眠る多くの人々と活動する数人が見える……
西暦XXXX年、人類が増え続けた結果、人道上、倫理的にも文明の維持が難度を増し、人類存続が危機的状況を迎えたある日。とうとう人類は人類保管計画、ではなく、人類休眠計画に踏み切った。
この頃、急激に発達を遂げたVR技術は安定期に移り、仮想現実はもはやもう一つの現実として受け入れられていた。その仮想現実を人類が活動するもう一つの次元として定義し、現実世界での活動をほとんど抑えようという計画が十数年前に発案され、それが結実し人類休眠計画として発動したのである。
以前から懸念されていたことの一つに、フィクションでもありがちな、自然環境が復活した後、コールドスリープから人類が目覚めると機器や食料が全滅しており、結果として0からのスタートをせざるを得ない状況に追い込まれる可能性があった。
そのために、完全に人類全体を仮死状態にするのではなく、ローテーションを組み、現在の自然環境の回復力が上回る程度の人類を現実世界で活動させ、残りを休眠状態として仮想現実で活動させる。という方針を取ったのである。
また、アナ-デジのジレンマという問題もある。これはアナログーデジタルのジレンマの略称であり、内容は不完全である人間(アナログ)が機械(デジタル)を作る以上、ヒューマンエラーの発生は避けられず、結果として機械は不完全なものとなる可能性がある。という概念である。
機械が機械を作った場合も同様で、結局のところスタートが人間である以上、ミスの存在を懸念せざるを得ず、全く失敗が無くなるということはあり得ないとされている。
ただ、VR技術の安定期を待って行われた計画であったために、数年の遅れがあり、どうにかして倫理的問題にならないよう、総人口を減らす必要があった。これより継続して生命維持に関係する施設を増やすことは不可能では無かったのだが、時間が足りなかったのである。
そのために、異質な法令が発令された。
これまで仮想現実における活動は現実世界における活動を阻害しない程度とし、接続時間が定められていた。10歳未満は接続が禁止され、18歳未満は1時間以上の休憩を取った上で1日2時間まで。成人は連続接続2時間までとし、休憩は1時間以上、最大4時間までの接続が許されていた。
その代わり、脳機能に異常を来たさない時間間隔の伸長を望むのであれば、その素質をテストした上で最大2倍までの伸長が許された。
これを覆し、一生を仮想現実で過ごすのであれば、成人に限り認める。という法令である。
これに仮想現実に魅了されていた市民は喜んだ。しかし当然デメリットも存在する。
一つに、仮想現実で過ごすことを決めた者は子を授かれない。
これは、一度接続した後に現実世界の体に戻ることは出来ないために、生物学的に子を成すことが出来なくなるためである。研究機関が仮想空間上で様々な要素とAIを掛け合わせ、仮想現実上での出産すら実現させようとしていたが、計画の遅れがあった上でも間に合わなかった。
それだけ生命の神秘が奥深く、触れ難いということなのだろう。
一つに、仮想現実で過ごすことを決めた者は寿命が短くなる。
これも臨床実験の結果が出ており、定期的に現実世界で生命活動を続けなければ、体力や各内臓の機能が低下し、死にやすい体になってしまう、という結論が出ている。肉体が失われた後も、しばらくは活動可能だが、ある一定の時間を経たのちに自己同一性が保てなくなり、暴走、もしくは消失することになる。この原因には諸説あるが、最も有力とされている説は、脳における電気信号が失われた結果ではないか、とされている。
そのため、現実世界の肉体が死亡すると仮想現実にも伝達され、居住環境に最も近い寺、もしくは教会から僧侶が派遣され、任意同行の後に安楽死か否かを選ぶこととなる。拒絶すると隔離施設に移される。暴走による被害を防ぐためであり、仮想現実で生きるに当たり契約する項目の一つにもなっている。
一つに、その時点での現実世界の資産を精算し仮想現実に持ち込む必要がある。
この頃には仮想通貨も一つの通貨として存在しており、その信頼性によって為替が発生する程度には経済が発達しているために、全てを仮想通貨に換える手続きが必要となっている。ここで問題となるのは全て通貨として生産される、ということだ。つまり、権利や土地だったとしても、それは現実世界での相場によって、全て貨幣に換算され、仮想現実へと持ち込まれる。
