第3話

停学二日目の夕方、バカ男子高校生が部屋で大人しく謹慎している訳も無く、と小説ならここから事件が始まりそうなものだけどあいにく俺はアパートの三部屋しかないその一部屋、つまり自分の部屋でバカみたいに大人しくしている。


と言うか、大人しくしていないといけない理由があった。


「ああ!もう またその線で切ってる!違うってば」


「知らねえって なんで俺がこんな内職みたいな事やらなきゃなんねえんだよ」


「私だってね、ナオミちゃんから頼まれたから仕方がなく達哉の面倒みてんでしょ? それに謹慎中はこき使っていいって言われてるからウチのお店の割引券作り手伝わせてあげてんじゃないのよ」


さっきから俺の目の前で俺と同じ作業をしてるコイツの顔はもう15年は見続けて来ている。俺の記憶が無いだけで本当なら産まれてすぐからだから17年の付き合いになる幼なじみの小山内芽衣おさないめいだ。


ちなみにナオミちゃんってのは俺の母ちゃんの名前で芽衣は昔から母ちゃんの事をそう呼んでいる。


「はあ~ ちょっと休憩 タバコ吸わせてくれ」


「は? ダメに決まってるでしょバカじゃないの あっそっかバカだったか、 だからってダメよ煙草なんて吸わせません」


「俺が自分の部屋で何しようが勝手だろ お前は昔っからそうやって母ちゃん以上に口うるせえんだからよー」


口うるさい所もだが、テニス部で一年中日焼けしていて耳まで出した黒髪ショートでアグレッシブな所も本当に昔っからそのままだ。


「それより聞いたよ、ナオミちゃん結婚するんでしょ?」


「うん、らしいね」


「らしいね って達哉にお父さんが出来るって事よ? 他人事じゃないのよ?」


「分かってるけど俺たちももう それこそ色々分かる年じゃん? 母ちゃんだってずっと1人でやって来たんだから俺がどうこう言う事じゃねえと思ってんだよ」


「ふ~ん、優しいじゃん。 で?その達哉のお父さんになる人ってどんな人なの?」


「まだ会った事もねえから知らないけど公務員らしいよ、で、子供が1人居るって言ってたかな。あとは結婚したらここ引っ越す事になるみたいだな」


「そっか~ ウチのお父さん淋しがるだろうなぁ」


ちなみに俺んチのアパートは芽衣の家のすぐ隣に建っていて、俺たちの産まれた時が近かった事もあって面倒見のいい芽衣の母ちゃんは俺が小さい時から俺たち母子のことを気に掛けてくれていたし、芽衣の父ちゃんに至っては単純に俺の母ちゃんのファンみたいなものだった。


「芽衣は…… 淋しくはならないのかよ? 」


芽衣とは物心付く前からずっと一緒に居たから なんとなくお互いの気持ちは分かっているようで、けれどそれを確かめることも、そういう雰囲気に持って行くことも、どこか今までお互いに避けてきた。


中学の時、一度俺に彼女が出来たことがあったんだけど、それとほぼ同じ時期に芽衣にも彼氏が出来た。 それでも俺たちの関係は変わることは無かったんだけど、あまりに芽衣が彼氏の話ばかりしてくるから一度だけ「しつけえよ! 」って怒鳴った事があった。 一週間程お互い会っても言葉を交わさない期間があって、その後知らない間に芽衣は彼氏と別れていて、俺と彼女の関係もそう長くは続かなかった。


「芽衣は…… 淋しくはならないのかよ? 」


この流れなら冗談みたいな軽いノリで聞けるんじゃないかと思ったそのセリフ、けれど口から出た言葉は全然別のものだった。


「知ってたか? 松崎しげるって左利きなのに右利き用のギターをそのまま逆持ちして弾くんだぜ? 」


「は? 」


「凄くねえか? 普通左利き用のギターを使うか、せめて弦を逆向きに張るだろ? だけどはそのままギターを逆に持ってコードの押え方を自分で工夫して弾けるんだぜ? 」


「ごめん…… 全く分かんないですけど!」


「カァーッ! どうして伝わんねえかな、の凄さが」


「バッカみたい、しげるしげるしげるしげるって、そんなにしげるが好きなら日サロでも何処でも行っちゃえばいいのよ! 達哉のバカ! 知らない!」


そう言ってまだカットしていない割引券のシートを一枚クチャクチャと丸めて俺の顔めがけ投げつけると芽衣は部屋を出て行ってしまった。

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