第9話

「ただいまー 」

家に帰ると母ちゃんが鏡の前で鼻歌を歌いながら服を選んでいた。母ちゃんにはLINEで芽衣んチに招待されてる事を伝えていたから仕事から帰ってきて早速準備しているようだ。


「おかえりー、 今日学校でに会ったんだって? 」 普段あまり着る事の無いような余所行きの服を合わせながら母ちゃんが聞いてきた。


「そう! そうだよ、どうして内緒にしてたんだよ」


「へへ、 ドッキリよ、ドッキリ、驚いたでしょ? 」 鏡越しに笑いながら話しかけてくる


「そりゃびっくりしたよ、まさか学校の先生だったなんて、しかも俺の学校に来るし」


「別に " いい子にしてね ” とも " 仲良くしてね ” とも言わないけど、まあ困ってたら助けてあげてよね」


「そうだね、あの人ちょっと頼りなさそうだし」


「そんなハッキリ言わないでよー」


「大丈夫だよ、頼りなさそうだけど悪い人じゃなさそうだし、俺あの人嫌いじゃないよ」 別に嘘でもお世辞でもなく、まだ二回しか会ったことがないのに、あの人の周りにだけ漂うどこかゆったりとした時間の流れが俺は好きだった。


「さあさあアンタも早く用意して準備出来たら行くわよ」


結局母ちゃんは面倒臭くなったようでいつも通りの無地のTシャツにデニムという何のオシャレ感も無い格好で準備を終わらせて俺の事を急かしてくる。


その夜、芽衣の家でご飯を食べながら母ちゃんは質問攻めに遭っていたが光彦さんの事を惚気のろけるでもなく、どちらかと言うとはぐらかすような感じで「引越ししても今まで同様甘えに来ます」と普段と変わりなく時間を過ごしていた。



次の日、学校では全校集会が開かれ光彦さんこと上杉先生が正式に皆に紹介されたが、とりあえずその場で俺と光彦さんの関係については言及することもなかった。 光彦さんは校長先生に促されて壇上に上がったのはいいけど、身長は176センチの俺より10センチ程低いぐらいで、服の上からでも肉が付いていないのが十分に分かる程の痩せ型で坊っちゃん刈りに黒縁メガネ、そんな男性教師に興味を示す生徒は誰一人として居なかった。


光彦さんの挨拶はマイクを通していても、体育館のあちこちから聞こえてくるざわざわとした喋り声に負けてほとんど聞き取れないでいた。 終わり際に「限られた時間を皆と一緒に目一杯やっていきたい」という言葉が聞こえたのをきっかけに教頭が " さっさと終われ ” と言うようなスローテンポの拍手を始め、それにつられてそこに居る全員が拍手をし 光彦さんの挨拶は半強制的に切り上げられた。


そうか、光彦さんは産休での臨時教師だから一年くらいしか居ないんだな。


「瀬野、昨日の倉庫の件どうする? 」


集会が終わって教室に戻ろうと歩いていた渡り廊下で上田が後ろから追いかけてきた。


「ん~、 正直めんどくさいんだよなぁ。 少なくても年内は3年の奴らも居るんだろ? 俺たちだけなら気が楽なんだけど」


「だよなぁ、結局金払って肩身の狭い思いしてってのがなぁ、あれ?…… おい瀬野、アレ、なんかヤバくね? 」


上田がと指差した先は四階建ての西棟校舎の屋上で、その手摺りのきわには一人の女子生徒が遠くを見つめたまま突っ立っていた。


「おいおいおいおいどころじゃねえぞ、やべぇって 上田! 急げ! 」

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