7.こうして彼らは

「聴取は終わりました」


 ついさっきまで楽しい食事が行われていたであろうメインフロアで、ズィーは言った。フロアには十名の魔人がいた。全員気が立っている。その中で、テーブルに鎮座するフライだけが異質だった。


「遅かったな、探偵」猫獣人、ウォングが嫌味たらしく言った。


「探偵なんていらねえだろ。おれがこいつを警察まで連れていく。それでいいだろ」獅子獣人は言った。


 ジジーガ・マーグン。筋骨隆々の彼がナイフのような爪の先で、ほかでもなくジョシュを指した。


「いいえ。駄目です」


 ズィーがきっぱりと言い放った。彼女は外套を小脇に抱えていて、紫の刺繡の入ったシャツに黒いベスト、スラックスという出で立ちだった。周囲を見渡し、彼女は抱えていた外套を空いたテーブルにどさりと置いた。


「賞金目当てのお嬢様が」


 いらつきを噛み噛み、ジジーガは言葉を吐き捨てる。


「今回の事件、わたしの助手が犯人ではありません」


「嘘です。彼はわたし達夫婦の……シロムーを料理して殺したんです!」


 ラーバン夫人が絶叫した。全身が真っ赤に変色している。


「違います、夫人」


「だって、厨房にはあなたの助手しかいなかったんですよ! しかも、夫がそれを食べているところまで見たんです! それに、シロムーの血で、全身を汚して……」


 夫人が言うシロムーの血とは、蛍光グリーンの液体である。厨房がやたらとカラフルだったのはそれが原因だったのだ。


「それだけでは助手を犯人にするのは早計です。それに、大事なことを忘れています」


「なんですか!」ラーバン夫人が金切り声で言う。


「この料理なのですが」


 ズィーは目を閉じ膝を軽く曲げて挨拶すると、さっと手を伸ばして料理をひと切れつまみ上げ、口に運んでそのままぱくりと食べた。


「おいおいおい」


「ズィー様!」


「え、ちょっと待て!」


「そんな、ズィー様とはいえ、それは許せません!」


 魔人たちが一斉に慌てだす。


「ふむ。美味」


 満足げにズィーは言った。


「見事な出来栄えです。半魚人の身にも独特の臭みがあるといいますが香草の使い方が見事です。下処理もきちんとされているようですね。半魚人の体には細かな骨がありますが、それらも丁寧に除かれています」


「それくらい普通でしょ!」


「その通り。ですから、これはわたしの助手の犯行ではないのです」


 そういってズィーは助手の肩に手を置いた。


「これに、魔人料理の知識はありません。ただの自動人形ですから。この繊細な手仕事が自動人形にできてしまったら、このお店は成り立たないでしょう」


「それは……」ラーバン夫人が静かになった。


「ジジーガさん、特別に一ついかがでしょう」


 ズィーは皿を持ち上げジジーガへ向ける。


「殺人は法で裁かれますが、魔人食について記載はありません。腐食性の魔人もいます。魔人食もまた、我々の文化ですよ」


「まさか。わたしはお前のように品性のない魔人ではない、が……」


 ズィーがもう片方の手でぱたぱたと料理を煽った。いまだに強い香草の匂いを纏ったそれが、魔人の鼻孔をくすぐった。


「そこまでいうなら仕方なかろう」


 ぱくり。


「ちょっと!」


 夫人が叫んだ。だが、それをかき消す勢いでジジーガは吼えた。


「うまい! これは! そういうことか!」獅子獣人はすぐさま、あることに合点がいった。


「この料理を作った人間が誰なのか、わかったでしょう」


「当たり前だ。おれはこの味のために、この店を贔屓、しているのだ」


 獅子獣人の視線、それは真っすぐ料理長の爬虫人、ガルメラ・ラーバンに向いていた。


「おれにはわかるぞ。これは、お前の料理だ、ガルメラ」


「馬鹿な!」


 料理長、ガルメラは動揺して言った。


「わかったぞ。そもそも、この自動人形がフライを作るのだって時間がかかるはずだ。その間に厨房でお前がその様子を眺めていたのか? 妙な話じゃないか」


「それは、その……」


 ガルメラは視線を逸らし、足元を見ている。


「そう。この事件の犯行現場は、飛び散った血液からも、明らかに厨房です。ですが、不思議なことがあります」


 ズィーもじっとガルメラを見つめる。


「なぜ、ご夫婦がわたしの助手を犯人だと必死で言い張るのか。現場は明らかに厨房で、そこから連想されるのはその場にいた助手だけではないはずです」


「それは……」


「それは、多分、誰も厨房にはいなかったのでしょう。買出しにでも行っていたに違いありません」


 ズィーはつまらなさそうにそういった。


「どういうことだ、探偵」


「簡単なことです。わたしの予約は正しかった。だけど、この店はわたしの予約を後ろにずらしてあなたを優先したんですよ、ジジーガさん」


「何の話だ、探偵!」


「なにせ、こんな土地で整備もしてくれる、あなたの機嫌をガルメラさんが損ねるわけにはいきません。そこで、急にやってきたあなた達のために、ガルメラさんはわたしの予約を犠牲にしたのです」


「なんだ? どういうことだ? 予約を犠牲にした?」


「急に七名のご来店はさぞかし驚いたでしょう。そこで、夫婦はわたし達の料理でジジーガさんの間をつなぎつつ、自分は食材の買い出しに出て、厨房を開けていたのです。道理で予約ミスをしても、オーナーも兼ねるガルメラさんが表に出てこないわけです」


