第29話

「川澄がタバコ? 」


峯岸に腕を掴まれて動けないでいる川澄は無言のまま、今にも泣き出しそうな顔で俺を見た。

背後のドアが激しく開き、追いかけてきた上田が身体を折り膝に両手を付いて、切れた息を整えながら聞いてくる。


「瀬野、どうしたんだよいきなり」


「上田、こいつらさ 川澄がここでタバコを吸っていたとか言うんだぜ」


それを聞いた上田も俺と同じように一瞬信じられないというような顔で川澄を見たが、すぐにニヤッと笑って俺の横に並んで言った。


「ああ、そういうことか。 汚きたねえマネすんじゃねえよ! アンタら本当は俺や瀬野がタバコ吸ってる所でも見つけて停学なり退学なりさせたかったんだろ!? けど俺たちがなかなか屋上に来ないもんだから痺れを切らしてターゲットを川澄にまで広めたって訳だ。 川澄がタバコ? んな訳ねーだろ! どうせその手に持ってる吸い殻もアンタらが元々用意していたんだろ!」


上田は一気に喋ると名探偵のように右手の人差し指を峯岸と笹井に鋭く向けた。 俺も上田と全く同じことを考えていた。 というのも、この数日峯岸や笹井に監視されながら、何故監視されなきゃならないのか? その理由をずっと考えていたからだ。

俺たちは一度タバコで停学を喰らっている。今度また停学になるようなことがあればイエローカード2枚で即退学ということも十分あり得る。俺たちが邪魔なのか、峯岸や笹井の教師としての点数でも上がるのか、それは分からないけどとにかくコイツらはその機会を探していたのだろう。

俺たちがとっくにタバコを辞めていることも知らないだろうから、いつまで待ってもそのチャンスが来ることもなく、たまたま屋上に向かう川澄を見つけてそんな汚いアイデアを思い付いたに違いない。それで川澄を脅迫して俺たちのやってることでも聞き出そうとしたんだろう。

そうと分かれば『義は我らにあり!』。 上田にばかりいい格好はさせてられない。


「おいオッサン! アンタら教師失格だな。もう先生なんて呼ばねえよ、おいオッサン! その汚い手を今すぐ離せよ、それ以上俺の大切な川澄を汚すんじゃねえよ! 」


決まった。 一瞬俺の大切な友達って言おうとしたけど、言ってやったぞ俺の大切なって。見たか?上田。 これはポイント高いだろ。 しかしその余韻を掻き消すように峯岸が言った。


「おい貴様、何を自分に酔っているんだ」


「は? ここまで図星つかれてんのにまだ続けるの? しつこいオヤジなんて飲み屋の姉ちゃんにも相手にされねえぞ」


「お前らが何を見て何を言おうが今は授業中だ、この生徒はこんな時間にこんな場所で1人で居たんだ。 それを教頭先生や生活指導担当のワシが見つけたんだ。 学校は誰の言葉を信じるかね? 」


そういうと峯岸はニヤリと笑って川澄の方に顔を戻した。


「お前は確か特進クラスの生徒だったよな? 悲しむだろうな両親は。いや、悲しむというより激怒するだろうな。 フフ、 とにかく指導室まで来てもらおう。 まあ初犯だろうしお前の証言次第では穏便に済ませてやらんこともない。 フフフ」


「待って下さい」


「光彦先生! ……じゃなかった上杉先生!」

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