第2話 勝ち組と負け組の船

 俺が船から飛び上がっていく天馬と天馬騎士を眺めていると、近くにいる若者たちは険しい顔をした。

「オッサン、言いづらいことなんだけど……」

「……なんだ?」

「オッサンの愛馬のブラック号は……引き上げられなかったよ」


 なるほど。この身体の持ち主は天馬騎士だったということか。

 だとしたら、俺はもう用済みだろう。天馬騎士がペガサスを失うのは、航空自衛官が自分の愛機を失うようなものだ。そうそう代わりのペガサスが用意できるはずもない。

「そうか……可哀そうなことをした……」


 俺の周りにいた若者たちはお互いを見合った。恐らく、気の毒に思っているのだろうが要らぬ心配だ。俺はただ、あと1年生き延びればいいんだ。

「まあ落ち込むなよオッサン。ウマならまだ代わりがいるかもだぜ?」

「そうそう、いつまでも落ち込んでたらブラック号に怒られちまいますよ。納屋に行きましょう!」

「あぁ~、俺はだな……」

「いいからいいから!」


 お節介な若者たちに連れられて階段を降りると、天馬母艦の1階部分にある納屋へと向かった。

 そこにはたくさんの天馬たちが納屋の中に納まっており、お世話係と思われる水兵たちが忙しそうにエサを与えたり、身体をマッサージしたりしている。

「相変わらず広いな」

 そう伝えると、若者の1人が答えた。

「100頭分の納屋がありますからね」


 別の若者が、ヒゲ顔の中年お世話係に話しかけた。

「ダンのダンナ!」

「おう兄ちゃんライダー殿たち、どうした?」

「乗り手のいない天馬いる?」


 ダンと呼ばれた中年のお世話係は、俺を見て事情を察したようだ。

「ポニージャヴェック殿の代わりのウマか……いないこともないが……」

「何か問題があるのですか?」

 そう聞き返すと、ダンは少し変な顔をしたが、すぐに頷いた。

「へい。元々は貴族騎士ノウブル階級のお坊ちゃん用のウマだったのですが、臆病で使い物にならないヤツでしてね……市民騎士ライダー階級用のウマに格下げになったんです」


 臆病で使い物にならないペガサスか。

 そもそも俺はウマにすら乗ったことがないし、前世の記憶なんかで乗ることができたとしても、逃げ回るウマに乗るのなら、戦えなかったとしても仕方がないと言える。

「…そのペガサス。見せてもらえますか?」

「は、はい……こちらです」


 ダンは俺たちを奥の納屋へと案内してくれた。

 そこには、立派な体つきで栗色で艶のある毛並みのウマが座っていたが、俺に目を向けると『ひいっ!』と言いながら視線を逸らしている。

「確かに、臆病そうですね」

「ええ。ほら……」

 ダンが手を伸ばしても、その栗毛のペガサスはそっぽを向いたままだった。


「ありゃりゃ……ダンナまで怖がってますねこれ」

「本当に使えないなコイツ……」

 俺の側にいた若者たちは、そう言いながらゲラゲラと笑い声を響かせた。

「人間の都合で無理やり連れてこられたんだ。これくらいのことで笑ったらダメだぞお前たち!」


 自分で言っておきながら、自分自身が一番驚いていた。

 今のは、俺が意識していった言葉ではない。ごく条件反射的に出てきたから、もしかしたら元の持ち主がそう言わせたのかもしれない。

 ん、待てよ……不思議な幼子は天に召されたと言っていたが……



 納屋がしんと静まり返った直後、船内に警鐘が響き渡った。ほぼ同時に甲板から「敵襲!」という怒号にも似た叫び声が響き渡ってくる。

 天馬のお世話係のダンも、一瞬で表情を変えた。


「お前たち、すぐに天馬を手配しろ! 攻撃を受けてからでは発艦もできなくなるぞ!」

「は、はい!」

 他のお世話係が大慌てで天馬を納屋から出すと、俺の側にいた若者たちも迷いない足取りで、それぞれのウマの側へと駆け寄っていく。


 ダンは俺を見た。

「すまんなポニージャヴェック殿。今はコイツしか代わりがいないんだ」

 内心では天馬に乗れるのか不安だったが、とりあえずおかしくないように頷いた。

「わかりました。とりあえず栗毛君に厄介になりましょう」


 そう言いながら栗毛君の頬に触れてみると、意外にも栗毛君から敵意は感じなかった。これは身体の持ち主が成せる業だろうか。それとも俺自身が栗毛君とウマが合うということだろうか。

 とにかく、俺は車に乗り込むような気持ちで台や鐙に足をかけ、そして栗毛君の背へと跨っていた。


 栗毛君に跨って階段を上っていくと、その先ではライダーと呼ばれる市民階級の騎士たちが待機しており、船の滑走路では貴族階級の天馬騎士たちが発艦作業を進めていた。

「珍しい光景だよな。普通は市民階級が矢面に立たされるもんだ」

「貴族階級は特に撃墜数マウントが激しいそうですからね」


 空を見上げると、すでに敵と思しき天馬騎士たちがこちらに向かってきており、先に飛び立った味方の天馬騎士たちが、3騎1組の小隊を組んで迎撃の体勢を整えていた。


 お坊ちゃん階級の騎士たちが出撃を終えると、今度は市民階級のライダーたちの出番だ。

「ポール・ロベール……出ます!」

「マルタン・ベルナール……行きます!」

 ポールとマルタンが天馬に乗って大空へと飛び立つと、今度はもう2人の若者たちが滑走路に立った。

「アーサー・トマル……行くぜ!」

「ラファエル・リシャール……出撃!」


 最後は俺だ。手綱をまるで車のハンドルのように楽々と動かすと、俺は栗毛君と共に滑走路に立った。

「ポニージャヴェック・ポランスキー……出る!」






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