一振りの両刃剣と悩む鍛冶職人が見える……

 とても悩む。すごく悩む。なんでこんなに悩んでいるのかというほど悩む。その理由は目の前の打ちたての一振りの両刃剣にあった。

 俺は武器鍛冶だ。それも、それなりに名が売れた。そういう人間は極稀に奇跡を起こす。いつの間にか身の内に溜め込んできた経験が、ある日突然昇華し注ぎ込まれてとんでもないものを生み出すのだ。

 これまでに数えるほどしか経験は無いが、いずれも素晴らしいものだった。

 ある時は原材料の鉱物に隠された性能を引き出し、ある時は工程に一捻り加えることでその耐久性を大きく増し、ある時は合金の配合をふと閃いた。

 そういったことは往々にして、勘のような直感から筋道が見え、そこをひた走るといつの間にか出来ているもので、それも後から振り返ると理屈があったのだな、と分かる程度には再現性がある。とはいえ、絶好調の時にしか模倣できない程度には難度が高いが。ただ、まぐれではないから、実力が上がったと言えるだろう。


 だが、今回はそれとは明らかに違う。

 何しろ、何をどうやったのか分からないのだ。だが、出来てしまった。これは魔剣だ。ただ、何の魔剣なのかまでは分からない。何の魔剣か分からないと売れないし、そもそも売れる状態ではないのがはっきりとわかる。


 魔剣は一般的に2種類ある。一つはダンジョンの宝箱。これは魔物が落とす場合も含める。もう一つは遺跡からの出土だ。通常は人が作ることのできないものなのだ。

 ところが、ここに出来てしまった。しかも、この魔剣には通常の魔剣には無い特徴がある。

 通常、魔剣には何らかの規則を持った文字が刻印されている。しかし、この魔剣には無いのだ。それなりの練度である武器鍛冶は剣に触れるだけである程度その性能が分かるが、その直感がこれは魔剣だと言っている。

 しかし、この直感は何かある、と思えるだけでその詳細までは看破することができない。そもそも鑑定は畑違いだ。


 だから、これを鑑定師の下に持っていく必要があるのだが。

 そもそも第三の魔剣である。ダンジョン産でも遺跡産でもない。

 絶対に面倒なことになると、鍛冶には関係ない俺の保守的直感が囁いている。つまり、鑑定師の下に持っていくのは無しってことだ。


 ただ、そうなると選択肢が限られてくる。まず、俺の身内に鑑定師はいない。一般に売るものは全て外部の鑑定師に依頼して鑑定してもらっている。

 そもそも、商業ギルドを通さない場合はそうするのが規則だ。身内だと内容を偽る可能性があり、公平性に欠けるためだ。

 それに、鑑定のスクロールの持ち合わせも無い。俺は武器鍛冶で、基本的に生活圏から外に出ない。出ても素材の仕入れと気分転換ぐらいだ。スクロールを買うのは街から離れる必要がある冒険者や旅人、商人どもぐらいのものだろう。

 だから、これも無い。

 買えばあるが、普段から鑑定のスクロールを買わない者が急に買い求めると不自然だ。しかも、必要ないはずの鍛冶師が。どこから話が漏れるか分かったものではない。

 そして俺は鑑定のスキルを持っていないし、素質も無い。


 となると、普通ではない伝手を使うしかないのだが。


 嫌だなぁ。

 いや、そうするしかないと俺の中の俺が言っているのだが、嫌なものは嫌だ。

 だが、そうしないと俺は魔剣を打てる鍛冶として注目を浴びて魔剣生産オンリーの鍛冶師になってしまうし、そうなると今の環境からさらに最新鋭の設備が使えるようになるかわりに自由が全くなくなる。それは嫌だ。

 そうでなければ、何故高名な師匠の下を離れてこんな辺境で武器鍛冶をしているのか分からなくなってしまう。何もかも目立つのが嫌だったからだ。自由を奪われるのが嫌だったからだ。

