4-4【綻び】
「なるほどな」
小一時間かけて、レイトンはブロンズィーノとの会話の全てをパラスに話した。
それを聞いたパラスは、鉄格子に脚をかけたまま何かを思案するように沈黙する。
「ほう……いや、それだと一つ妙なことがあるな」
首をかしげるパラス。
その言葉の意図を、レイトンは汲み取ることができない。
「妙なこと?」
「そうだ、よく考えてみたまえ。話によればあの男は、我々の家を捜索した直後にイリアス以外の者を用意するつもりだ。だがどうやって?」
ブロンズィーノの計画では、捜査中に見つけなければ信ぴょう性が弱くなる。
だがパラスの言う通り、考えてみればそんなことは不可能だ。
なぜならここは聖域ではなく人間の住む土地。
町の外へ出れば妖精や怪物に襲われるというのは、もはや過去の話なのだ。
そんな場所で、レイトンに罪を着せるための替え玉を用意する方法があるのか。
「……それじゃあ、ブロンズィーノは口先だけってこと?」
「いや、私はそんなものではないと思うな」
その言葉に、レイトンも首をかしげる。一体どういうことなのか。
「あの男、我々を確実に陥れる為に万全の準備をしている」
「そうかも知れないけれど……。でも、俺がイリアスちゃんの羽根を持っていたことを知ったのは昨日のことだ。事前に準備なんて」
イリアスとの出会いまで、全てブロンズィーノの仕組んだ罠ならば、先んじて準備することも出来る。
しかし、言い方は悪いがこれだと替え玉を用意する理由もない。
イリアスがそのまま利用されるだけだろう。
「ああ。逆に言えば、その準備を整えられる環境を常に有していたのさ」
「環境って、今回の場合だとセイレーンみたいな鳥の羽根を持つ聖域の住人を用意できるってことだけど……えっ」
レイトンの頭におぞましい想像が浮かぶ。
自分の言葉で気付いてしまったのだ。人間の住む領域にほぼ存在しない者を、用意する方法を。
それは至って単純なことだ。
彼らを確保できる『場所』が、ブロンズィーノの身近にあればいいだけのこと。
そして、それが意味することは……。
「ブロンズィーノは、どこかに聖域の住人達を捕らえているのか?」
あの男の計画を成功させるのに、それ以外の方法があるだろうか。
イリアスというセイレーンが町に存在することを知らない、ブロンズィーノが。
「私はそういう睨んでいるね。そしてそのような行為が、世間にはどうみられるか」
――協定違反。
浮かんだ考えが正しければ、協定に反していたのは自分達だけではない。
それを罰することを大義名分としている、ブロンズィーノも違反者ということだ。
しかも行ったことは極めて重罪。
聖域に住まう者達を捕らえ、人間の領域に持ち込んでいるのだから。
だとすれば、ブロンズィーノにとってこれ以上の急所はない。
彼の罪を告発すことが出来れば、現状を打破する希望も見いだせるかも知れない。
「でも、それならどこに……そうか、船っ!」
ブロンズィーノが自由に扱え、
首都防衛隊が所有する軍艦ほど、それに適したものはないだろう。
「あの船の艦長はブロンズィーノだと聞いている。奴の性格的に私物として扱っていても不思議ではないな」
パラスの言葉で、よりその可能性が高まった。
外洋での運用を目的とした軍艦ならば、相応の広さの船倉だって有するはずだ。
「そうと決まれば早く行かないとっ」
「って、ちょっと待て。レイもついて来る気なのか?」
そう尋ねるパラスの声には、戸惑いの色が感じられる。
しかし、レイトンは既に自分がやらなければという使命感に駆られている。
それが責任を果たすことだと信じて疑わないからだ。
「こういったことは私の方が適している。君はここで待つべきだろう」
「パラスだけに責任を押し付けたりしたくないんだよ。だって俺のせいでっ」
パラスがため息を漏らす。
「現状を自分のせいだと責めるのは、責任感を通り越して身の程知らずだぞ」
パラスの黒い目に、レイトンの今にも泣きだしそうな顔が映る。
その声は、明らかに怒気を放っている。
「君は自身がただの一般人であるということを忘れていないか? そのような人間を、危険極まりない軍の保有する船に忍び込ませられると?」
「だけどっ」
「改めて言わせてもらう。今回の件に関して、君が責任を感じる必要はない。君はあくまで悪意の被害者なのだよ」
「被害者って……」
パラスの言葉は、有無を言わせぬ覇気を持っている。
それに反論する言葉など、レイトンには思い浮かばなかった。
