第10話

俺と上田は全力で階段を駈け上がり、屋上の重い鉄の扉に体重を乗せて押し開けた。


居ない。


「瀬野、こっち! 」 階段をぐるぐる駈け上がっているうちに方向が分からなくなっていた。 階段の出入口となっている塔屋の扉はさっき下から見ていた場所の逆側だった。 それに気付いた上田が裏側に回るとそこにはさっき見た女子生徒が居た。


川澄美樹だった。


「待てよ! 」 手摺りにもたれ掛け、遠くを眺める川澄美樹は俺の声に振り向くとキョトンとした表情になった。


「おい、 やめろよな、 早まるなよ、OK分かったお利口さんだ、 そのままそのまま、 何があったのかは知らないけどさ、川澄みたいな奴が死んだら学校中の男共が悲しむことになるんだからな、 俺たちでよかったら話は聞くよ、 あっ! 別に下心があるとかそんなんじゃねえから」


「フフッ」 川澄のキョトンとした表情は俺たちを見て少し呆れたような笑顔に変わった。


「もしかして私がここから飛び降りたりすると思ったの? 」


「へ? 違うのか? 」


「ただお日さまと風が気持ち良かったからサボってただけ、集会なんて出ても意味ないし」


「サボり? 川澄でもサボリとかすんのか? 」


「瀬野君と上田君でしょ? 」


「知ってるの? 俺たちのこと」


「もちろんよ、 同じ2年だし、私たちの特進クラスって格好いい男子なんて全然居ないから女子はみんな普通科の男子の噂ばっかりしてるわよ」


知らなかった。 俺たちなんて特進クラスの奴からしたら学校の偏差値を落とすだけの迷惑な邪魔モノ扱いなんだと思っていた。 それが川澄まで俺たちの、いや俺のことを知っていたなんて。


「おい瀬野、 特進に格好イイ奴が居ないってだけで別にお前のことを格好イイとは一言も言ってないぞ、早とちりすんなよな」 上田が小声で俺に注意してきたがそんな小さな事はどうだってよかった。 だって学校一の美人の川澄が俺のことを知っていたんだから。


「しかし屋上っていつも鍵閉まってるだろ? どうやって来たんだ? 」


「これ」 川澄は胸のポケットから小さなキティちゃんのキーホルダーの付いた鍵を取り出した。


「い…… せ…… し…… ま…… 伊勢志摩! 三重県のご当地キティちゃんだ! 」


「上田、それはどうでもいいだろ、それもしかしてスペアキー? 」


「そう、闇ルートから手に入れたのよフフフ、 たまに疲れた時に一人でこうやって光合成をしに来るの」


「光合成? 」


「そう、この屋上の下、教室にはたくさんの人が居て、その人たちが辛くなったり切なくなったりして吐くタメ息のね、その中にある二酸化炭素を貰いながら、お日さまの光を浴びて私の養分に変えていくの」


「川澄ってもしかして不思議ちゃん? 」


「ああっ!瀬野君ってばひどーい、それって馬鹿にしてるよね? ちょっと上田君、この人酷いんですけど~ 」


「瀬野、お前が100パー悪い」


「なんだよ上田、俺たちの友情ってそんなもんかよ」


「フフフフ 」 川澄は楽しそうに笑っていた。 初めて話をしてまだ数分しか経っていないのにずっと友達だったみたいな感じがした。


「俺たちも今度ここに光合成しに来てもいいか? 」


「ん~、 どうしようっかなぁ、スペアキーは1つしかないから、タイミングが合えばね」


「よっし! 」


「授業始まるよ、 私行くね」


「おう、 俺たちも」 まさかこんな形で川澄と友達になるとは思ってもいなかった。 そう俺も川澄も、上田もヒロトも、芽衣も、俺たちの物語はまだ始まったばかりなのだから。

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