急 鏡を割るような
彼女たちはまるで鏡合わせ。
ローズは大人しいが激情を秘めており。
今日子は活発的だが奥手であった。
そんな対照的な二人が比翼の学園で出逢ったのは。
まさしく連理に従った事であるに違いない。
彼女は彼女の手を取った。
温室を抜け出して、学園を飛び出して、町から逃げ出した。
荒い息使いが聴こえる。
ローズは生まれつき身体が弱く。
温室の外で生きられる身体ではなかった。
だけど、最期の一時だけは、愛する人と共に過ごす時間を選んだ。
今日子は名前の通りに、彼女との一日を一生とする事を決めた。
影法師も死神も取り残して。
もう温室は遥か彼方。
遠くの山道で二人、疲れ果てて倒れ伏した。
「ローズ……ローズ……」
「今日子、私は此処にいますよ」
「普通、逆じゃない?」
「そうかもしれませんね」
汗だくの二人は互いに笑い合う。
もうすぐこの町を出て隣の町に出れる。
出れたところで何が変わるわけでもない。
国が変わるわけでもないし。
警察の管轄だって変わらない。
二人の家出少女はただ捕まって学生寮に帰される。
それだけの話。
だけど、それで終わらせたくなくて、ここまで走って来た。
「夜空が明るい! 見えるローズ?」
「見えます……綺麗なアルタイル……」
アルタイル、鳥を意味する星。
比翼の鳥は此処まで飛んだ。
その証を残したくて。
連理の枝はここまで伸びた。
「ごめんね、ローズ、わたしのわがままであなたを殺しちゃった」
「いいえ、今日子、これは私の決めた事です、私の命は此処で全うします」
「全うか、真っ当じゃないけどね」
「こんな時に駄洒落ですか」
盛大に笑い合う二人。
片方が生死を賭けた大逃亡をしているとは思えない。
これが友情だろうか。
これが恋愛だろうか。
きっとどれでもない。
今日子はおもむろに起き上がると、ローズを抱きかかえた。
足が震えている。
「今日子?」
「山頂まで行こう、きっともっとよく見える」
「無理ですよ、その足じゃ」
「吹奏楽部なめんな……っ!」
今日子はチューバ担当だった。
チューバに比べれば華奢なローズなどまだ軽い方だった。
強行軍もいいところだった。
途中途中で転びそうになる。
だけど、それを堪えて、必死に先に進む。
目指すは山頂。
アルタイルが一番良く見えるところ。
比翼の鳥が一番高く飛んだと示すところ。
しかし。
その最中。
ローズが意識を落とした。
今日子の声も届かない。
彼女の意識は荒い息と共に暗闇の中に沈んで行く。
「やあ、楽しい恋の逃避行、良い思い出になったんじゃないかな」
「死神……」
「影法師だって言ってるだろ、走馬灯でもいいけどね」
「まだ死ねない、私は今日子とアルタイルを一番高いところで見るんだ……!」
影法師は呆れたような顔を浮かべます。
「それで? その後は? 彼女を一人この世に残すの?」
「なにを」
「今日子ちゃんが後を追うって考えた事は?」
無い。
と言ったら嘘になる。
むしろそれを望んでいた自分がいただなんて。
思ってもいなかった。
だけど。
翼は片方じゃ飛べない。
この枝は連なっている。
どうしようもなかった。
ローズの瞳に涙が溢れる。
「私は、今日子に生きてて欲しい……!」
「じゃあさ、君も生きなきゃ」
「何を今さら……!」
「深く息をして御覧、君のお父さんが言った事なんて嘘だと思い込め、フロイトの解説はいらないだろう?」
影法師の言う通りにしてみる。
山の空気はとてもよく澄んでいて、温室の空気のようにローズの肺に馴染んだ。
ローズが目を覚ますと。
今日子が彼女に口づけをしていた。
正確には人工呼吸。
「ぷはっ、し、心臓マッサージ……!」
「今日子」
「ローズ!? 起きたんだね! よかった! 本当によかった!」
「ありがとう今日子、私に息を吹き込んでくれて、私に新しい命をくれて」
意味が分かりかねたのか今日子は首を傾げるばかりだ。
ローズはふらふらと立ち上がると、山を登り始めた。
今日子がその手を取る。
「行きましょう今日子、頂上でアルタイルを見に」
「うん……うん!」
二人は揃って山を登る。
それはまるで羽ばたく鳥のような足取りで。
伸びる枝のような速度で。
二人が山頂にたどり着く頃には。
朝日が昇っていた。
「見れなかったね、アルタイル」
「いいんです、また来ましょう」
背後からパトカーのサイレンとパトランプの明かりが迫って来る。
二人は警察に保護された。
ローズと今日子は停学処分を受けた。
学生寮を抜け出して無断外泊。
特に今日子は病弱なローズを温室から連れ出した件でこっぴどく叱られたが。
父親である理事長の意見で退学を免れた。
さらにはローズと共に温室で過ごす事まで許された。
その処置に教師陣は甘過ぎるという評価を出したが。
全ては理事長の一存で決まった。
その後、硝子の君の噂は消えた。
ここには普通に学園に通う白い髪の少女とそばかすの少女がいた。
二人は大衆の目の前で堂々と手を繋ぐ。
「わたし達、つきあってまーす」
「ちょっと今日子!」
「いいじゃん、減るもんじゃないし」
「もう……」
これはほんの少しの奇跡と、一つの恋慕の物語。
了
硝子の君、鏡の私。 亜未田久志 @abky-6102
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