薄暗い中誰かが混乱している様子が見える……

 それはある日のことだった。馴染みのヴェナンのダンジョンの攻略中に、俺が二人になった。その意味の分からなさに混乱した俺は、パーティーの皆に役立たずの烙印を押され、その日の探索は中止となり、俺は宿に帰されるという屈辱の失態を犯した。

 だが、その時はそれどころではなかったのだ。俺は自身のことを私と言い、ここは何処だの、貴方たちは誰だのと、まるでこれまでのことを全て忘れてしまったかのように取り乱してしまっていた。


 それでも、翌日になればある程度落ち着きが出て来ていた。心配する皆を追い返し、俺は宿で一人、俺の中に突然現れた俺と話をした。

 そいつはオオニタサアヤと言った。俺の知らない世界からやってきて、俺の身体の中に入ったという。俺は出ていけと言ったが、そいつは身体が無いから消えてなくなってしまうと慌てた。

 昨日よりはマシになったが、そいつがいるとたまに考えていることがよく分からなくなるのだ。これではダンジョン攻略などできはしない。このまま俺が戦力にならないと皆に知られれば、俺はパーティーから外されることになる。そうなれば俺は稼ぎ口を失って、遊女となるしかないだろう。


 そう考えていると、中の俺が謝ってきた。けれど、出ていく気は無いという。考えていることが全て伝わってしまうのは楽だが面倒でもある。それはつまり、そいつが考えていることも俺に伝わってしまうということだ。

 そいつは自らが消えてしまうかもしれない恐怖に喘いでいた。そんなことは知らん、と言いたいところだが、今にも泣き出しそうな感情が伝わってくる。こっちまで泣きたくなりそうだ。

 

 ならば考えることの邪魔にならないようには出来ないか。そう思うと、すっと楽になり、再び感情が伝わってきた。今何をしたのか聞くと、何も考えないようにしていたのだという。そんな高尚なことが出来るのか、と驚いたが、一つのことを考え続けることでも良いらしい。

 試しに、小腹が空いていたので干し肉のことを考え続けてみると、上手くできているらしいことが伝わってきた。

 とはいえ、これでダンジョン探索は続けられそうだ。その日中にパーティーリーダーにそのことを伝えた翌日から、全てはほぼ元通りに戻った。


 オオニタがいなくなるのはダンジョン探索の時だけだ。それ以外は特に集中することはないから、周りに人の気配がない時は俺に聞きたいことを聞いてくるようになった。

 中の俺は学のない俺が驚くほど何も知らなかった。この地の名も、宿の名前も、毎日食べている宿の食事さえも。数日ほど、俺は中の俺の質問ずくめに悩まされた。


 だが、数日たてばオオニタは直接声に出さず、頭の中だけで話をすることが出来るようになり、コツを聞けば俺もすぐにできるようになった。

 それに、いつの間にかダンジョンの中に生えていたりする草などが売れることを知っていて、少しの小銭稼ぎになった。

 だからこいつは、何も知らないが頭は悪くない、どころか、俺より頭がいいのではないか、と思うようになった。


 それがはっきりと分かるような出来事があった。

 その日の探索は調子が良くて、いつもより少し深く潜ってみようという話になった。その時点でオオニタは俺に警告したが、決定権はパーティーリーダーにある。俺もいけるつもりでいたので、結局何も言い出さないまま、予定より深く潜ることが決定した。

 その後中の俺も文句を言わなかったので、何事もなく終えられると思っていた。だが、そうはいかなかった。


 突然、中の俺が俺の口を使って警告を発した。

 その警告で反応できたのは俺と俺の前に居た2人だけだった。

 パーティーリーダーは突然横から飛び出してきた魔物に足をやられ、それに気を取られた前衛が前に現れた魔物に腹をやられた。


 その後、応戦できたのは俺含めて一人だけで。

 けれども、俺は詠唱した覚えのない魔法を放ち、横からやってきた魔物をけん制することができ、中衛の片手剣盾持ちが横から来た魔物を倒すことが出来ていた。

 その即応でリーダーは助かった。けれど、腹を割かれた前衛はダメだった。その死体を乗り越えてやってきた魔物に、右前の中衛は腰砕けで、だから俺は左の中衛の後ろに隠れるしかなかった。

 そして、その中衛は逃げ出した。

 仕方が無い、己の命が一番大事だ。俺も逃げたかったが、中の俺がすでに詠唱を始めていた。俺もその詠唱に合わせて唱えるしかなかった。

 すると、不思議なことが起きた。何故か2回分のマナが吸われる感覚があり、魔物が向かってくるよりも先に魔法が発動したのだ。

 しかも、その魔法はいつもより早く、いつもより大きい。

 それは魔物に避ける時間を与えず、その大きな腹に着弾した。

 その一撃で魔物と腰砕けの中衛が吹き飛び、反動で俺はよろけ、片膝をついた。致命的な隙だったが、その一撃で魔物は絶命していた。


 その後もそれなりに大変だったが、妙に冷静な中の俺の判断力に助けられた。声かけは全部、中の俺がした。ちゃんと不自然にならないように、俺の口調を真似て指示出ししていたが、不自然ではあった。普段軽口を叩くぐらいしかしゃべらなかったからだ。

