恰幅のよい女性と小さな子供が見える……

 あたしの店の近くにいつの間にかちょっと変わった店が出来ていた。うちの子が、最近ヘンなもので遊んでいることに気がついたのが2日前のことで、それをその店で買ったというところからそことの付き合いが始まった。


 始めは何処かの怪しい露店だと思った。子供から取り上げて見てみれば、それは小さな木の人形で、突いて倒しても起き上がってくるという不気味なシロモノだったからだ。人形の顔も点と線みたいな雑なものだったし、いずれにしろ魔導具を子供に売るというのがそもそも怪しいもんだった。

 魔導具ってのは大体高価だ。魔物から採れるっていう魔石を使う時点で高くなるのは分かり切っている。それをこんななんの役にも立たないおもちゃに使う時点で相当ヘンな話だった。


 だからあたしはその木の人形を取り上げて捨てた。本当におもちゃかどうかも分かったもんじゃなかったからだ。だけど、次の日も、その次の日も、うちの子は嬉しそうに手を握りしめて帰ってきた。

 そりゃ木の人形じゃあなかったけど、回すと立ったまま動かなくなる木の欠片に棒を刺したようなモノや、息を吹き込むと伸びて止めると戻ってくるモノを小遣いで買ってきていた。


 ここまで来ると言っても聞かないことが分かってきたので、子供に言い聞かせついて行くことにした。あたしも暇じゃないが、昼をしばらく過ぎれば時間がある。

 そのときにその店を訪ねた。


 そこは裏路地にあったけど、それを差し引いても随分と小綺麗な店だった。そこだけが切り取られたみたいに別世界で、なるほど、何度でも行きたくなる心持ちになった。

 でも、それは大人からすれば、だ。

 子供には少々小綺麗過ぎると思った。

 それでも、あたしの後からやってきた子供たちは立ち止まることもなく店の方に走っていき、そこで店主と何か話しているように見える。

 その中にあたしの子も混じっているのが見えて、ようやくあたしもそこへと向かった。


「あら、こんにちは」

「こりゃご丁寧にどうも。ここは何の店だい?」


 その店の主はなんとも可愛らしいお嬢さんだった。とてもこんなところで商売をするような人間には見えない。それも聞きたかったけれど、まずは何屋なのか、というところだ。


「ここは魔法の小物を売るお店ですよ」

「そりゃ一体……何なんだい?魔導具とは違うのかい?」


 マホウノコモノ、とは聞いたことがない。都の方で流行っているものかと聞けば、そうではなく、他に呼び名が見つからないのでこう呼んでいるだけだと言われた。

 それにしても、随分とまぁ涼やかな声のお嬢さんだ。どこかのご令嬢のようにも見えるけれど、何か事情があるのかもしれない。

 そういうことには踏み込まないのが礼儀でもあり、身を守る術でもある。

 そこには触れないように聞くところによると、マホウノコモノとはちょっと便利な生活雑貨のことを言うらしい。だけどまぁ、これが随分と大層なシロモノだった。


「今はお子さんしか来られないので、店頭には置いていないのですが、これなど如何でしょう」

「なんだい?これは」

「これはよく燃えるだけの紙です。紙の端にマナを込めると燃え上がるので注意してくださいね」


 それを半信半疑で試したとき、かなりの衝撃を受けた。

 火の魔導具というものはそれなりに高価だし、マナをほとんど持たないあたしたち平民はマナをそれなりに持ってる知り合いに小銭を払って頼むか、魔石を買っておいて少しずつ使うしかない。

 どちらにしろ手間も金もかかるので、ほとんどは未だに火打ち石と焚き付けで火起こしをしているのだ。


 それが、この紙だけで済む。マナもあたしみたいなほとんど無い人間でも大丈夫となると、あと気になるのはこの値段だけど、それにもびっくり仰天した。

 なんと銅貨3枚らしい。

 火の魔導具単品で金貨3枚はするし、使うにも最低銀貨1枚はいる。それがたったの銅貨3枚で済むという。それは余りにも、そう、あまりにもおかしな話だった。


「ちょっと安すぎはしないかい?」

「いえ、原価は紙のはし切れでこれぐらいの量が銅貨1枚なんですよ。それにちょっと細工するだけなので、本当に手間賃を足しても十分利益が……」


 となんともとんちんかんな話をし始めて、あたしはなんとなく察しがついた。

 たぶんこの人は相当な世間知らずなんだと。そして、きっと火の魔導具も、その値段も、そういうものがあることすら知らずにこの話をしているのだと。

 ここであたしの中に1つの結論が出た。

 つまり、深入りはしない、ということさね。


 ともあれ、紙は便利だと思ったので買った。

 3枚組が2つ、つまり……


「銅貨18枚になります」


 そう。銅貨18枚だね。

 ところが、持ち合わせがなかった。子供をたぶらかす店に行って文句の一つでも付けてきてやろうと思って出てきたのだから、小銭の持ち合わせなんてあるはずもない。

 服のポケットから出てきたのは銅貨8枚だけだった。


「あ、それなら、1組をサービスでお付けしますよ。それから、お子さんがうちの商品で遊んでいても取り上げないようお願いしますね」

「……は?いや、それはいくらなんでも」

「では、またご来店お願いします。その時にまた何か買ってくださればいいので」


 そうやって、結局子供のおもちゃのことは有耶無耶にされて、騙されたような気持ちで家に帰った。


 それから何度かその店に行くうちに、そこの店主は本当にただのお人好しだと言うことが少しずつ分かってきたんだ。

 こんなでは悪い客に引っ掛かると大変なことになるんじゃないかとも思ったが、どうやらそういう人間は何も売らずに追い返しているみたいだった。

 一度その場面に立ち会ったが、どういうわけか、そういう人間が分かるのか、端から無視し続けて、怒って手を出す直前に底冷えするような笑みで脅して追い払っているのを見て、ただ者じゃないと思ったね。

 その時は流石の子どもたちも遠巻きに見守るばかりだったけど、無事追い払えた時には歓声が上がって、その悪者は居心地悪そうにそそくさとその場を後にしてた。


 そんなふうに何度も行くうちに、近所の人たちもそこに通っているらしいことが分かってきた。

 特に若い男衆に人気で、理由は考えるまでもない。

 そうでなくとも、その品々はなんというか、安い割に便利なものが多くて、つい手にとってはそのまま買ってしまうということが多かった。

 にも関わらず、家計に損がないどころか浮いている始末だ。これじゃあ通わないわけにはいかないね。


 そんなわけで、今では子供を預けるようにすらなったのさ。

 元々子どもたちは近所で集まって何かしらの遊びをしているようだったけど、様子を見てくれる人がいるならそれに越したことはないね。

 後ろ暗い人間が近づかない、あるいは近付いても追い払えるなら安心して預けられるというものさね。

 それに子供たちも随分と懐いていた。子供はただ好きなだけでは懐いてくれないんだ。それが分かっているというのは、少なくとも女たちの間では信用に価するのさ。

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