 それに比べれば旧知を頼る方が随分マシ……のはずだ。だといいな。


 駄目だ駄目だ。どうせ堂々巡りなんだ。行くしかないか。



 俺はこの世を大雑把に分けると2種類いると思っている。

 一つは理性で本能を制御出来る者。もう一つは本能のまま生きている者。後者は抑えきれないのか、抑えるつもりがないのか、理性がそもそも無いのかで多少変わってくるが、今から会いに行くヤツは後者の3番目かもしれないと思っている。

 少なくとも2本足の魔物ではないが、やつが理性的であったことなど見たことがない。いつも自身の興味関心に忠実で、言葉を飾らずに言えば狂っていると言って過言ではない程度に変態的なやつだ。

 ユニークスキルもぶっ飛んでいて、俺のように無難に鍛冶専門をとればきっとすぐさま自害して次の生に全てを掛ける、そんなやつだ。


 鍛冶専門は一般的な汎用スキルの一つだ。とはいえ、それは鍛冶以外しないつもりのやつにはこれ以上ないほどの性能を持っている。

 内容はこまごまと多岐に渡るが、端的に言えば鍛冶をするには便利だが、武器は持てないし防具も重いだけで意味がない。その代わりにこちらから攻撃しなければ魔物が襲ってくることはない。と、そういうものだ。

 特に専門種のスキルはこの傾向が強い。そいつのレベルにもよるが製作で遅れを取ることはない代わりに戦闘には無力となり、中立的立場になる。

 これをカバーするスキルが無いわけではないが、俺のような一般民衆には汎用スキル一つで器に余裕がなくなってしまう。これが異世界人だったり、一部の強靭な亜人、あるいは知性のある魔物などであれば他にもスキルを取得できるのだろうが。


 そういうわけで、その変態に会いに行くことは出来るのだ。出来るのだが。

 事前にやつに送っておいた手紙の返信を読みつつ、手紙に同封されていた薄い板状の道具で座標を探す。座標は簡単に言えば世界中のどこでも使える、位置を特定するためのものだ。この手紙にある数値と、この板状の道具に表示される位置を合わせたところが今回のやつの拠点になる。


 普通はこんなことは知らずに生を終えるものだが、普通じゃないやつと関わると知りたくなくても入ってくる上、嬉々として教えてくるのだ。手紙も普通のものではないのだが、逐一説明していると話が長くなるので省く。


 コミュニティから離れてこんな魔物だらけの山奥の、しかも山を掘り進めた中で何をやっているのかと言いたくもなるが、それを言葉にすればすぐさま意味不明で難解なお喋りが始まるから絶対に何も言わないことにしている。今日はただでさえその原因になるかもしれないものを持ってきているのだから、もううんざりではある。


 だが、それはあっちからやってきた。

 俺が座標を見極める前にあっちが出て来たのだ。


「お、やっほー!こっちこっち!ようこそおいでなすった!ささ、中へ」

「……」


 最初からテンションがおかしい。だが、仕方ない。こいつはそういうものを求めているのだから。



 中は相変わらず雑然としていた。踏み場もないほど散らばった紙切れと、そこらじゅうに転がる空のインク瓶。そして羽ペン。机は完全に物置になっており、何に使うのか分からない道具が所狭しと並んでいる。

 だが、それはダミーで、こいつは目の前の半分も埋まっていない本棚に無造作に手をかけ、ぐいと下に押し込み、足で押さえつけた。


 その先はのっぺりとした無地で灰色の通路が続いている。何をどうしたらこんなに光沢のある、それでいて柔らかそうな外見の材質になるのか不明だが、これも研究の成果の一部なのだろう。