 それでも、その指示に全員が従った。それだけの価値があったからだろう。

 まず、死んだやつのポーションでリーダーの足を治す。そして、腰砕けの中衛が肩を貸す。そして俺がじりじりと索敵しつつ、元来た道を戻る。逃げ出した奴にはまず追いつけない以上、いないものとして考える。

 戦力的には前衛はあくまで壁と牽制であり、攻撃は中衛と後衛任せだった。だが、壁が無くなってしまった以上、戦闘回避か短期決戦しかない。

 一応中衛が一人残っているが、そいつは先ほどの戦闘で信用を失った。一人逃げ出す可能性も考えると、俺と中衛で索敵しつつ、回避できない場合、俺の魔法で速攻するしか無いという。


 まだ、この層は探索し始めだったためにマナに余裕はある。さきほどのような魔法も狙って出せるのだとしたら4回は可能だ。だが、中の俺は出来ると言い切った。こいつが出来ると言うなら出来るんだろう。

 その後、3回の戦闘があり、3回ともあの魔法で乗り切れた。

 うち1回で2体の魔物と遭遇した時は終わったかとも思ったが、リーダーが囮になってくれたおかげで2体とも爆発に巻き込めたのだ。


 最終的に、俺たちはパーティーが半壊しつつも、ダンジョンから生き延びることが出来た。リーダーは俺に礼を言い、腰砕け中衛は泣くほど喜んでいた。俺はどこか実感が湧かず、何とも言えない顔で2人の好意を受け入れた。

 その日は何もする気が起きず、宿でゆっくり1日を過ごした。

 その日の次の日も宿でぼーっとしていると、リーダーと中衛が会いに来た。パーティーは解散。当然だ。リーダーは足の怪我が完全には治りきっておらず、しばらく休養。中衛は冒険者を引退して知り合いの店の手伝いに回ると言う。逃げ出したやつは失踪したらしい。

 リーダーがもし冒険者稼業を続けたいなら知り合いを紹介すると言ってきたので、その話に乗ることにした。例の魔法はあれきりのことで、もう出来ないと中の俺が言った。リーダーは何かを理解して頷くと、また後日来ると言い残して宿を出て行った。


 それまでの間、俺と中の俺、サアヤは話をした。

 冒険者稼業の休養日をサアヤにやろうとしたが断られた。休みは休みでなければならないと言うのだ。そのため、難しいかもしれないが数回の稼業の後に長い休養日を取り、その日の何日かをやることにした。

 その間はサアヤが何をしてもいいことにした。宿に居てもいいし、出かけても良い。その間に必要があれば俺に話してものを買ってもいい。ただし、不自然でないようにすることを願った。

 だが、それよりも、サアヤは俺とようやく対等な関係になれたことを喜んでいるようだった。なんだか、それは妙にむず痒く思えて、しばらく落ち着かなかった。


 後に、リーダーの知り合いだという女が俺を訪ねて来て、ギルドで顔合わせをすることになった。

 サアヤの見立てでは問題ないという。前衛3、中衛2の魔法無しパーティーだった。

 これまでの探索では魔法は不要だったが、より深く潜るようになると魔道具を使う必要が出てきて、しかしそれを買う金を稼ぐことに時間がかかり、思うように攻略出来ていなかったという。そこにリーダーのパーティーが解散し、俺があぶれた結果、ここに望みのものが揃ったわけだ。

 通常、何らかの事故で解散したパーティーの残りを他のパーティーが拾うことは無い。それは、何か問題があって解散したのと大して変わらないからだ。だが、今回はリーダーの紹介もあり、おおむね問題なく受け入れられた。なんでも、ここのパーティーリーダーと元パーティーリーダーは別の町でパーティーを組んでいた元仲間だったそうだ。


 ともかく、これで俺は遊女にならずに済み、冒険者稼業を続けられることになった。休養日の件も問題なく受け入れられた。元々、攻略を急ぐパーティーでは無かったようだった。

 前のパーティーは常に金欠状態だったが、こっちは魔道具のこともあり、金を貯めるのが常のパーティーで、金にはある程度余裕があるらしい。

 サアヤも金を貯めることには賛成らしく、しきりに勧められた。

 あんなことがあったのだからと言われると何も言えなくなった。


 それは別に良かった。元々無視できないだろうとは思っていたし、覚悟もある程度決めていた。

 けれども、まさかそいつが裏で店を始めるとか、魔道具モドキを作り始めるなんて、その時は思いもしなかったのだ。

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