第10話 「大ほら吹き」なんて言われていたら……

 甲板に戻ると、ちょうどマティス天馬隊長の姿があった。

「隊長」

「おお、ポニー君か……ずいぶん隊列が乱れていたがどうした?」

「偵察中に一角天馬と交戦状態になりました」

 その言葉を聞くと、マティス隊長の視線は鋭くなった。


「なに……どこの方角だ?」

「北北西の方角です。敵は天馬1頭でしたが……真っ赤な角を持つ奴でした」

「そいつは……どんな格好だった?」

「赤い70センチメートルほどの角を生やし、顔には目立つ流星、他は頭から足先までが黒毛で覆われていました……それから、目が赤く光ります」


 そう報告すると、隣で聞いていた天馬隊長補佐は、怪訝な顔をしたまま俺を睨んできた。

「バカも休み休み言え! 敵艦隊の位置はまるっきり反対側だぞ! 何もいない海域になんで一角天馬が飛んでいるんだ!!」

 隊長補佐の言葉を聞いた天馬騎士や水兵たちは、どっと笑い声を響かせた。今の補佐の声を聞いたベテランの天馬騎士も、ここぞとばかりに罵声を浴びせてきた。

「どうせ空の上で、女どもとイチャついていたんだろう。ならず者らしい大ホラだ!」

「嘘をつくのならもっとマシなモノにしろ。お前のような偵察ザコが、オスカーとやり合えるわけないだろう」


 マティス隊長は腕を組んだ。

「ポニー……栗毛君が翼を軽く火傷しているようだな。納屋で馬医の手当てを受けてこい」

「お心遣い、痛み入ります」

 クリステルとフロリアーヌは、不機嫌そうな顔をしていたので、俺はそっと彼女たちだけに聞こえるように囁くことにした。

「大丈夫だ。隊長は信じてくれている」


 なぜそう言い切れるかといえば、隊長が栗毛君の火傷に注目していたからだ。

 俺ことポニージャヴェックは風魔法の使い手だ。そして、クリステルは水魔法しか使えないため、隊長ほどの人物ならば、俺の小隊に炎使いはいないことくらい把握している。


 馬医に、栗毛君の傷を診てもらうと、彼は満足そうに頷いた。

「これなら、少し薬草を塗っておくだけですぐに良くなるよ」

「ありがとうございます」


 馬医が立ち去ると、クリステルが歩いてきた。

「長く空を飛ばせたので、ペガサスたちも疲れたでしょう。私の愛馬のマッサージも終わりましたし、次は栗毛君のお世話をしましょう」

 そういえばクリステルは、元々は納屋のお世話係だった。マッサージまでやってくれるとは助かると思いながら俺も頷いた。

「そうだな。よろしく頼む」


 栗毛君のことをクリステルに任せると、今度はフロリアーヌが歩いてきた。

「ところで小隊長」

「どうした?」

「天馬隊長に提出する書類がありましたが、もう済ませましたか?」

「いいや。これからやろうと思っていた」

「でしたら、私にお任せください。弓隊に所属していたとき、よくその手の書類を書いていました」


 そういえば、俺は字があまり上手ではなかった。

「わかった。では……書いてもらっていいか?」

「はい! お任せください」


 気が利く部下を持ったことだし、俺もせめて身だしなみくらいは気を遣おうと思った。

 風呂はなかなか入れないので、せめて固く絞ったタオルで体くらいは拭こうと、チェインメイルを脱いだとき、警鐘が鳴り響き、更に「敵襲!」という声が聞こえてきた。


 俺は慌ててチェインメイルを着なおすと、納屋に向かって走った。

 そこにはすでにクリステルが騎乗を済ませており、俺も納屋から栗毛君を出し終えたときにはフロリアーヌも駆け付けた。

「遅れてすみません!」

「すぐに出撃だ。天馬に乗ってくれ」

「はい!」


 俺たち……ポニージャヴェック小隊が甲板へと上がったときには、すでに南南東の方角に無数の敵天馬の影が見えた。

「多いな……」

 そうつぶやくと、若騎士ポールたちも険しい顔で言った。

「軽く120はいます」

「くそ、まだ出撃できないのかよ……!」


 貴族出身の天馬騎士たちは次々と空に飛び立っていたが、全ての貴族騎士が飛び立った時には、敵の姿はだいぶ大きくなっていた。

「一般ライダー! 出撃しろ!」


 甲板の責任者が叫ぶと、すぐにポールとラファエルの2人が飛び立った。

 やはり山育ちだから貴族のお坊ちゃんたちに比べ、出撃も板についている。そう思っている間に、今度はマルタンとアーサーが飛び立った。


 一般騎士たちが15組……およそ30騎が飛び立ったところで、長弓隊が一斉に矢を構えた。敵の天馬騎士たちがミシェル号を撃沈しようと、迫ってきたのである。

「長弓隊……放て!」


 ミシェル号の長弓隊は、一斉に引き絞った弓から手を離すと、無数の矢が鋭い音と共に飛び出し、迫ってきた天馬たちに降り注いだ。

 肉を切り裂く音が響くと同時に、攻撃を受けた天馬が錐揉みで落下してきて、1頭は艦尾先の水面へと墜ち、もう1頭は甲板を通り抜けて、対岸の水面へと墜ち、最後の1頭が甲板に激突して物々しい音を響かせた。


 甲板に突っ込んだ天馬は、幸いにも爆弾を持ったタイプではなかったが、水兵たちを動揺させるには十分だった。

「……! そこ!」

 その直後にフロリアーヌも長弓を放つと、迫ってきた敵の天馬騎士へと矢を命中させ、そのまま墜落させたが、別の天馬騎士2騎が、地上に向けて爆弾を投げ落としてきた。


 船は大きく進行方向を変えており、落下してきた爆弾は水面へと落下し、大きな水しぶきをたてたが、爆弾を持つ敵天馬騎士はまだまだいる。

 甲板の責任者は叫び声を上げた。

「天馬隊は出撃を急げ……弓隊、敵を艦に張り付かせるな!」


 その直後に、味方の天馬騎士が水面へと墜ちていった。この戦いは……かなり多くの犠牲を払うことになりそうだ。







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