4-8【二度と後悔しないために】
撃たれた……その事実を理解するまでに、数秒を要した。
その間にも体は膝から崩れ落ち、脂汗が全身から噴き出す。
「レイ君ッ!?」
安全の為に背後に立たせていたフローラの、悲鳴にも似た声が聞こえる。
だが、返事をすることも出来ない。
あまりの痛みに歯を食いしばりながら、床に額をこすり付ける。
「ファーンレイーンッ!!!」
響き渡る怒号。
痛みをこらえながら振り返ると、そこには発砲した犯人……狂気の笑みを浮かべるブロンズィーノがいた。
ついにフローラに対しても、外面を整えることすらやめてしまったか。
外国製の連発可能な回転式拳銃をフローラ含む全員に向け、動くなと言わんばかりに威嚇している。
「ははっ、ははは! ちょうどいい。私はその女に用がある!!」
兵長は拳銃など持っているはずもなく、パラスの強靭な糸は現在使用中。
銃の有効距離に対抗する術を、レイトン達は持ち合わせていない。
今は彼に従うほかない。
「アンタ……一体、何のつもりだ……」
痛みに耐えながら、ブロンズィーノを睨みつけるレイトン。
「ああ? そんなの決まっているだろう! こいつにそこの虫を黙らせた時の奴をやってもらうのさ!」
「化け物とは、なかなか酷い言い草じゃないか、ブロンズィーノ中佐殿」
「黙れ害虫風情が! 私に話しかけるなぁ!!」
一瞬、ブロンズィーノの言っていることの意味が分からなかった。
だがすぐに思い出す。
呪いをかけられたパラスを、フローラが歌でなだめた時のことを言っているのだ。
その時の奇跡で、自分に対し怒り狂うハルピュイア達を無力化するつもりらしい。
「さあ来い! いいか、誰一人私に逆らうな。逆らえば銃殺だ!!」
フローラを支えていた兵長を突き飛ばし、空いた左手で強引に彼女を引き寄せる。
壁に叩きつけられた兵長は、当たり所が悪かったのかうめき声をあげて立ち上がる様子を見せない。
そんな様子をブロンズィーノが気にすることはなく、彼女を盾にするように自らの前方に立たせ、ハルピュイアの飛び回る甲板へと歩み寄る。
「おい、大丈夫か兵長っ!」
「ぐぅ……わ、わりぃ……ッ!」
パラスの言葉に、どうにか返事をする兵長。
だが、すぐにでも動けるような状況ではない。万事休すだ。
ハルピュイア達の狙いは、自分達に危害を加えたブロンズィーノだろう。
だからといって、フローラが襲われないという保証はどこにもない。
そんな危険な場所に彼女を向かわせることなど、許せるはずがなかった。
「せん、せい……離せよ……」
傷口を押さえていた右手で、ブロンズィーノの左足首を掴む。
彼のブーツに、レイトンの血の跡が滲む。
「貴様ァ!! 汚い手で私に触るな!」
しかし、傷ついた体では力を込めることも出来ない。
血で滑る手では、ブロンズィーノの歩みは止められなかった。
すぐにその手は振りほどかれ、代わりにブーツのかかとが、レイトンの頭部を踏みつけた。
床を舐めろと言わんばかりに踏みにじられる。
「やめてくださいっ!」
フローラの悲痛な叫びを聞きいれたのか、ブロンズィーノはレイトンを
悔しかった。
自分の尊厳を踏みにじる行いに対してではない。
助け出せたと思えた大切な人を、また奪われてしまう自分の無力さが憎かった。
英雄のような世界救済の力を願ったりはしない。
ただ自分の大切な人や場所を、守りたいだけなのに。
それすらも叶えられない己の未熟さが、どうしても許せなかった。
痛みをこらえて、悲鳴を上げないだけで、既に限界だった。
「さあ、とっとと歌ってあの化け物共を黙らせてみせろ! それが貴様の役目だろうがっ!!」
フローラを中央の帆柱付近にまで連れてきたブロンズィーノが叫ぶ。
上空のハルピュイア達は、明らかにブロンズィーノの姿に気付いている。