 何度見てもこの時代に沿わないような違和感を感じる。そういう場所だ。


「ささ、こちらへどうぞどうぞ」

「相変わらずの馬鹿力だな。冒険者はしないのか?」

「それ一体何度目だい?私は研究者だと言っとるだろうが」


 こんななりで、この怪力で研究者。笑える話だが事実だ。

 以前、こいつが研究資材を集める目的で旅していた頃に道連れで旅路を共にしたが、その頃から全く変わっていない。

 いや、正確には態度か。外見は年相応に見える。ほぼ老人に近いように見えるが、それも幻のようなものだ。


「今日は何を持ってきてくれたんだい?」

「手紙で知らせただろ。両刃剣だよ」

「そりゃあ知ってるよ。でもその両刃剣は私に見せるほどのものなのだろう?」


 そうやってニタニタと笑うこいつは醜悪だが、これで本分には足りすぎるほどの才能の持ち主だ。俺は思わずため息をついて、布で巻いたそれを取り出し、横長の金属製のテーブルのようなものに置いた。


「これは……!ふむふむなるほど。いいね。面白い」


 そう言うこいつの外見など一片も考えていないようにざっくりと乱雑に切った髪先が、白から鮮やかな青へと変わっていく。

 俺の目の前で何に使うのか分からない魔法を次々と展開し、その結果をふんふんと頷きながら書き留める内に、こいつは20年ほど若返っていた。

 それがこいつのユニークスキル。『未知こそ美味』だ。一切の食に関する機能を失う代わりに未知を知る度に若さと充足感を得るのだという。ユニークスキルを取るやつは大体常識外れだが、こいつはさらにその上を行く大馬鹿だと俺は思っている。いくら頭が良くても、だ。


「なるほど、面白い。これは偶然?」

「そう手紙に書いたろうが」

「どういう工程で作ったのかまでは書かれてなかったけど」

「分からないと書いたろうが」


 一々手紙に書いたことを聞くなと思うが、そういうやつだから仕方ない。文字より言葉を信じるタイプだ。こいつが言うに、文字はあくまでデータで、言葉が情報なのだと言っていた。意味が分からないが。


「いや、これで分かったよ。なるほどね。これはスキルを持つ魔剣だね」

「……何だって?」

「だからスキルを持つ魔剣だよ。何が付いてるかはもうちょっと精密に調べないと分からないけど……なるほど。こりゃいいや。私にも何か作っておくれよ」

「だから作り方が分からんと言っとろうが」


 スキルを持つ魔剣。初耳、ではない。一応、遺跡で何度かそういうタイプが出土したと聞いたことがある。ただ、それらは本当に珍しく、滅多に世に出回らないらしい。良かった。鑑定師に鑑定させなくて。


「そうだなぁ。数日かかるよ。全部調べ切るには。返信した通り、お泊りセットは持ってきたかな?」

「ああ。すぐにでも帰りたいが」

「駄目だよ。質問できる距離にいないと私が困る」

「分かってるさ。言ってみただけだ」


 じゃあなんで言ってきたんだと不満顔をされるが知ったことか。

 お前がそれを納得できないように、俺もお前が手紙で言及したことを聞きなおすことに納得できんのだ。こういう噛み合わなさもこいつを嫌う一因なのかもしれないな。

 そいつは不満顔で膨らんだ頬を自ら両手で萎ませると、頬をむにむにと触りぎこちない笑みを浮かべた。


「まぁ、数日ゆっくりしたまえよ。外には出られないが、ここはそれなりに快適だろう?」

「それが嫌なんだ。快適過ぎる」

「なんならここに住んでもいいんだよ?部屋は余っている」

「断る」


 快適過ぎるなら帰るなと言いたいんだろうがそれは御免だ。そもそも俺は鍛冶師だから工房が無いと仕事が出来ない。だが、それを言えばこいつは俺が持っている設備よりもずっと良い設備をここに作るだろう。それぐらいは欠伸をしながらでもやってのけるやつだ。

 伊達にユニークスキルと発明試作スキルを持っていない。完成しなければずっと試作なんてことを本気で考えて実行できるのはこいつぐらいだろう。だから試作でも実用に値するものが出来てしまう。

