・・・プロローグ:悪夢
「ナルさーん、こっち向いてくださーい。…ライカさんもう少し笑顔でー。」
「…帰りたい。」
「え・が・お。ですよ!」
この魔女に捕まってから数時間。すっかり日が暮れてしまった。
夢を捕らえるために出かけたのにこっちが捕らわれる羽目になるとは思わなかった。
ボクは今、カフェにいる。
壁は煙草やらなんやらの煙で黒ずみ、床には吐き捨てられたガム。
ゴリラのようなマスターが出してくれた茶は店内の様相に反して意外と美味いが周りの狩人達から送られる好奇の視線が刺さりどうにも居心地が悪い。
ここは個人経営のカフェだ、。
それもこれも先程まで目の前で写真機を構えていたこの縫い目女のせいだ。
動けないボク達をあちこちにぶつけながらここに連れてきたのはこいつだ。
しかもこの飛人狂いの縫い目少女がヒノモトの狩人のトップだと言う。
この国の治安が良い悪いのボーダーラインギリギリを保っているのも納得である。
きっと縫われたまぶたに邪魔されて世間が見えていないのだろう。
本来ならボクの味方をしてくれるはずのナルは嬉々として縫い目少女に与えられた甘味を貪る役目に収まっているし、セイルに至っては無反応だ。
いつもチビとからかってしまっているが、今ばかりはこの小さくて有能な機械が、ボクの使い古したコートのポケットに隠れられるくらいの大きさなのがとても羨ましく思える。
「マスタァー!ケーキまーだー!」
「支部長の癖に大人しく座ってることすらできねぇのか!黙って茶でも飲んどけ!」
「だぁーってぇー、このお茶苦いもーん!」
「ハンッ!人前だからって格好をつけた事を後悔するんだな。残したら一月出入り禁止だ。」
「なにをー!私は支部長だぞー!」
「支部長だかチビ嬢だか知らんがな、お前の天下は執務室にしか及ばねぇんだよ。」
「ぐぬぬ…はげちゃびんの癖にぃ…」
「言ってろチビ。」
今この女はカフェのマスターらしき強面の筋骨隆々男と言い争いながらナルに菓子をやるという器用なことをやってのけている。
縫われた目は飾りかと思う程に周りがよく見えている。先程の言葉は撤回しよう。
「すまねぇな嬢ちゃん。うちのチビが迷惑かけただろ。」
「……はい。」
「ちょっと!?」
こんなもの迷惑以外のなんでもない。営業妨害だ。
何色でもいいからとっとと狩って売って帰りたい。
「リャイカー。」
ここまで無言で菓子を頬張り続けていたナルが唐突に口を開く。
「食べてから話しなよ。」
その言葉に従って、菓子で膨らんだ頬をもきゅもきゅと動かし、なんとかクッキーを飲み込む。
「それで?なにさナル?」
「衝撃に備えてー。なんか来たよー。」
「早く言ってよそういうことはさ。」
菓子を頬張るナルを引き寄せ、外套に身を包んだ。
瞬間、衝撃が建物を襲う。
机がお茶とクッキーの盆を乗せたままバーカウンターに吹き飛んでゆき、大破。
壁には食べ物がスプラッタさながらの飛び散り具合でへばりつき、ただでさえ黒ずんでいる壁を現在進行系で子供の描いた水彩画のようにしている。
衝撃の余韻が収まると、途端にうめき声や痛みを訴える声がちらほらと出てき始め、空間を埋め尽くす。
「ナル、外見てこれる?」
「はーい。なるはやー。」
飛び去っていくナルを見送りながら考える。
あの爆風は何だろうか。
魔法ではない。先生から聞いた爆発魔法の規模より明らかに威力が小さいからだ。
それ以外となると爆弾しか思いつかないが、闇市で売っているような爆弾程度ではあんな爆発は起こせない。
それ以外なのだろうか?