全てのハルピュイアが高度を下げ、二人の前へと降り立つ。
その表情は、深い憎悪に満ちた怒りを湛えていた。
月光に照らし出されるフローラは、今にも泣きだしそうな顔だった。
見ているだけでも胸を締め付けられるような、悲痛な表情だ。
「……無理です」
彼女の口から語られたのは、ブロンズィーノ……いや、周囲にいる全員の予想に反するものだった。
「はぁ!? この期に及んで何を言うか!」
「もしもあなたが、パラスちゃんの時と同じようなことをこの子達にも出来ると思っているのでしたら、それは大きな間違いです」
「ふざけるな! 貴様、この私を謀ろうというのか!?」
ブロンズィーノの言葉に同意するわけではない。
だが、彼女が言い放った言葉は、レイトンにも理解できなかった。
「パラスちゃんは、心の中で自分を止めて欲しいと願っていました。呪いに対し、抗っていました。でも……」
周囲のハルピュイアの顔を、一つ一つ確認するように見渡すフローラ。
「この子達は、あなたに対する怒りを鎮めるつもりはありません。それでは、私の歌など通じるはずがありませんよ」
「はぁ!? なっ……そ、そんなバカなことがあるか! 早く歌え!」
怒りの矛先が自分に向いていると宣言され、ついには狼狽するブロンズィーノ。
それでも彼女の歌を諦めていないのか、ついに拳銃を彼女の側頭部に突き付けた。
「私は化け物を狩る高尚な使命を与えられている!」
何が高尚か。それを建前に悪行を重ねたのは自分だろう。
そんな行いを棚に置いた発言には、ただただ怒りを覚える。
「このような畜生共に狩られるみじめな存在ではない!!」
狩るのではなく捕らえていた男が何を言うか。
ついには意味のないことを叫び始める。
ハルピュイア達は、今にも鋭い足の爪で二人に飛び掛からんとしている。
――先生が、殺される。
目の前の光景が、炎に焼かれる故郷と重なる。
当たり前のように挨拶を交わしていた人々は、皆亡骸となり倒れていた。
自分達を守ろうとした両親は、焼け落ちる家に巻き込まれ生きたまま焼かれた。
そして腕の中には、今まさに命を落とさんとする小さい妹の身体。
――また、繰り返すのか。
知人、家族、これでもかというほど見せつけられてきた死の光景。
抵抗する術もなく、大切なものは奪われていく。
過去の幻影は消え、フローラの顔が目に映る。
先ほどまでの悲痛な表情は消え、まるで覚悟を決めたような。
彼女がこちらを向き、そして……。
「……ごめんね、レイ君」
――そんな悲しそうな笑顔は、見たくないんだ。
彼女の言葉を聞いた瞬間、頭の中を何かが巡る。
それは痛みも恐怖も押し潰すような激情か。
血の気が失せ、体温も落ちているはずの身体が、猛烈な熱を帯びていく。
雄たけびが口からあふれる。奮い立てよと、自分に言い聞かせるように。
歯を食いしばれ。両の腕を動かせ。体を起こせ。
そして低い姿勢のまま甲板の板を蹴り、走り出す。
血の跡を残しながら、ブロンズィーノとの間合いを一気に詰める。
「なっ、き、きさっ!?」
ハルピュイア達が飛びあがったのは、ブロンズィーノがレイトンの姿に気付いたのと同時だった。
迫りくる彼に引き金を引く余裕もなく、完全に虚を突かれたブロンズィーノはレイトンの体当たりで突き飛ばされる。
「先生っ!!!」
フローラの身体を引き寄せ、ハルピュイアの攻撃から庇うように覆いかぶさる。
きっと無事では済まない。命を落とすことになるだろう。
それでも、少しでも彼女が生き残る可能性があるのならば、今はそれを優先する。
身を挺してでも……ただその一心だった。
……空が、轟音を立てる。
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