 ズィーは少し冷たくそういった。


「現に、料理長の持っていた鞄にはたくさんの食材が詰まっていました。食材庫からわざわざ鞄に詰めるのは少し変ですね。調べれば、あなたが買出しに出ていたことはすぐにわかります。どうでしょうか」


 ズィーはガルメラをじっと見つめた。


「その通りです。市場に行けばすぐわかる。急にルド=バルコの皆様の来店が決まったので、買出しに行きました」ガルメラは白状した。


「ズィー様も大事なお客様だ。わたしがいないのがばれないよう、従業員全員でお客様を見張るようにも言った」


 ジョシュはそこで、初めてシロムーの行動を理解した。


「だが、それだけだ。シロムーを殺したのはわたしではない!」


「まあ、殺せなかったとは言いませんが、何よりこの状況を作ったのが犯人でしょう。息子同然だったシロムーさんです。本当に殺す気だったらもっと別の方法を取ったに違いありません」


 ズィーは興味なさげにそう言った。


「だから、残る容疑者は一人ですね」


 そういって、ズィーの視線は動く。


「ウォング・サンプ。あなたです、よ」


 猫獣人、レセプショニスト兼フロアスタッフ、ウォング・サンプ。彼に向けて、視線だけでなく彼女のその双角もまたぐさりと向いた。


「そんな、何を言っているんだ。なにを証拠に?」


「この犯行、あなたが仕組んだものでしょう」


 ズィーは自信を込めてそう言った。


「ニュードさん。あなたがこの店を『予約』しましたね」


「そう。その通りです。一週間前に」熊獣人は早口で言った。


「ですが、ご夫妻の認識は? 急な来店でしたね。これはどういうことでしょうか」


「それは……ウォングが……」


 ラーバン夫人が声を震わせ言う。


「予約表を管理していたのはウォングさんです。ウォングさんはわざと予約を二つ入れ、ガルメラさんが買出しに行くように仕向けたのです」


「そんな、これは、おれのミスだ。それだけだ!」


「いいえ。あなたの計画です。こちらをご覧ください」


 そういってズィーは、机の上の自身の外套をがっしとつかみ、えい、と引いた。途端、ラーバン夫人が悲鳴を上げた。ジョシュですら、思わず口を押えた。


「冷凍して保管されていたシロムーさんの遺体です」


 ズィーが見せたのは首から上のない、半魚人の体だった。


「冷気を追う魔術を組めばすぐに見つかりました。地下に穴が多い土地ですから、隠し場所に欠かないようですね」


「待ってください、どういうことですか? これはシロムーなのですか?」


 ラーバン夫人が訊ねる。ズィーはその言葉を無視した。


「そもそも、ウォングさんの計画は、貴重な半魚人の種族であるシロムーさんの死体を手に入れることだったのでしょう。きっと、高額で売り飛ばすのが目的でしょう」


 ズィーは語気を強めて言う。


「あなたも随分と魔界については博識なようですし、その価値はすぐにわかるはずです」


 もちろん、わたしにもすぐにわかりました、とズィーは付け足す。


「あなたは偶然予約が被ったこの日を利用して料理長を厨房から離し、シロムーさんを殺害しました。わざわざこうしたのは猫獣人が半魚人の首を斬り落とすのに、厨房の包丁が必要だったからです。そして首から下を隠し、頭をゴミ箱に捨てた。あとは、何日か前から保管していたガルメラさんの料理を温め、ルド=バルコの皆さんがそれを平らげれば、おしまいです。事件は、閉店後にゴミ箱からシロムーさんの頭が出てくることで発覚し、料理長が犯人となる。買出し中の空白の時間はありますが、厨房を自由に使えて、お得意様が納得できる半魚人料理を出せるのはガルメラさんだけです。あと、ジジーガさん達も関係ないでしょう。整備ついでに魔術を仕掛けたり腕力で解決した方が楽だからです」


「そんなのは嘘だ!」


「でーすーが、あなたの計画を壊す料理をつまみ食いした不届き者がいた。それがこの、不肖の助手です」


 ズィーは一瞬、助手を見た。


「最近ミスが多いと夫人が言っていました。忙しいからという話でしたが、それは、あなたがガルメラさんの料理を手に入れるためです。予約ミスなどが原因で料理を丸々捨てたことがあったのではないでしょうか。あなたは得意の冷凍魔術でその料理を保存したのでしょう」


「言われてみれば二日前にフライのオーダーミスがあったが……」ガルメラは言う。


「解凍するだけなら、殺して料理するほどの時間もいりません。酒などを取りに行く時間に対応したはずです」


「確かに、ずっと張り付いていたわけではなかったな」


「きっと鍋を火にかけて温めている最中にわたしの助手が来たのでしょう。フライが油を使っていない鍋に置かれていたのも妙でした。また、あなたはお客様と親しく、注文を誘導するのも朝飯前。つまり、シロムーさんを殺す状況を作り上げることができたのはあなただけです。犯人はあなたですよ、ウォングさん。素直に認めた方が、まだ、未来はあります」


 自信たっぷりにズィーは言った。


「未来、か」


 ウォングは呟く。

「探偵! あんた間違ってるよ……!」


 ウォングは拳を握り締めながらそう言った。


「あいつは、おれの食材だ!」


「食材?」


「いつか、おれがおれの店を持った時、最高の客をもてなすメインメニューだ! 誰に売るって? そんなことするわけがない。隙を見て持ち帰るに決まっている!」

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