第14話


「どうして? って、ここ私の家だもん」


「へ? 川澄の? 家? 」


「yeah 」


学校のマドンナ、美人で勉強が出来て誰もが憧れる川澄美樹。 ふとしたきっかけで友達になったのは ほんの数週間前だ。 母ちゃんの結婚が理由で、川澄も暮らしているこのすみれが丘に引越して来て、今日に至っては途中から一緒に楽しく喋りながら帰ってきた。 そしてついさっき「じゃあな」と別れた川澄が窓の外 ほんの何メートルか先に居る。 心象的な意味だけでなく物理的な意味でも急接近だった。


「私は引越しの日からずっと知っていたわよ、でも瀬野君って ご家族の人達が引越しの挨拶に来た時も一緒に居なかったし、朝も学校に行くの遅くて時間が合わないんだもん。 だから言うタイミングも無かったし。 それより瀬野君部屋に居る時はカーテンくらい閉めなさいよね、何してるのか丸わかりよ」


「うっそ!? マジかよ、 うわぁヤベェ恥ずかしくなってきた、俺 何も変なことしてなかったよな? 」


「フフフ、さあどうだか」


咄嗟にここ何日かの部屋での行動を思い出してみた。 家では基本裸族でパンツ一丁の俺だが、さすがに新しい家族の前では俺なりに気を使っている。まだガキの頃、風呂場で毎日気持ちよく、当時流行っていた歌を大熱唱していて、それが近所に丸聞こえだと言うことをずいぶん後になって聞かされて恥ずかしい思いをした黒歴史もあるので、今ではさすがに気分が乗っていても軽く口ずさむくらいしかしない。 あと恥ずかしいことと言えばベッドの上でスマホでエロ動画を見ながら…… ヤバい…… 思い当たるふしがある…… 。


パシャーッ


恥ずかし過ぎて急いでカーテンを閉めた。


「大丈夫よ、私だってそんな暇じゃないんだから別に変な所なんて見てないわよ」


「本当か? 」 カーテンの隙間から目だけ出して心配そうに確認する俺は、まるで乙女のようだったと、後になって話のネタに使われて上田たちに散々笑われるのだけど、その時はそれ程恥ずかしかったのだ。


「でもびっくりした、瀬野君と上杉先生が親子だなんて」


「そ、そこには、まあ複雑な事情があってね」


「川澄は兄弟とか居るの? 」


「ううん、ひとりっ子。 ウチにはお母さんとお父さんと私だけ、って言ってもお父さんもお母さんも仕事優先だからほとんどウチには居ないけど」


少しトーンを落として話す川澄のその表情は、淋しさというよりも何処か諦あきらめに近かった。


「明日屋上に行くのか? 」 もっと川澄のことが知りたかった。 好意を寄せる相手への興味? それだけじゃない、俺が上田やヒロトや芽衣たちとこれまで積み重ねてきた時間や思い出、それと同じくらいのモノをまだ友達になったばかりの川澄と早く作りたいと少し焦っていたのだと思う。


「そうね、明日は五時間目がもしかしたら自習になるかもしれないからその時はね」 五時間っていうと俺たちは峯岸の体育だな、タバコで停学になって以来、峯岸の奴は俺たちに対する当たりが結構強いけど体育は出席日数十分足りてるしなんとかなるか。


「俺も行く! 」 俺はそれまで恥ずかしくてくるまっていたカーテンをガッと両手で開けて言った。


「うん」 川澄はまた笑顔に戻り立ち上がった。


「たつやー ! ご飯よー! 」 一階から母ちゃんの呼ぶ声が聞こえる。


「じゃあな! おやすみ」


「おやすみなさい」 窓を閉め、カーテンを閉める前にもう一度お互いにバイバイと手を振りあった。 川澄はまだ制服のままだった。 ふと、今から着替えをする川澄を想像してしまい一人顔を紅くしながら皆の居るリビングに降りていった。

「おかえりなさい光彦先生」


「やあ、達哉君ただいま」 さすがに上杉先生のことを『お父さん』と呼ぶのは抵抗があってなんとなく俺は本人を前にした時は『光彦先生』と呼んでいる。 皆もその辺の俺の心境は、俺以上に気遣ってくれているのだろう、誰も何も言わない。


「あら達哉、顔紅いわよ、熱でもあるの? 」


「あっ、いや大丈夫、元気元気、元気があれば何でも出来るってね」


「変なテンションね、どうせまたバカなことでも考えていたんでしょ」 図星過ぎて何も言い返せなかった。


「…… 」すでに茶碗を片手にした凌が俺を見上げる。


「おい凌、仮にも兄に対してその軽蔑した眼差しはヤメろ! 」


「バカ」


「くぅ~っ! 光彦先生いいの? こんなんで? 育て方間違ったんじゃないの? 」


「ハハハハ」


「笑ってないでさぁ、ほら婆ちゃんも何か言ってよ! アンタの孫だよ? 」


「ホホホホホ」


「なんだよもう! 知らねえ! メシメシ、メシ食って寝る! 」


「バ~カね、ほらアンタの好きな生姜焼きよ、光彦さんのリクエストだけど」


「あっ! 凌、お前それ俺の分だろ、お前も一応女なんだからちょっとカロリーとか気にしろっての! 」


ゴンッ


「あ痛っ! 蹴りやがった! 兄を、兄を涼しい顔しながらテーブルの下でおもいっきり蹴りやがった! お前は水鳥か! 」


「もう、早くしないと私もアンタの分食べちゃうわよ!」


「ひでぇ! 親なら自分を犠牲にしてでも子を守れ」


「ハハハハ」 「ホホホホホ」 「ワォーン」


あれ? ちょっと楽しい?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る