第7話 どうして俺が……

 この天馬母艦『ミシェル・ノルディ号』には、現在91騎の天馬騎士たちが乗船している。

 その天馬騎士の中で一番偉いのは、話にすでに何度か登場した天馬騎士隊長マティスだが、その下には隊長補佐である中隊長が3名おり、それぞれが部下を持っている。


 というか、そういう形にたったいま、再編成されたというべきだろう。

 さて、俺の名前はというと……


…………

…………

 あれ、どこにも名前がないな。これはもうお払い箱ということか?

 ポニージャヴェック君はもう、今日で用済みだよ。あとはポニーらしく牧場あたりでひっくり返ってなさい。なんちて……



 そんなことを考えていたら、若騎士ポールが俺に話しかけてきた。

「おめでとうございます小隊長殿! 隊長直下の部隊じゃありませんか!!」

「え……?」


 ポールの視線を追うと、俺の名前は見事に隊長直下の配属になっていた。

 というか、よく見たら隊長直下の部隊は、他にも2つあるが、いずれも偵察任務を主体とした軽装天馬小隊ばかりが並んでいる。


 その組み合わせ表を見た、貴族出身の天馬騎士は気に入らなそうに舌打ちをした。

「何を考えているんだ隊長は……こういう苦しい状況だからこそ、隊長直属部隊は、選りすぐりの精鋭でなければならないだろう!」

「そうだそうだ! この人員配置には問題がある!!」


 その不満を聞いた天馬隊長補佐は、慌てて駆け寄ってきた。

「待て待てお前たち! 隊長はお前たちの実力を信じているからこそ、独立部隊として運用すると決められたのだ! そう言う物言いをしてはならん!!」


 貴族出身とは言っても、天馬騎士として配属される若者たちは、貧乏貴族や没落貴族の3男坊や4男坊ということが多い。

 そのため言葉遣いは下手な庶民階級の騎士よりも悪いし、中には親御さんから勘当され、家出同然の状態で軍に転がり込んでいる者もいると聞く。


 貴族階級の天馬騎士たちは数人がかりで天馬隊長補佐に詰め寄ると、不平不満を並び立て、補佐や他の中隊長や小隊長も場の混乱を収めるのに一苦労という様子だ。

「と、とにかく……部屋割りを見よう」

 俺はクリステルやフロリアーヌに指示を出してその場を離れた。ポールたちは無視しよう。こいつらは乱闘寸前の現場を見て楽しんでいる。



 やがて、部屋割りの表を見ると、クリステルやフロリアーヌは喜んでいたが、俺はどうして……? という言葉が喉元まで出かかっていた。


 なんとポニー隊は、3人まとめて1部屋に割り振られており、更に俺は部屋長ということになってるではないか。

 大喜びしてハイタッチしている2人だったが、俺が真顔で部屋割り表を眺めているのを見て、不安そうな顔をしていた。

「もしや、ご迷惑……ですか?」

「そんなことはないが、普通は男女は別部屋にするものではないかと思ってな……」


 クリステルは視線を上げ、少し考え込んでから答えた。

「前に女子部屋を作ったとき、若い水兵たちが悪さをしようと入り込んできたことがありましたので……隊長はけん制の意味で配属となったのでは?」


 俺は、マジかよ……と思いながら2人を見た。

「部屋に鍵はないのか!?」

「きちんとかけましたが、壁を壊して入ろうとしてきたのです」

 フロリアーヌの言葉を聞くと、俺は全身の力が抜けていくのを感じた。

 もう少し、エネルギーを別の方向に使えないのだろうか。そのスケベ共は!?


「…………」

 念のために、周囲の部屋割りを確認してみると、右隣は缶詰置き場になっていたし、もう片方はポールたち4人組だ。

 あいつらもあいつらでやんちゃ盛りの若者だが、そんなに常識から外れた行動をするような人間には見えない。

「わかった。外に女性隊員もいないのだから、とりあえず護衛くらいは引き受けよう」


 上流階級のお坊ちゃんたちが、この部屋割りをみたら、A班の隣は嫌だとか、手前側の部屋がいいとか、そんな言い合いになることは目に見えているので、俺たちはすぐに割り当てられた部屋へと向かった。


 天馬母艦はそれなりの大きさはあるが、それでも居住用のスペースは限られている。

 そのスペースをうまく区割りしたものだと思いながら、俺たちは下士官用のエリアの一番奥へと向かった。


 ドアを開くと、室内には鍵が用意されており、2段ベッドが2つ。つまり4人が生活できるようになっている。

「俺は奥側のベッドを使いたい。君たちはドア側のベッドを使ってくれないか?」

 そう提案すると、クリステルたちは微笑みながら頷いた。

 俺が壁側で寝れば、万が一にもポールたちが変な気を起こしても、物音で気づくことができるし、クリステルたちはいつでも退路を確保できる場所にいるべきだ。


 我ながらよく考えたものだと自画自賛していたら、クリステルは納得した様子で言った。

「なるほど。やはり隊長なのだから、常に上座にいないとね!」

 いや、そんなつもりで提案したんじゃない。



 俺たちが笑いあっていたとき、同僚と言える第2天馬偵察隊が出撃していた。

 彼らは間もなく、とても恐ろしいモノを見ることになるが……この時の俺たちにはもちろんわかるわけがなかった。

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