第27話

「だからアレは絶対に三年の仕業なんだって」


夕飯の時、俺は光彦先生にどうしても昨日あったことを話しておきたくて、皿に乗せられた今焼いたばかりの魚の上でパチッ パチッと音を立てて焦げる醤油の香ばしさを我慢しながら訴えた。


「でも学校は本人の不注意による事故ってことでこれ以上は何もしないんでしょ?」


黙って聞いている光彦先生に代わって母ちゃんが先に返事をした。

『本人』とは同級生の岡田のことで、『事故』というのは昨日の放課後、その岡田が体育館の裏で全身傷だらけになった状態で用務員に発見されたことだ。

そんなことがあったにも関わらず学校は警察に届けることも俺たちに説明することすらも無く、何事も無かったかのようにいつものように授業を進めていくだけだった。

けど俺は見たんだ。岡田が、アイツが必死の形相で逃げていくところを。


昨日、五時間目が始まってすぐ、俺と上田は屋上の端の手摺りにもたれながら珍しく進路のことなんかを真面目に話し合っていた。

普段はバカ話しかしない俺たちがなぜそんな柄にもない話をしていたかと言うと、ヒロトの奴が両親から成績が上がらないことを相当怒られ、しばらく大人しく勉強していると言ってきたからだった。

ヒロトの親父さんはこの町で工場を経営しながら町会議員をしていて、ヒロトにも大学に行かせた後は自分の跡を継がせるつもりだったそうだが、ヒロト本人にその自覚は全く無く今までは俺や上田同様に何も考えずにやってきた。 けれど今回は相当堪えたのか この時もヒロトを屋上に誘ったが授業をサボれないからと言い、上田と二人で行くことになった。


「あれ? アレ、岡田じゃね?」


上田が体育館の裏手の方に走って行く岡田を見つけた。


「何慌ててんだ?アイツ」


屋上から見る黒い制服の岡田は小さく蟻のようで表情なんかは分からないがとにかく必死に走っていた。


「さあね、三年にパシらされてるんじゃね? 焼きそばパンでも頼まれたんだろ」


「ハハハ、なんで焼きそばパン限定なんだよ」


「大体パシリで買ってくるもんなんてジャンプか焼きそばパンって相場が決まってんだよ」


「何の相場だよバーカ」


「知らねーよバーカ、焼きそば相場だよ、ん? いや、焼きそーばだよ」


「瀬野、おもしろくないよ」


「うっせーよ」


「と、まあこんな事があったんだよ昨日」


「はぁ? 全然分かんない! 岡田君ちょっとしか出てこなかったじゃない」


話を聞いていた母ちゃんが呆れたようにクレームをつけてきた。


「だからそのあと岡田を追いかけるように三年が走って体育館の方に行ったんだよ」


「それを言いなさいよ、達哉のすべった話なんてどうでもいいから」


「全然すべってねーし」


「めちゃくちゃすべっとるわ」


母ちゃんは すかさずおかしなイントネーションの関西弁でツッコミを入れる。


「ごちそうさま」


食事中一切話に入って来なかった凌は相変わらずの無愛想ヅラで、食器をキッチンに持っていくと自分の部屋に行ってしまった。


「光彦先生、俺さぁ別に岡田と仲が良いわけでもないけど、学校がこんなあっさり話を終わらせるって言うのが納得いかねーんだよね」


「達哉、あんまり光彦さん困らせたらダメよ、光彦さんはただの臨時教師なんだから」


「そりゃそうだけどさぁ」


母ちゃんはそう言ってテーブルの下で空いた皿を咥えておかわりをねだるリョウの頭を撫でながらお茶を飲んだ。 光彦先生は何か考えるように黙ったまま箸も動かさず、焼き魚の最高に美味しく食べるタイミングを逃してしまっていた。

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