何にせよここいらで
「ねえちょっと。」
「・・・」
「何が起こったのか教えてくれない?」
「その前に抜いてくださいよぉー!」
「はいどーぞ。」
上から降ってきた机や椅子の破片に埋もれていたキョウリを引き抜く。
金色の髪が灰を頭から被ったかのように麻袋のような質素な服もろとも塵とホコリにまみれて灰色になってしまっている。
服をひとしきりはたいて塵を飛ばした後、キョウリはこちらを向いた。
「先程の衝撃ですが私にも原因はわからないんです。」
「役に立たないなぁ狩人は。」
「面目ないです…」
「じゃあ傭兵でも留学生でも最悪サーカスでもいい。この国に爆破系統の術師が入ってきた様子はある?」
「爆破魔法を使う術師が入国した様子はありませんしそれによる逮捕歴を持っている人もここ最近は見ませんね…。アテがないではないですがあの老いぼれはボケてきてますし…」
「テロや内紛の可能性は?」
「どちらもここ最近はありません。」
「じゃあナルの情報が全てか…」
不安だ。
いやナルを信用してないわけじゃない。仮にも一番最初に出会った仲間なんだから信用はしてる。
でも今までのあの子の行動を見ているとやはり不安なのだ。
「ただいまー」
噂をすればナルが帰ってきた。眠たげな目は感情を隠してしまうため、表情から成否を読み取ることができない。
「どうだった?何かわかった?」
「とりに食べられそうになった。」
頭を抱えそうになるのを必死に自制しながら次のプランを考える。
「お疲れ様。休んでていいよ。」
「うい〜」
先程の菓子で腹が膨らんでいたのかそれだけ言うとすぐに寝てしまった。
さて…
「……セイル。」
「……………」
「セイル!」
「はいはいはい!起きてるよ!起きてるったらもう!」
ポケットで寝ていたセイルを引きずり出す。
母国語で呼んだからか今回はなかなか出てこなかった。かっこつけたがりめ。
「まったく…最高傑作の私の使い方が荒いったら…後で付き合いなさいよ!」
「はいはい。お茶ね。」
「はぁ…早く私達以外の子が欲しいわ…」
「検討しておく。」
セイルを見送り、キョウリに捕まっていたナルを引っこ抜いてから聞いてみる。
「これは頻繁に起こるの?」
「いえ、頻繁にというわけではありません。」
「ほうほう?」
「ただ近頃は頻度が増えてきていて…」
「原因はわからない、と。」
「面目ないです…」
話が終わったボク達はセイルを待つ間眠ってしまったナルを巡ってぐちゃぐちゃの店内で少しの間争った。
当然ながら機装を使うわけにもいかず能力を使われ、あっけなくこの魔女に敗北した。
だからこそナルが寝ぼけながらふよふよとボクの肩の上にやってきた時には魔女から送られる視線で全身がショートしそうだった。
「やばいやばいやばい!!!」
やけに慌ただしくセイルが戻ってきた。
こいつが慌てるとは珍しい。
一応人間の神経系を模倣して回路が組まれているものの、同時に人間に強すぎる感情を持たないような
抑えられた感情の中でこれほどまでの焦り具合。むしろ何があったのか気になる。
「やばい!やばいよ!あれ!」
「落ち着きなよセイル。慌てることよりも報告が先だよ。」
「そっ、そうね…すぅーっ、はぁーっ」
深呼吸をして落ち着くセイル。……まあボク達に酸素はいらないんだけど。
「……地震?」
建物が揺れている。というより建物の壁だけが揺れている。
「大きな鳥が……いた。」
セイルがその言葉を口にした瞬間を待っていたかのように、揺れがさらに大きくなる。そういえば今は夕方だということを思い出した。少し早いかもしれないがこのぐらいの時間なら眠る人間も少なからずいるだろう。この国にはいないのだろうかと疑問に思ってはいたが喰われてたなら納得がいく……
一際大きな揺れが今度は地響きとなってこちらに伝わる。先程からびりびりと音を立てている窓ガラスから外を覗いた。
「どうです?なにかいましたか?」
手近な椅子を立て、のんきに座り込むキョウリ。それも仕方がないだろう。
こいつらはボクらにしか見えない存在なのだから
「悪夢が見える。」
ボクの視線には巨大な羽をたたみ、こちらを真っ黒な眼で覗き込む黒鳥の姿が映っていた。
_______________
用語録
狩人
どの国にも一定数いる退魔集団。
この職に就く者は大抵が貧困故に命がけで金銭を稼ぐ大人が多く、中には魔法や機装を使用する者もいるため個々の戦闘力は高い。
ヒノモトの狩人のトップは【キョウリ】呪術師の家系の目を縫われた少女である。
機装
機械兵装の略。第八次世界大戦中盤に生物兵器として所持する国が大量に見られた。
体内に埋め込まれ、使用する時だけ出現するタイプが一般的であったとされるが、残存する生物兵器の中には全身がこの機装で固められたタイプの物もいるため真偽は不明。
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