オーニソプターの飛翔4
「全員揃ったな? それじゃ移動するぞー」
武蔵の先導に従い、空部部員達はぞろぞろと移動を開始する。
「おい、なんでアイツが仕切ってるんだ……?」
「知らねぇよ、もしかして雷間高校の空部部長なのか?」
「いや部長はあっちの大人びた女の子だろ? さっき部長同士が自己紹介したじゃねえか」
「つーか雷間高校、綺麗どころ多すぎだろ」
妙子は当然のように武蔵に丸投げである。
「ねえねえ武蔵くん、これからどこに行くの?」
「護衛艦は宇宙空間に待機しているので、俺達は小型艇で宇宙に出ます。自衛隊が便を出してくれるそうです」
「へえ、宇宙に出るのってすっごく久しぶり! でもパスポート持ってないけど大丈夫?」
「護衛艦内は法律上日本国内ということになってますから。学生証はありますよね」
「うん、必要だって言ってたからちゃんと持ってきたわ!」
「偉い偉い」
妙子の頭を撫でる武蔵。
その様子を呆れて見ていたアリアだが、背後から強い視線を感じ僅かに身を震わせる。
「……あの、時雨さん? どうかしました?」
恐る恐る名を呼ぶアリア。
「何よ」
「武蔵のことが気になるのですか?」
「有りえないわ。冗談はよして頂戴。……貴女、彼のこと名前で呼ぶの?」
「まあ、それが普通なので」
「へ、へぇ。そうなんだ」
外国で暮らしていたアリアにとって、友人をファーストネームで呼ぶのは自然なことだった。
「武蔵の言っていたことが本当なら、この彼女の方が、武蔵にちょっかいを出しているのですよね……」
武蔵に好意を抱くという奇特な趣味の持ち主。アリアはジロジロと時雨を観察する。
長く艷やかな黒髪。細くすらりと長い四肢。それでいて、起伏に富んだスタイル。
目つきはややキツいものがあるが、文句の付けようのない美人であった。
「むーさーしー!」
「なんだアリザエモン」
アリアは慌てて大声で耳打ちする。
「凄い美人なのですが! 武蔵、ハーレム作りたいならまずこの人を口説くべきでしょう! 奇跡的に貴方に好意を抱いているようですし!」
「やだよ面倒くさい。こいつと関係を持ったら最後、俺の胃にバイタルパートを貫通する大穴が開くわい」
「なんですってぇ?」
ぎろりと武蔵を睨む黒髪の女性。
これは確かに胃に穴が開きそうだ、とアリアは思った。
「あーなんだ、今日は合同見学の誘いに乗ってくれて感謝する。短い時間だがよろしく頼む」
「……この見学会の提案については感謝するわ。面倒な手続きを全部請け負ってくれたわけだし」
時雨はちらりと背後に目を向ける。
そこには、数十名から成る鋼輪工業高等学校空部の部員達がきちんと列を成して着いてきている。
「そっちは規律がしっかりとしているな」
「当然よ」
「お前一年生だろ。なんで自慢げなんだ」
「皆さんが全員空部なのですよね? 大世帯ですねえ」
アリアが平然と会話に割り込む。
その空気読まないっぷりに、周囲は驚愕の視線を向けた。あの子意外と神経図太い。
「貴方達が少なすぎるのよ。まさかこれで全員というわけじゃないでしょうね」
「全員だ。3人家族だ」
時雨の顔が引きつった。
「レジェンドクラスに出場することも出来ないじゃない……」
「あれは少ない分には出場出来たはずだが?」
限界までチューンナップされた
機体トラブルによる大会の波乱は、娯楽としては番狂わせを呼ぶ丁度いいスパイスかもしれない。だがレジェンドクラスに参加する5機中1機でもトラブったら失格、では失格チームが続出してしまう。
それでは競技として成立しないことから、大会では5機以下であっても出場が認められているのだ。
極端な話、1対5でもルール的には許容される。―――数の有利が戦術に大きく影響する
「まあ俺は出場しないから、試合に出るとしてもコイツ1人だがな」