気持ちだけが
それは認めざるを得ないという事か。
それでも、自分は無関係などと納得などできるはずがない。
被害者だと説得されても、傍観者になることを許したくはなかった。
例え力のない一般人だったとしても、その中で出来ることがあると信じたかった。
「それでも……おとなしくなんてできないんだよ!」
やりたくても出来なかったことが、たくさんあった。
その度に後悔し、昔を思い出して暗い気持ちになってきた。
だからこそ、そんな自分を乗り越えたい。
出来ることがあるのならば、それを全力でやり遂げたい。
家族に粗末な墓しか用意してあげられなかった過去の自分から、変わりたかった。
「で、君はどうやってそこから脱走するというんだい?」
それでもパラスは、あくまで冷静にレイトンに尋ねた。
私は助けない。自分でどうにかしろ。そんな意思を込めた言葉なのだろう。
分かっている。ここから出なければ、自分は何も成し遂げられないまま終わる。
肩の痛みをこらえ、鉄格子の扉に手をかける。
そして全身を使い、それを大きく揺らした。
「開け……開けよ……開けっ!」
使われることも少なく、あまり整備もされていない粗雑な檻だ。
万が一でも破壊できる可能性があるかもしれない。
そんな訳ないとパラスは考えているのだろう。
それでも、この扉が開くと信じ全身に力を込める。
腕に力を込めると、左肩の痛みがひどくなるのが分かる。
血の滲む生々しい感触。
それでも、レイトンは諦めるつもりはなかった。
何度も鉄格子を破壊しようと、全身でそれを揺らし続ける。
滲む血液は腕を伝わり、石を敷き詰めただけの粗雑な床に滴り落ちる。
「開けよ! 頼むからっ! くそっ!」
痛みはひどく、心がくじけそうだ。
鉄格子の激しく揺れる音だけが、何度も地下牢内に響き渡る。
レイトンを制止するように、何者かが鉄格子に絡みつくレイトンの手を握った。
「あんま無茶はするなよ。ホントに壊されたら溜まったモンじゃない」
いつの間に地下牢まで来ていたのか。
そこにはレイトンを悲痛な表情で見つめる兵長の姿があった。
「開けてやるから、これ以上無茶はすんな。傷口開いちまったろ」
腰に下げた鍵束を手に取り、その一つをレイトンの檻の鍵穴に差し込む。
乾いた音が響き、錆びた蝶番の甲高い音と共に、扉が開かれた。
「兵長さん……どうして?」
彼の行動に、レイトンは驚きを隠せなかった。
ブロンズィーノと全く違う所属の人間とは言え、彼も軍属だ。
この行動がどれほどリスクのあるものか、レイトンでも想像は出来る。
「それ聞くか? お前さんがあの中佐に殺される姿なんざ、見たくねぇからだよ」
鍵束を腰に戻しながら、兵長は続ける。
「あいつがお前さんのこと、言う事聞いたからって無事に逃がすと思うか? 俺はそうは思わん」
「それは……」
「だとしたら、だ。俺はお前さんをこの町で一番最初に助けた野郎だ。ここで見捨てるなんざ、昔の俺に申し訳が立たんだろうが」
レイトンの右肩に置かれる、兵長の手。
その手は、間違いなく震えていた。
「自分捻じ曲げて後悔するくれぇなら、扉一つ開けるくらいどうってことねぇよ」
もう一度、五年前の自分を思い出す。
命を救ってくれた誰かがいるのならば、その人達の為に生きることだって出来るかも知れない。
最初は文字通り、それだけが生きる理由だった。
たったそれだけ。それが今に繋がっていたことにようやく気付くことが出来た。
「だがな、俺はお前さんを危険な場所に送るためにここを開けたんじゃあねぇ。絶対に無茶なことはするな」
「それは……でも、やっぱり俺はっ」
「安心しろ、さっきの話は聞かせてもらった。それに俺はこれでも兵長だからな、俺の言う事聞く仲間だって結構いるんだ」
レイトンに背を向け、地下牢出口の階段へと向かう兵長。
だが、急に足を止めると、更に言葉を付け足してきた。
「あの船の周りを張ってるのはうちら衛兵でな。ブロンズィーノの部下共はほとんどが国境の方に出てる」
「おい、兵長。あまりレイに変なことを吹き込むんじゃない」
「いいじゃねぇか、レイトンが安全なところにいるなら問題ねぇんだろ? っちゅー訳でだ」
兵長が振り返る。
無精ひげを生やしたその顔には、悪い笑顔が浮かんでいた。
「俺らの目が届く場所にいるって約束できるなら、お前さんを連れて行ってやるよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます