・・・プロローグ:時計と機械と妖精と

「夢…狩?えぇっと…」


案の定、ボクが言った夢狩という言葉を少女は知らないらしい。


「まぁ知らなくて当然だよ。ボクの知ってる限りここヒノモトに流されてきた夢狩はいないらしいし。」


ここ、ヒノモトは流刑地だ。

流されたが最後、死に方など選べない排斥地。

流される理由も様々だ。

殺人、強盗、異能者に誘拐に売春。疫病、魔女容疑、濡れ衣。

大抵は犯罪者だが中には善人もいる。そんな中途半端な国だ。

ここ『中央連邦国家トーキョーケン』はヒノモトにある国の中でも一番治安がいい。

まあそれ以外にここを滞在地に選ぶ理由なんて無いが。


「そうなのですか…」


ポカンとした顔で何度か頷く。これはおそらくわかっていない。


「そろそろ本題に入らないとー。この子また逃げちゃうよー。」

「余計な口出しせずに箱に戻ってな…さいっ」

「へぷっ」


慌ててトランクの蓋を閉じる。

最近この子がトランクから勝手に出てくることも珍しくなくなってきた。

どうやって中から留め金を開けているんだか。


「い、今のって…飛人フルア…ですよね…!」

「そだよー。飛人のー、ナルって言うのー。」

「あっ!こら!」

「可愛い…」


これだからこの子を外に出すのは嫌なんだ。

少しでも姿を見せてやればこの子目当ての奴隷商やら人さらいやらの追求もとい追従が始まる。そんな輩であれば一発殴れば解決だから楽だ。むしろ彼女のようなケースの方が暴力で解決できないだけ面倒なまである。勘弁してもらいたい。


「僕はねぇ、あったかが好きなんだー」

「うんうん、あったかいと美味しいですよねぇ」


わかったように頷いてはいるがあれは絶対に理解していない。

ナルが話しているのは好みの寝床のことだ。食べ物のことではない。


「うん、あったかいとしあわせ。きゅってなる。」

「うんうん、幸せですねぇ」


話が噛み合っていない。

ナルが怒り出さないうちにそろそろ止めるべきだろう。


「えっと、そろそろ話「この子とっても可愛いですね!」


えぇ…


「清らかさを表す水色の髪、活力を表す草紋式の羽膜、そしてなにより!」


びっと勢いよくナルの右目を指差す。


「紫色の瞳!私こんな飛人さん初めて見ました!」

「…いろいろ見てるんだね。」

「はい!私、飛人さんが大好きなんです!いつか飛人さんの住んでいる場所に行くのが夢なんです!」

「夢…か。君の緑色はそれが由来なんだね。」

「緑色…?」

「こっちの話。気にしないで。」

「さっきの夢狩という言葉と、なにか関係があるんですか!」


まずい。興味を持たれてしまった。

そういう類の夢だとわかった以上、彼女の夢は捕れないっていうのに。


「ねぇ!夢狩さん!」

「ごめんね。もう行かなきゃ。ごめんね。呼び止めちゃって!?」


次の瞬間石畳に倒れる。脚部の可動部分と姿勢維持機構バランサーがイカれたようだ。これはしばらく動けそうにない。

直せば解決する話だが問題がある。


「まだ休んだ方がいいです!絶対!もうちょっと!」


この子の興味の視線に耐えながら修復しなければいけないということだ。

___________________

「シェ=ルーシ召集エ。」

セイル ウォラント。御身の前に

リ=アキドゥ レペア?修復を頼めるか?

