6.美味だった
『コホン・ビッサム』の裏口をジョシュは開いた。ジョシュの手にはトレイが、その上には空のティーカップが三つと菓子皿がある。シロムーと別れ客間に戻ったジョシュは、今度はそれらを返してくるようにズィーから言われたのである。
――ボタッ。
入ってすぐ、トレイから鈍い音がした。みると、液体がぼたぼたと上から垂れてきている。そして水滴が見る見るうちに広がった。一瞬何事かと思ったが、それは自分の涎であるとジョシュは遅れて気づいた。
誰もいない厨房には、空腹を刺激する強烈な香りが廊下に満ちていた。人間が使うものととほとんど同じ、コンロのような器具や鍋、包丁などがずらりと並んでいる。一部の形状がのこぎり状であったり、色彩が蛍光グリーンを多用しているところを除けば、ではあるが。
しかし、ジョシュの視線は一点に注がれた。それは、火にかけられている一つの料理。鼻孔をくすぐる芳醇な香り。脂の甘い香りに香草の豊かな刺激。蛍光グリーンは床にも広がっている。それは粘着質な緑の液体で、それを散らしてジョシュは鍋に駆け寄った。
見た目は、地味であった。そして、彼にとっても馴染み深い見た目をしている。カラッとした衣に、まるで文様のように掛けられた真白なソース。どうみても何かのフライであった。
ジョシュは躊躇いなくそれを口にした。まさに魔法。口に含んだ瞬間、衣のさくっとした感触が歯を刺激した。白身魚のフライに似ている。一つ、また一つと手が止まらない。幸福だった。思い返せばズィーとかいう変な角の生えた魔人に言いがかりをつけられて助手にされて以来碌なことがなかった。だが、今自分は人生最高の幸福を味わっているといって違いない!
「おい! お前! なにやってんだ!」
その幸せは一瞬で終わった。厨房にやってきた一人の爬虫人の怒鳴り声がジョシュを現実に引き戻す。どさり、爬虫人が重そうな鞄を床に落とした。中から、野菜か木の実か、食材がこぼれ出る。
「あ、あの! ごめんなさい! こ、これは!」
ジョシュは慌ててあとずさり、足が縺れて何かにぶつかった。
「ごめんなさい!」
そして、その中身を床にぶちまける。倒れたのはゴミ箱だったようだ。慌てるジョシュが、床のゴミの中にあった『それ』を正確に認識する前に、爬虫人がジョシュを押しのけた。そして、ゴミの中からひときわ大きな塊を抱き上げた。
「お前、これは、シロムーじゃないか!」
「え? 何を言って」
ジョシュの顔から血の気が引いていく。そう、爬虫人の持っているそれは、確かにシロムーの、頭だった。それと、テーブルの料理、そしてジョシュの口についた衣のカス。爬虫人はめまぐるしくそれらを見つめ、絶望を以て叫んだ。
「まさかお前、シロムーを、フライにして食いやがったのか……!」
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