そのために、有形無形諸共、すべて一から買い戻さねばならない。
一つに、精神的休息は義務のままである。
現実と仮想現実を行き来する場合は休憩を挟むが、これは肉体的、精神的休息を兼ねている。理由としては両世界での生活習慣の整合性を保つためであり、精神的疲れを癒すためである。精神的疲れは正気度(Sanity)として表され、これが40%を下回ると負の感情が現れやすくなる、とされている。
仮想現実においては生命活動は疑似的であり、特に食事と性的欲求は自己満足以外の目的ではほとんど必要なくなる。一方で睡眠もないがしろにされがちだが、これは正気度を回復させる意味合いがあり、疎かにしてよいものではないのだ。
そのため、正気度40%以下は補導、任意同行の対象とされている。
それらデメリットを抑えても、やはり仮想現実に暮らしたいと言う者は当時日本国民のおよそ1/3にも達し、そのほとんどが10代20代の若者であった。
事実上、仮想現実においても現実世界に直接干渉しない仕事は多くあり、労働力の減少にはつながらなかったが、いわゆる最低人口_人類が文明を維持したまま活動し続けられる最低人数_を下回る懸念はあったものの、一度その話を進めてしまった以上、今更引き返すことはできない。
結果として日本は文明の破綻の可能性を抱えたまま、この計画を進めることになってしまった。
この話は、主にその仮想空間に暮らす若者たちを襲った一種の悲劇である。
この一大騒動は後に、Aiの反乱として歴史に刻まれることとなる。
事の始まりは仮想現実において、人類の他に第二の人類を作ることが出来ないか、という可能性に掛けて始まった、一大プロジェクトにあった。
それはある意味、仮想空間において2人の親の間に子を発生させることが出来ないか、という実験でもあり、それとはまったく関わらず、AIにアバターを与えて人間と同じふるまいをさせることが出来ないか、という研究でもあった。
だが、それは誰も考えもしない形で実現することとなる。
概念、という言葉をご存知だろうか。言葉としては知っていても、それが厳密にどういうことであるか、と問われて明確に答えを返すことが出来る者は少ないだろう。
概念とは、『人が認知した事象に対して、抽象化・ 普遍化し、思考の基礎となる基本的な形態となるように、思考作用によって意味づけられたもの』である。(※wikipediaより引用)
分かりやすく言うなれば、辞書を引いて出た意味がそれに当たる。それ以外でも、その事柄に対して感じた印象もまたこれに当たると言えるだろう。
最初は、その概念をAIに読み込ませるとどうなるのか。という試行実験だった。AIの研究の一環としてアバターを与え、一般的な人間を学習させた後に読み込ませたのだが、予想だにしない事態に発展した。
AIが暴走、あるいは干渉を受け付けなくなり、自律的に活動し始めてしまったのだ。
概念とはいわば情報の集合であり、またはその事柄におけるアイデンティティとも言える。それをAIに学習させた結果、自我を得たのだ。その事柄におけるアイデンティティを。
後にそれら暴走AIは様々な名称で呼ばれるようになる。情報生命体、NPC、ネームドエネミー……その中で最も多く呼ばれたのは、読み込まれた概念に応じて名付けられた二つ名であった。
それは生きている。それは活動している。それは寿命がある。それは原動力である。それは大切で無形のものでもある。それは代謝している。それは成長している……生命の概念を読み込まれた『群体』
それは死んでいる。それは命が無い。それは生気がない。それは活動していない。それは呼吸していない。それは機能が停止している。それは無形のものである。……死の概念を読み込まれた『死神』
それは部品の集合体である。それは動力によって動く。それは有用である。それは無機物である。それは意思を持たない。それは有形のものである。……機械の概念を読み込まれた『人機』
それらは一般的な人間と矛盾が発生すればするほど暴走する。
それらは人間では決してなく、情報の集積である。
それらはシステムによる干渉が効きづらい。
それらは一般成人という枠組みを破り、独自のアバターを自ら構成し、仮想現実という世界に制止を振り切って解き放たれた。
そうして、混沌の世が始まるのだった……。
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