4-3【彼は立派な人になれたのか】
レイトンの姿は、詰め所の地下牢にあった。
普段滅多に使われていないせいか、非常に埃っぽく、地下ゆえに湿気がひどい。
四つある檻にはレイトン以外誰もおらず、檻の中は粗末なベッドと小さな机、床に穴を開けただけの簡易トイレ。
鉄格子の嵌められた明り取り用の窓からは、月明かりが差し込んでいた。
「くっ、ぅ……」
ベッドに腰を下ろし、月を見上げるレイトン。
ようやく手錠を外された手で、刺された傷を撫でる。出血の感触が手に伝わる。
粗雑な手当てでは痛みを和らげる効果もなく、痛みから眠ることも出来ない。
いや、どのみち寝る気になどなれなかった。
「……俺のせいだ」
ここに入れられて、何度目かの呟き。
言い訳などできない。自分のせいで、多くの人が不幸になってしまう。
連行された時点では、自分だけが不幸になるという覚悟も、凡人なりにあった。
しかし現実は違っていた。ブロンズィーノという男を、侮っていた。
目的の為ならば、あらゆるものを踏みにじる。
傲慢、独善、暴力。レイトンの嫌いな言葉ばかりが、頭をよぎる。
『目の前の全てに背を向けて、諦めてしまったなんて、とても思えませんから』
ふと、五年前の出会いを思い出す。
フローラはあんなにも弱々しい自分を信じて、弱い人間ではないと言ってくれた。
右も左も分からず逃げ惑っていたところを助けてくれた兵長。
傷ついた体を癒してくれた診療所の先生。
そして、もう一度立ち直ろうと、心を救ってくれたフローラ。
――そんな人達に、胸を張ってお礼が言える人間になりたかった。
――そんな人達に、胸を張って生きる自分を見せたかった。
今は、そんな奮起していた自分が、ただ虚しく感じられた。
自分の想像を超えた悪意に、それら全てを踏みにじられてしまったのだから。
故郷を焼かれたときから、自分は何も変わっていなかった。
もはや痛みも感じない。そして悔しさすらも……。
「随分とこっぴどくやられたようだな」
なぜだろう、自分以外の声が語り掛けてくる。
こんな場所に人が来るはずない。幻聴かと周囲を見渡す。
いつの間にか、月が見えなくなっていた。
「どうした? 私はここだぞ」
違う。外に誰かがいるのだ。
そしてこの聞き慣れた声。紳士ぶった口調が、逆に安心感を与えてくれる。
「……パラス?」
「ああ。待たせたな、レイ」
見慣れた大グモ。かつては自らを人間だと語った家族。
その声に、普段の厳しさはない。
純粋にレイトンを気遣う、優しさだけが伝わってきた。
「アリシアから話を聞いて、フローラ達は大慌てだったぞ。そこに兵長がやってきてな」
自分の置かれた状況を、兵長を伝手に知ることになったことを聞かされる。
あの尋問部屋の隣には、衛兵の間でしか知られていない隠し部屋があり、二人の会話をそこから盗み聞きしていたとのことだ。
「そっか……ごめん、俺のせいで」
「自分を責めるな、レイ。セイレーンの羽根一つであそこまで頭が働くとは、普通想像できんさ」
「でも……でもさ! このままだと……」
誰かが死ぬ。誰かが不幸になる。
ただの一般人であるレイトンに、その十字架を背負うほどの強さはない。
しかし背負わなければならない。罪から逃れることは出来ない。
自己嫌悪に陥るなという方が、無理のある話なのだ。
「そうだな。小手先の手段では、決して状況を打開することは出来ん。ブロンズィーノの思うつぼだ」
それでも、パラスは冷静だった。その声に動揺は一切感じられない。
「レイ、私が兵長に聞いた話は完璧ではない。だから君の耳で聞いた言葉の全てを教えてくれ」
「全て……?」
「そうだ、そして考えよう。あの手の輩は勝利を確信した瞬間、必ず油断が生じるものだ」
油断。レイトンには、そのようなものは一切感じられなかった。
完全な勝利宣言。一切の抵抗も許さない、ブロンズィーノの計画。
その中で、隙などがあったのだろうか。
「……分かった」
だが、今は少しでも役に立てることをしたい。
それ以上に、今は誰かにすがりたかった。
罪の意識に押し潰されそうな自分を、少しでも支えて欲しかったのだ。
レイトンは、最も頼りになる家族に、自分の見聞きした全てを語り尽くした。
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