第8話 紅闇の死神

 水兵たちは唖然としていた。

 偵察部隊の1つが戻ってきたのだが、3騎1組だったはずの天馬隊で生き延びた者はたったの1騎。しかも隊長さえ未帰還という状況だった。

 戻ってきた騎士も、槍が折れ、弓も折れ、お供のウマも頭から血を流している状況だった。


「お、おい……大丈夫か!?」

 第1偵察部隊の小隊長が駆け寄ると、その騎士は凄みのある顔で言った。

「報告……します! 敵天馬母艦が……合流。いま、母艦4、中型護衛艦5、小型護衛艦11」

「担架だ! 担架を持ってこい!!」


 その生き残った騎士は、悔しそうに報告を続けた。

「敵のなかに、紅闇……一角獣天馬……あり!」

 こうあんという単語が飛び出すと、水兵たちは騒然とした。

 思わず公安を思い浮かべていた俺だったが、すぐに紅と闇という言葉が脳内に浮かび上がってきたから、ポニージャヴェック自身の記憶にも深く刻み込まれているのだろう。


「わかった……すぐに艦長と天馬隊長に伝えてくる!」

 騎士のひとりが駆け足で階段を下っていくと、水兵たちもまた慌ただしく周囲の空を見張ったり、天馬の誘導をしていた。

 一角獣天馬という言葉を聞いただけで、これほど物々しい雰囲気になるのだから、かなり恐れられているのだろう。


 間もなく天馬隊長マティスは駆け足で姿を現すと、天馬騎士たち全員に招集をかけた。

「すでに知っている者も多いと思うが、第2偵察部隊が損害を受けた」

 私語をする者こそいなかったが、勇猛果敢なはずの天馬騎士たちも険しい顔をしていた。隊長は話を続ける。

「報告によれば、敵は別の天馬機動部隊と合流し……現在は4隻体勢で我らを追っている」

 彼は険しい顔をした。

「これより総員、出撃準備をした状態で待機せよ。敵が現れ次第……出撃できるようにしておけ」

「はい!」


 我らの天馬母艦ミシェル・ノルディ号は、最大出力で蒸気エンジンを動かしていた。敵との戦力差は4対1。このままいけば確実に攻撃を受けるのだから、少しでも遠くに逃げるのは定石だろう。

 天馬隊長マティスは、俺を見た。

「ポニー隊……偵察をしてくれ」

「承知いたしました」


 俺はクリステルとフロリアーヌに、鎧を脱いでチェインメイルで騎乗するように伝えた。ブレストプレートは天馬騎士用のモノでも6~7キログラムはあるシロモノなのだから、少しでも重量は削減したい。


「偵察隊……出る!」

 まずは俺と栗毛君が滑走路を駆けていくと、空を旋回しながら辺りを見回した。続いてクリステルとフロリアーヌが滑走路を走って上空へと向かう。

 3騎が上空で合流すると、俺は2人に指示を出した。

「ばらけて3方向を並行して偵察するか。俺は南南東、クリスは北北東、フォリーは西南西を見てくれ」

「わかりました!」


 そう指示を伝えると、2人の部下たちは指示通りの方角の偵察を行ってくれた。

 およそ5分ほど周囲を見回した俺は、引き返して母艦ミシェルを目指していくと、クリステルとフロリアーヌとも合流できた。

「ポニー隊長……敵影ありませんでした」

「こちらもです!」


「残るは反対側の方角か……念のため確認しておく」

 残る場所は敵とは反対側の方角になるため、別動隊でもいない限り、まず敵からの攻撃を受けることは無い方角だが、念のため確認だけはしておくことにした。



 ミシェル号の上空を通過し、北側を目指すこと5分。

 俺だけでなく、クリステルとフロリアーヌも水平線を睨むように目を凝らしていた。

「小隊長……あれは、なんですか?」


 フロリアーヌの言う通り、何やら天馬っぽい姿のシルエットがわずかに見える。ただのノラペガサスが迷い込んだのだろうか。

 俺は望遠鏡を手に取ると、そのペガサスの様子をじっと眺めた。


 ペガサスは乗り手を騎乗させてはおらず、その額を見ると……真っ赤な角が生えている。俺は確認のためにクリステルたちに話しかけた。

「噂の一角獣の身体の特徴を言ってくれ」


 クリステルは緊張した様子で答えを返した。

「馬体の色は黒。額には真っ赤な角が生えているそうです」

 思わず肩に力が入った。

 まだ距離はかなりあるが、目の前で飛んでいる一角獣は、黒毛で立派な赤角を見事に持っていた。それだけでなく、額から鼻筋にかけて流星のように伸びた白斑もある。


 すぐに撤収の指示を出そうとしたとき、俺の脳裏に声が響いてきた。


――カズジ……戦ってくれ!

 

 これはもしや、ポニージャヴェックの意識か!?


――奴は……紅闇の一角獣は……俺の恋人を殺した


 突然の脳内メッセージに俺は混乱した。俺は偵察部隊の小隊長だ。若い娘さん2人の命も預かっている。

 それだけでなく、目の前には偵察部隊を丸ごと1つを先頭不能にした危険な敵がいるのだから、逃げるのが正解だろう。


 だけど、再び脳内にポニージャヴェックの意識が意志という形になって現れた。


――この肉体は、元々は俺のモノのはずだ! ほんの10分でいい……返してくれ!


 思わず左手に力がこもった。この場合の正しい判断は撤退だ。だけど、ポニーの言っていることも間違いじゃない。この身体は元々はコイツのモノだ。

 両方とも正しい答えなのなら、どちらを選ぶのが正しいんだ!?


 黒い死神天馬は、じわじわとこちらに迫ってきている。俺はどちらかを……選ばないといけない!



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