえんじゃんか」
「コラ! アンタたちまたサボリ? 」
「おっ! 芽衣ちゃん、芽衣ちゃんこそ授業は? 」
振り返ると入口の方からリュックを背負った芽衣が近付いて来ていた。
「あれ? 芽衣、授業は?」
「先生、出席だけ取ってプリント配ったら「あとは自習だ」って帰ってっちゃったわ、 達哉はちゃんと欠席になってたわよ」
「ああ、そっ」
ジーーーーーーー
「何だよ人の顔ジーっと見て」
「何かリアクション薄くない? いつもの達哉だったら「うげっ! マ! マジかっ!? チッキショーーー! 1限損したーーーーっ!」くらいのリアクションするのに」
「はあ? しねえわ」
正直言うと芽衣の顔を見た時に昨日の川澄とのキス、そして芽衣が子供の頃に俺としたキスのことを覚えていたことなんかがすぐに思い返されて直視することが出来ないでいたのだった。
「それよりさ、芽衣ちゃん! 俺たちバンド組むことにしたんだぜ」
芽衣はどこか不審がっていたけど上田の空気を読まない浮かれっぷりにその場は助けられた。
「バンド? また? 懲りないねアンタたちも、まあどうせやらないんでしょうけど」
芽衣の反応に俺も上田もヒロトも何のことか分からなかった。
「あれ? もしかして忘れたの? アンタたち三人揃って中学生の時もそんな事言ってじゃない」
そう言われても三人共まだピンと来ない。
「確か文化祭前に誰だかのコピーバンドするんだ!って達哉がベースでヒロト君がドラムで上田君がギターとボーカルだって」
「ああ、なんか言ってたような気がする、けど俺たちが覚えてないのによく芽衣ちゃんが覚えてたね」
「何言ってんのよ、なんか凄く盛り上がってて私にマネージャーやってくれとか言い出すし、それでこっちも色々調べてちょっとでも応援出来たらなぁって思って準備してたら今度は「自主製作映画を撮る! 」とか言って盛り上がってるし」
「そうだっけ? 」
「そうだっけ? じゃないわよアンタたちはブレーメンの音楽隊か! 」
「ブレーメン? ブレーメン…… いいじゃんバンド名はブレーメンにしようぜ! そしてブレーメンの音楽隊みたいに大成功しようぜ! なあ? 瀬野! ヒロト! 」
「あのね上田君、 ブレーメンの音楽隊は結局ブレーメンにも行かなかったし、まともな音楽活動すらしてなかったのよ? 」
「あれ? そんな話だった? 」
「うん、旅の途中でドロボー達の家を奪った動物たちは「宝物もあるしお腹も一杯になったしブレーメンに行って音楽すんの面倒くせー」って投げたしちゃう話」
「俺たちブレーメン……? 」
「yes」
「どうぞよろしく…… 」
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