2.わたしの予約は確実です

「予約は確かにしていました。それはこの時間、十七時きっかりで間違いありません。奥様から書面もいただいております」


 有角魔人、ズィー・ズーム・ゾーンはよく通る声で言った。黒い外套を纏った、身長百八十センチほどの魔族の少女、というか女性の魔人である。特に目を引くのは橙色の髪に対して鮮やかな一対の深緑の角であった。頭の左右から生えたそれは、真っすぐ前方に曲がっており、相手を威圧する。


「誠に申し訳ございません。しかし、私共の予約表によりますと、二時間後の予定でございます」


 レセプショニスト、すなわちこのレストランの受付担当である猫獣人ウォング=サンプはその威圧に耐えた。彼は随分と小柄な猫獣人だったが、かっちりしたスーツを着こなし堂々と背筋を伸ばして応対する姿に、凄い、と『彼』は思った。


「助手、奥様からの手紙を」


『彼』は言われるがままに、封筒を手渡した。彼はズィーの助手でホムンクルスの少年ジョシュである。角も牙も鉤爪も鱗もなく、あえて言うなら『少年』だ。


「それでも、ズーム様のご予約は十九時です。コホン・ビッサムはこの通り小さな店ですので、申し訳ございませんがあと二時間ほどお待ちいただくよりほかありません」


 ギギギギ。宝石のように美しいズィーの角の表層にひびが入り、彼女よりも背の低いジョシュの頭に、ぱらぱらと角の破片が降ってきた。これはキレている兆候だ、と彼は察した。


「ズィー様!」


 そこへ、小さな影が走り寄る。装飾の目立たない控えめな紺のドレスを着た緑の爬虫人、レボン=ラーバンである。


「奥様、お久しぶりです」


 ズィーは両手を広げ小さく膝を折り、目を閉じて挨拶した。この魔界において、それがお辞儀や握手の代わりであることをジョシュは察している。


「ええ。本当に」ラーバン夫人もそれに倣う。


「奥様には古くからお世話になっておりますので、こういうのは恐れ入るのですが」


「ええ。本当にごめんなさい」


 ラーバン夫人の顔色が緑色から青に変わる。ジョシュ少年は、カメレオンっぽいな、と思った。


「きっと、わたし達の手違いです。最近忙しくてこういうことも多くって」


 ラーバン夫人の目は右へ左へと泳いでいる。


「ですけれど、ウチはこんなに小さいお店だから、急にお料理は準備できなくて」口調から謝意が伝わる。


「だから、申し訳ないのだけれど、わたし達の家でお待ちくださいませんか。おもてなしさせていただきますので」


 そういいながら、ラーバン夫人は二人を外へ誘導した。


「ほう。そうですか」


 ズィーは冷たく言う。しかし、案外素直にラーバン夫人の誘導に従った。

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