第26話

冬の合間の穏やかな天気とは対照的に屋上には けたたましい怒号が飛び交っていた。


「だから宇宙を見てみろよ! 答えは全てそこに表されているだろ! だいたいヒロト、お前は昔っからそういう変なこだわりに邪魔されて自分で自分の首を絞めてんだよ」


「う、上田はそんなこと言うけど起源を言うならこれは生物の進化の過程で」


昼休憩、俺たち三人は屋上で弁当を食べてからいつものようにくだらない馬鹿話をしていたのだが、ふとしたことで上田とヒロトが言い合いを始め、それが次第にエスカレートしていったのだった。

ちょうどその時に芽衣と川澄が屋上にやって来てその様子を見たものだから驚いてしまい すぐ横で寝転がってる俺に近寄って聞いてきた。


「ちょっとちょっと!上田君とヒロト君なんでケンカしてるの? ってか 達哉あんたどうしてそんなのんびりしてられるのよ! 止めなさいよ親友でしょ」


「ほっときゃいいんだよ しょーもないことなんだから」


「しよーもないって、でも達哉 宇宙だとか進化がどうとか凄いこと言ってるわよ? それに二人共今にも殴り合いでも始めそうなのに、いったいケンカの原因は何なの? 」


「どうして分かんねえんだよ! 宇宙の事に関してはホーキング博士も言ってるだろ! 分かるか?言わばビッグバンなんだよビッグバン、始まりは宇宙にあるの。 それに進化論なんて信じてるの世界中で日本人くらいのもんだぞ!? こうなったら腕ずくで分からせてやるよ!」


「そ、そんな事ないぞ! 確かにアメリカじゃそうかも知れないけど やっぱり主流はダーウィンの進化論なんだよ! 僕だって譲れないモノはあるんだ! たい焼きのしっぽのあんこは人類の進化の証明なんだってば! 」


「ん? は? ちょっと待って、たい焼き? あんこ? 」


そう、ケンカの原因はたい焼きのしっぽの部分まであんこたっぷり派のヒロトと、しっぽはたい焼きの甘さを中和する為と、もちっとした食感を楽しむ為にあんこは入ってない方がいい派の上田の対立だった。


「そう、だからほっときゃいいって言っただろ、付き合ってられるかよそんなこと」


「ん~ 、たしかに」 芽衣も俺の無関心ぶりが納得出来たようだった。持っていたリュックからレジャーシートを取り出すとその場に敷いて遅めの昼食を取ろうとしていた。


「川澄さん、ほっとこう あんな馬鹿たち心配するだけ損だわ」


芽衣はシートの半分を川澄の為に空けるとまだ立ったままの彼女に座るよう勧めた。


「分かるわ上田君! 私、今 凄く感動してる」


「川…… 澄…… さん? 」


見上げると川澄の顔には微かな笑みと、そして紅潮した目元からはうっすらと光るものが頬を伝って落ちてきた。


「嘘っ! 泣くぅううう!? たい焼きのあんこで泣くの!!!??? 」


びっくりする俺と芽衣を横目にして それを聞いた上田は勝ち誇ったようにヒロトを見て高笑いしながら言い放った。


「聞いたか? ヒロト! これが答えだ! 特進クラスの川澄さんが言うんだから間違いない、 っていうか世界中の全ての奴らがあんこたっぷり派だとしても川澄さん1人が味方してくれるなら俺は最後まで戦うぞ! 」


「ぐぬぬ…… 」 劣勢に立たされたヒロトは膝を折ってその場にくずおれた。


「いやあ まさか川澄さんがこんなに感動してくれるなんて! もしかして俺たち付き合ったりしたら最高のカップルになれるんじゃね? 」


「上田君、 私まだドキドキが止まらない」


「だろ? 上田! 川澄さん! 俺も完全に二人に同意だわ、そうなんだよやっぱたい焼きのしっぽにあんこなんて無粋ぶすいだよな? あ~ ほんと気が合うよな 俺たちって」


「ちょっと達哉、何を今更 川澄さんに媚びてるの、バッカじゃない? 」


まさかこんなことで上田にリードを許す訳にはいかない、だが川澄の表情を見る限り明らかに二人の距離は急速に縮まろうとしていた。


「私ね、今までたい焼き食べながらずっと自分を誤魔化していたの。 周りの人達は「美味しい美味しい」ってしっぽまであんこたっぷりのたい焼きを美味しそうに食べてるから、私も作り笑いを必死で浮かべて、そして自分に言い聞かせて。

もし「私はしっぽにあんこは要らない」って言ってしまったらこれまで築き上げてきた世界が音を立てて壊れてしまうんじゃないかって、怖くて誰にも言い出せなかった」


「おい…… 川澄ってあんなキャラだったっけか? 」


「ははは…… はは、はは…… 」


少し引き気味の俺と芽衣、 世界のまん中でを叫ぶ上田と川澄、 地獄の業火の中に突き落とされて動けないでいるヒロト、屋上では今日もまた一つの物語が始まり、そしてまた一つの物語が終わろうとしている。


「じゃあさ! じゃあさ! 川澄ってお好み焼きもふわっふわのじゃなくてコテでしっかり押さえた歯ごたえしっかりのタイプの方が好きだしょ? 」


上田は揚々と川澄の手を取り一気に二人の距離をゼロにしようとしていた。


「えっ? それはない。 ちょっと信じられない 何言ってるの?」


川澄はそっと手を引っ込めて上田から距離を取った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る