第5話 クリステルとフロリアーヌ
「とりあえず、納屋に行こう」
「はい!」
天馬隊長の部屋を出ると、俺はすぐに女性隊員2人の天馬を見ることにした。
なぜなら、この世界は男尊女卑の考えが強そうだからだ。エリート士官と言える貴族階級はもちろん、庶民階級のメンバーを見ても女性隊員が1人もいないことを考えると、俺が思っている以上に女性の地位が低い世界かもしれない。
納屋に向かうと、まずクリステルの天馬を見た。
牝馬で賢そうではあったが、とても小ぶりな体格をしている。体重はギリギリ400キログラムと言ったところだろうか。
「……なるほど。気性面はどうなんだ?」
「とても従順で穏やかな仔です。世話も私自身がやっているお陰か、よく懐いてくれます」
「あまり重武装するわけにはいかんな。君は魔法を使えるか?」
クリステルは頷いた。
「水魔法なら……」
水魔法は、風魔法や炎魔法よりも飛距離も発動も遅いはずだ。この様子だとクリステルは長弓くらい持っていた方がいい気がする。
「わかった。次はフロリアーヌの天馬を見よう」
「私のはこっちです」
フロリアーヌのペガサスも、やはり小ぶりな体つきだった。
クリステルのウマに比べれば筋肉はあったが、牝馬だからパワー不足は当たり前だし、何より黒鹿毛色の馬体だから、空にいると目立ってしまう。
「フロリアーヌの天馬は、パワーはありそうだが……こちらも素早さ重視にした方がいいな。なるべく軽装で乗るようにしてくれ」
「わかりました!」
天馬のチェックを終えると、俺は2人に言った。
「昼食後に、実際に空に出て偵察の訓練を行う。14時30分を目安に滑走路に待機せよ」
「はい!」
「わかりました!」
解散して食堂に向かったつもりだが、部下2人はそのまま俺についてきた。
「おいおい、休み時間中は羽根を伸ばしてもらって構わんぞ」
「下士官の方々と食事をとるのは初めてなので……」
そういえばこの船では、貴族天馬騎士や上級士官、庶民天馬騎士や下士官、一般水兵で食事が提供される時間が違っていた。
貴族階級の人間は11時から12時の間、少人数でゆったりと食事を楽しむことができるが、庶民天馬騎士や下士官は12時15分から13時で食事を終えなければならない。
ちなみに、一般水兵の扱いはもっとひどく、昼食は13時15分から45分の30分。しかも席が確保できずに、立ち食いとなることも多いと聞く。
女性隊員2人は、下士官用の食事を受け取ると驚いていた。
「こ、こんなに豪華な食事が出るなんて……」
今回の食事は、小麦パン、ピクルス入りポテトサラダ、スープ、肉料理という組み合わせだった。下士官階級では当たり前の組み合わせだが、一般水兵から見ればかなりいい食事が出ているようである。
席について3人で食事をしていると、例によってポールたち若者組がやってきた。
「小隊長殿、となりいいスか?」
「構わんぞ」
アーサーやマルタンは、クリステルやフロリアーヌを見ると上機嫌になったようだ。
「おお、噂通りクリスとフォリーだったか!」
「鎧姿も、よく似合ってるじゃん!」
「よろしくお願いします」
クリステルが挨拶すると、ポールも嬉しそうに返答した。
「こっちこそな!」
表立って話しかけてくるのは、この4人組だったが、他の下士官たちも興味を持つ者は多かったと見え、半分近い人間がクリスたちを眺めたり、上機嫌になにか話をしている。
中には不機嫌そうな隊員もいたが、庶民出身の多い下士官なら、女性騎士の参加もおおむね好意的にみられているようだ。
食事を終えると、クリステルは難しい顔をしたままフロリアーヌに話しかけた。
「やはり、下士官の中にも私たちを快く思っていない人もいるようでしたね……」
「私も長弓隊にいたけど、女がチョロチョロするなって何度か怒鳴られたことがあるの。天馬の上だと……殴られることは無いと思うけど……」
フォリーことフロリアーヌの話を聞いて、思わずぎょっとした。
どうやら長弓隊では、相手が女性であっても暴力を振るうことが日常的にあるようである。大問題だなと思いながら聞いていると、フロリアーヌは苦笑しながら言った。
「実は、天馬隊に志願したのも……上官から殴られたくなかったからという不純な動機なんです。こんな私を叱ってやってください」
俺はとんでもないと思いながら答えた。
「そう思うのは当然のことだ」
ごく当たり前のことを答えたつもりだったが、クリステルやフロリアーヌは、顔を赤らめたまま俺を眺めていた。
なんだ。何か変なことでも言ってしまったか? 変な上官に当たってしまったとか思われていたら……困るな。
「偵察の時間が近いな、すぐに準備をしてくれ」
「は、はい!」
こういう微妙な雰囲気の時は、さっさと次の話題にすり替えてしまうに限る。それにしても、初めて中堅管理職になったわけだが……果たして上手くいくかどうか……
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