ディわかったル。」

「また飛人ですか!?」

「ち・が・う。」


鼻を擦り寄せんばかりに近づこうとする彼女を押し戻す。

どこかの種族の性質なのか意外と力が強い。


「これは飛人じゃなくて魔具。便利だから連れてる。」

ルエナ シェ=リェト ライカ。ちゃんと紹介しなよライカ


何を言い出す。


オアル コンド。いつものことだろう

レヴァー…まったく…レペア修復っと…。シェ=リェト。ケレイトァブ デ=フライス紹介くらいしなさいよ。約定に縛られてるわけでもないんだから


よくわからない機構をゆらゆらと揺らしながらぶつぶつと言うセイル。

その間にも足はどんどん治っていくんだから驚きだ。

この機構はいつか組み込んでみたいと思っている。


ワハー デ=アロン キダなぜ初対面の子に マシオネ シェ=リョード・ロ・シェラ。情報を開示しなきゃならない

カル=リグオルそういうとこがあるから デ=ケイツ リーヴェ スクラップ融通の効かないスクラップって ミー=シウ言われるのよ

「お前だって突き詰めればスクラップだろ。」

「なっ!ナザリー時計店の誇る精密機構をスクラップ呼ばわりしないでよ!」

「はい母国語につられてるー。鉄くず。スクラップー。」

「んがーっ!」

「可愛いですねぇ…」

「もがもが」


ふやけたような顔をしながらナルにクッキーをあげるという作業に集中する少女。

そして無視を決め込み貰ったクッキーを口いっぱいに頬張るナル。

生物として分類されるかどうかも怪しいような物と口論している機械。

混沌カオスだ。


フレウクソが修復リペア完了だよクソマスター。」

「よし、じゃあね。」


不機嫌な顔をしたセイルをポケットに、側でクッキーを頬張るナルをトランクに放り込み、走り出す。


「あぁっ!!ちょっと待ってください!せめて…せめてもっと話を!」

「お姉ちゃーん!!」


ナル、お前はクッキー貰っただけだろ。


「待って!ください!」

「は?」


その瞬間、ボクの身体が、固まる。

後ろから迫る恐怖から、逃げることが、できない。


「捕まえました!」


この感覚にはやはり慣れそうにない。


「もっとお話しましょうよ!いいお茶のお店を知っていますから!」


彼女はやはり


「あ!私の側の情報が無いから信頼できないんですか?」


ボクがこの世で最も苦手な存在。


「私は狩人協会支部長。」


純血の


「みんなからはキョウリと呼ばれています。」


魔女だ。


「よろしくお願いしますね!」


そう言って彼女は屈託のない笑みを浮かべた。

___________________

用語録


・ナザリー時計店

近辺に領域を構えている大国家の数倍の戦力を保有する時計店。

はるか昔に失われた華国チュウゴクの技術力を持ち、自分の意志を持って動く

魔具ラオルー

危機を予知し報じる鐘楼、『大鐘楼ルージェン

などを製造し、富を得てきた。


・魔具

自立した意志を持ち、それでいて人間への従属の心を持つ一つの種族。

今のところ存在する魔具は時計だけである。

また、手袋やマフラーなどが意志を持ったヒノモト固有の種族のことはツクモと呼ばれ、ヒノモトの一部地域では人間との共存が見られる。


飛人フルアのナル

ライカの旅の仲間。

飛人の希少種であり、夢の性質を色として幻視する力を持つ。

飛人にしては異質な力だが、本人はまったく気にしていない。

普段はナザリー時計店製のトランクの中で眠っており、仕事の時と菓子の類がもらえる時のみトランクから出て活動する。

ライカを信頼していて、頭の上で眠る、自分の持っている菓子をあげるといった光景がよく見られる。

好きな食べ物は金平糖。

趣味は眠ること。


魔具ラオルーのセイル

ライカの旅の仲間。

ナザリー時計店の最高傑作とも言われており、どのような機械であっても修繕することができるという独自の機構を持つ。

時計店創立者の戯れによって造られたものだが、過去の借りを返す目的でライカに譲渡された。

普段は懐中時計の姿でライカのポケットに潜んでおり、ライカが呼んだ時のみポケットから出てきて活動する。

最高傑作である自分を修理要員としか見ていないライカにうんざりしているが主従の約定により反逆行為は禁忌とされているため嫌々従っている。

好きな食べ物は電気(食べ物じゃないじゃないか)

茶葉を集めるのが趣味。

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