3.不可思議な景色

 ラーバン夫人に導かれるまま、探偵と助手はレストランの裏にある夫婦の家の客間に通された。ゆったりとしたソファにテーブルが、十数個並んでいたのでジョシュは面食らった。奇妙なパーティー会場だと思った。


「どうぞごゆっくり。お茶などはすぐに持ってこさせますので。あとでたくさんお話ししましょう」


「お構いなく」


 ラーバン夫人は客間を後にし、ズィーとジョシュだけが残された。ズィーはちょうどいいサイズのソファに腰かけた。ジョシュも大人しく座る。


 ズィーはしばらく、窓から外を眺めていた。レストラン『コホン・ビッサム』は魔界の中でも有名なビッサ湖の畔にある。地獄のように赤色の湖と真っ黄色な山々が望める、刺激的な、しかして静かな土地であった。ズィー曰く、魔界戦争の際に万を超す星転蚯蚓なる魔獣の大群が通ったおかげで地盤が緩く、本来なら商売に適さない土地だそう。だが、静かな場所で料理を提供したいというオーナーであり料理長のガルメラ・ラーバン氏の思いにより、こんな場所で営業をしているそうだ。


「コホン・ビッサムは名店です。あなたも魔界の見聞を広めるのにいいでしょう。そうしたら、もう自分がニンゲンなどと言い張ることもないでしょう」


「正直、道中で十分わかったよ。僕自身、もうこの現状は受け入れてる。ここは僕のいた世界じゃない。いろんな魔人も変な建物も見たし、もう魔界のことで驚いたりしない」


「ふむう。それは結構」


 そのとき、ごんごん、とノック音がした。魔界とジョシュの知っている世間の風習は、全く違うこともあれば近いこともある。ノックはほとんど共通だ。


「失礼します」


 入ってきたのは真っ白な鱗に包まれ、ぎょろりとした目玉が特徴的な半魚人だった。身長もジョシュと近く、百六十センチ前後ぐらいだろう。口の中には針のような歯が見える。顔は魚のようだが足があるので間違いない。ウォングほどではないが艶の良いスーツを着た彼が、トレイにお茶と茶菓子を持ってきた。彼は二人の座るソファの近くのテーブルへ、丁寧にズィーの分のお茶を置く。そして、


「おっと、これも失礼しました」


 そういって、トレイをフルスイング。ジョシュの分のお茶を彼へぶちまけた。


「ぬぁっ、あっつっう!」


 果たして、これが魔界流の挨拶なら、まだまだ僕は魔界のことを何も知らない、とジョシュは思った。十分驚いたので前言撤回である。


「先生、魔界の風習ですか」


「ただの無礼でしょう。でなければ『これも』なんて言わないですから」


 そういいながらズィーは優雅にお茶を口にしている。


「なっ」


 とっさのことに言葉も出ない。その隙に半魚人は猛ダッシュで部屋から飛び出した。


「いい余興ではないですか。追いかけてみたらいいでしょう」


 ズィーがその姿を横目にそんなことを口走っている間に、ジョシュはすでに半魚人を追いかけて部屋を飛び出していた。

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