 それに、俺はあの町とあの工房をそれなりに気に入っているんだ。住人との付き合いもある。そう簡単に捨てられるものではない。


 何より俺の結実した努力がこいつのエサのように扱われることが気に食わない。俺はお前のために生きているんじゃないんだ。 


 だが、こいつは俺が断る度に一瞬だが寂しそうな表情を浮かべる。

 そういうところは俺たちと同じなのだなとは思う……全く、困ったやつだ。


「今夜一杯付き合え」

「私は飲めないんだけど?物理的に」

「そうか、じゃあ今の話は無」

「ちょっと待ってよ!お約束ってやつだろ?」

「そんな約束は無い」

「分かったから!話そうよいいよ!ね!」

「それなら最初からそう言えばいいんだ」


 なんでこう話すたびにひと悶着しなければいけないのか。それもまた鬱陶しく思う理由の一つだが、さっきのぎこちないそれとは違う、嬉しそうに顔を綻ばせるその表情は、共に旅をしていたころを思い出させる。

 そういうところがあるから、旅もそれなりに出来ていたのだろう。

 厄介な部分も多いが、それでもまだ関係を絶たずにいるのは、単に能力があるということもあるが、変態なりに俺と仲良くしようとしているからなのかもしれない。それがほぼ迷惑で嫌う理由であることは墓まで持っていくつもりだが。



 それから数日後。魔剣のスキルが判明した。スキルは武器鍛冶。

 実に笑える話だが、取り越し苦労だったというわけだ。

 スキルを与える方法もはっきりした。合金の比率とその混ざり方で剣の内部に偶然刻印できる環境が整ってしまい、そこに俺のスキルが模倣されてしまったらしい。

 まだ未検証ではあるが、俺の傍にスキル持ちがいて、そのスキル持ちがその瞬間にスキルをどうにか刻印にねじ込めば入るかもしれない、という。

 そんな知り合いもそんなことが頼める相手もいないので取り越し苦労というわけだ。その時、頻りに変態がこっちをちらちらと見ていたが無視した。


 そういうわけで滞在する必要もなくなった俺は、その日、帰ることにした。今回は間違いなく偶然の産物で、再現性はあったが役立ちはしなさそうだし、役立つ方法は再現が望み薄とはっきりしたのでスッキリした気分だ。

 無理に価値が出る方法で作ったってどこに売るんだという話になるし、そもそも金には困っていない。

 特に外部に怯える必要が無くなったことは大きい。その感謝として、変態には俺の工房の門外不出を幾つか教えてやった。武器鍛冶でないやつには役に立たない知識だが、知らないというだけでこいつには価値がある。その結果、更に20年ほど若返り、やつは俺と同じぐらいの歳になったわけだ。


「もう行っちゃうのかい?」

「まぁ、やることは済んだし、残る理由がない」

「そう言わずにさぁ…あーあ、もうちょっと若返ったら色仕掛けも出来たんだけど」

「お前、俺がそういうことに無頓着だって知ってるだろ」

「そうだけど!私が納得いかないんだよ」

「知るかそんなこと」


 そんなたわいもない話をしながら、外に出る。数日振りの光に、俺は思わず目を細めた。風が気持ちいい。やはり地下暮らしは俺には合わなさそうだ。


「じゃあな」

「またね。また何か持ってきてね、絶対だよ!」


 そうやってそいつと別れた。振り返りはしない。いつだってそうだった。

 きっとこれから先もそうだ。

 鍛冶をやめたら一度は会いに行くつもりだ。その時どうするかは、その時の俺に任せることにしている。


※話の持っていき方が雑。でも改善案は浮かばず。ちょっと手直しした。次に読んだとき次第。

※あと手紙は特定の誰かに届ける方法が必ずあるという設定で。なんならユニークスキルでもいい。この修正はした。強引だけど。

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