冒険者に話を聞いてメモを取る男が見える……
その日、俺は噂の凄腕冒険者殿への取材が叶って小躍りしていた。まさかこんな弱小記者に記事を書かせてくれるとは中々に太っ腹だと思った。
だが、一通りの取材が済み、そろそろお開きか、と思えた時点で、彼は一つ秘密を明かしてあげるよと俺を誘い、街を出て草原の方へと向かっていく。
どこに連れて行かれるのかと思えば、彼は草原のど真ん中で立ち止まった。
そうして彼は俺の目の前で二人に分裂してみせた。全く同じ顔、全く同じ体型、全く同じ服装。あまりに異様な光景がそこにあった。
『どう?驚いた?こうやって増えるのさ』
そう、姿かたちが同じ人間が同時に口を開き、全く同じ声色で音を発した。思わず頭痛が走る。
『はは、分かるよ。僕も最初はそうだった。この能力が信じられなくて自分を疑いもした……そうだなぁ、まともに使えるようになったのは本当に、ここ数年のことだよ』
『それは、そう。僕が複数人でなくちゃいけない。そう強く思うことがあったからさ』
そこからは、その男の自分語りだった。ずっと一人で生きてきて、それ故に強く、それ故に孤独だったこと。救おうと思えば救えて、しかし、ときに間に合わないこともある。
そのために探し続けて、最後にたどり着いた答えは、目を背け続けてきた先天的スキルにあったのだと。
そのスキルは自分を増やすスキルだった。
初めて使ったときには、もう一人の自分が怖くて殺してしまったのだと言う。それからは一度として使うことは無かったが、何もかもが上手く行かなくて、一人ではどうにもできないと絶望したとき、ようやく思い至ったのだそうだ。
ロクに言うことを聞かない仲間を作るぐらいなら、少し我慢するだけで効率が倍になる自分を使えばいいのではないか、と。
そうは言ったが、そいつの表情には怒りや苛立ちなどはなく、悲しみと寂しさが浮かんでいた。裏切られたか、あるいは死んだのか。暗にそう言っているようにも見えた。
それから、ようやくそのスキルと向かい合い、幾つかの制約を設けた上でそのスキルを使うことにしたのだという。
1つは、分裂して別行動をし始めた時点で別の自分だと思うようにすること。
1つは、毎日0時にオリジナルを元に人格の同期を行うこと。
1つは、100人に1人、管理者を作ること。
1つは、年に一度集まって情報交換会を開くこと。
これによって自分という群体が発生したのだとそいつは言った。
狂っている。としか思えなかったが、冒険者ギルドはここ数年で随分と世界は平和になったと言っていた。その裏付けとも言える。
しかしまさか、本当に1人だったとは。いいや、群体として一つなのか。だとしても。
『……いつか僕だけになる未来が来るかもしれないって?そうかもね。でもそうなったら人類は滅亡するよ。だって僕は男だからね』
『そして僕は僕だ。まさか、未だに自分を人間だとは思ってないよ』
『どうして君にそんなことを教えたのかって?そりゃあ、君が知りたがっていたからだよ。神出鬼没のSSS級冒険者の秘密をね』
『記事になんて出来ないだろう。頭がおかしいとか、あるいは白昼夢でも見たんだろうと笑われるだけさ、そうだろう?』
『それじゃ、僕を連れて行きなよ。僕は自分の望むがままに行くさ。と言っても行き先は決まってるんだけどね』
そう言って片方はその場に留まり、片方は俺の方に歩いてくる。思わず後ずさると、両方が同時に苦笑した。
「大丈夫さ。獲って食おうなんて思っちゃないからさ」
「怯えられると傷つくんだ。そうは見えていないようでもね」
次は別々に話し始めた。前者が留まっている方、後者が俺に付いてきている方だ。
「化け物が、と思っているかもしれない。だけど、僕は人間でいたいんだ。人間でいさせておくれよ。僕は人間の味方でいたいんだ」
最後の方は、殆ど懇願に近かった。こいつがどれほど増えているのかは分からない。だが、それだけ多くいて、どこかの誰かを救っているのなら。
とんでもない数の人の成す悪を見てきたのだろう。時に敵対し、時に殺し、時に説得して来たのだろう。
それでも未だ、こいつは人の味方をしたいと言っている。それは一体どれほどのことなのだろう。
なぜ、まだ味方でいたいのかを聞きたかった。けれども、それは俺には無理だった。その問いでもしこいつが疑問を持ち、俺たちに敵対したら、なんて思うと、もはや何も言えなかった。
気がつけば見知った路地にいて、そいつが路地の端で手を振っていた。表面上はにこやかに、俺も手を振り返す。
少なくとも噂の凄腕冒険者殿は至って普通の人間のように思えた。例の冗談みたいな秘密を除けば、だが。
きっと俺はこの秘密を記事には出来ないだろう。その覚悟もなければ度胸もない。書いたところで何とも思われないだろう。どうせ弱小記者がいつものようにホラを吹いていると思われるだけだ。
それがどうしてか妙に悔しくて、こぶしを握りしめた。
蛇足
それから1年後、俺は部下に矢継ぎ早に指示を
出していた。元々能力はあったらしく、少し考えていつもより効率的に動けば昇進はすぐだった。
上を目指す意欲など無かったはずが、ある日、どうしても伝えたい真実を知ってしまったからなのか、とにかく俺は走り始めた。
最初は走り方も分からずに空回ったりもしたが、どうにかここまでやってこれた。あとは彼に会えたならば。
ふと、最近入ってきた新人が目についた。彼は悔しそうな顔をして拳を握りしめていた。その姿に見覚えがあった。
「おい、そこの君。どうしたんだ」
「編集長…いや、自分の能力に嫌気が差してしまって」
「そうか。伝えたいことは見つかったか?」
そう言うと、その新人は目を丸くして俺を見上げた。その瞳は、どうして分かったんですかと俺に問いかけてきた。
「なに。昔、俺にもそんな時期があったのさ。だから今ここにいるんだ。君も早く登ってくることだな」
「は、はい!頑張ります!」
それからというもの、俺が再びあの男に会うことは無かった。あの出来事は、あるいは燻り続けていた俺を、かの凄腕冒険者殿が救ってくれたのかもしれなかった。
俺は未だあの男のファンで、人間の味方でいて欲しいと思っている。
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