時雨が武蔵を睨む。
その瞳には、色々な感情が篭っていた。
「……苦労するわね、新人さん」
「ええ、本当に。あ、私はアリア・K・若葉と申します」
「白露時雨よ。鋼輪工業高等学校空部の
「同い年ですよね? 一年生、それも入学数ヶ月で選手に選ばれるって凄いのでは?」
「こいつの実力は全国大会レベルだからな、実力主義な空部ならまずスタメン入りだろうさ」
「ちょっと黙ってて下さい。私は時雨さんとお話してるんです」
「黙ってなさいヤンバルクイナ。これだから童貞は嫌」
「なんで俺の扱いひどいの。飛べない鳥も童貞も、皆みんな生きてるんだぞ。友達なんだぞ」
アリアと時雨は妙な友情を感じてた。バカな男に振り回され仲間である。
「今日はよろしく。何かあったら気軽に聞いてね」
「ありがとうございます。短い時間ですが、よろしくお願いします」
アリアは時雨の常識的な対応に感動した。多少変な恋愛観を持っていようと、多少変な性的欲求を拗らせた男よりはマシだ。
「―――ああ、転校する学校を間違えました」
しみじみと呟くアリア。
武蔵が散々指摘した、『真面目に学びたいなら鋼輪工業の空部に世話になるべき』という言葉の意味を正しく理解した。
確かにスキルアップのことを考えれば、鋼輪工業に入学すべきだったのだろう。
「お前この前『貴方に教えてほしいの! 好きになっちゃったから!』って言ってたじゃん」
「捏造しないで下さい。私にだって選ぶ権利はあります」
「ああああ、貴女、この男が好きなの!? しゅ、趣味悪いわね!」
狼狽した時雨が巨大ブーメランを投げた。
「いえだから違いますよ。こんなクズに惚れるわけないじゃないですか」
「クズって。クズって!」
抗議しようとした武蔵だが、それ以上に苛烈に反論したのは時雨だった。
「武蔵はクズなんかじゃないわ! 人として最底辺から数えた方が早いけど、それでもいいところもいっぱいある気がするのよ!」
モヤッとした反論だった。
武蔵は反論する気をなくし、二人からそっと離れる。
「しかしなんだ、向こうにもちゃんと綺麗どころはいるじゃないか」
鋼輪工業の空部員は男女比率はおよそ半々。それだけいれば、美人な女生徒だっている。
武蔵はとりあえずその中の1人に話しかけた。
「君の瞳はR3350エンジンのように美しい―――どうだい、今度俺と星空の美しい宇宙空間でディナーでも」
「えーっ? いきなりそんなことゆわれてもぉ、困るんですけどぉ?」
女生徒を口説く武蔵。
時雨のこめかみに血管が浮かぶ。
「いーい度胸じゃない、武蔵―――! 私は空冷エンジン以下ってわけ?」
「あ、時雨。そういえばお前メール無視したろ、プレゼントのお返し用意しているからちゃんと取りに来いよ」
「何が悲しくて、自分でお返しを受け取りに行かなきゃいけないのよ!? てゆーか送ってないし! ケーキなんか送った覚えないし!」
一連のやりとりの末に、鋼輪工業の面々は1つの結論に至る。
『白露のやつ、男の趣味悪いな』と。
「初めまして。1等蒼曹の伊勢 日向と申します。本日は皆さんの艦内ご案内を承っております」
伊勢と名乗った軍曹は、そう告げて礼をした。
歳の頃は20代中盤といったところだろうか。精悍な面持ちの、いかにも軍人といった雰囲気の男である。
歳の割に階級が高いと気付いたのは武蔵他、数人程度だ。
『よろしくお願いします!』
一斉に頭を下げる鋼輪工業の空部員。と、プラス武蔵。
体育会系部活動のノリに慣れていない雷間高校の女子3人はやや遅れて礼をする。
「まずは本人確認をさせて頂きます。一列に並んで、身分証明書を提示して下さい」
手早く学生書を確認していく伊勢。列の中、武蔵とアリアが小声で話す。
「あっさり見学OKが出た割に、本人確認は厳しいのですね」
「軍事機密の内側だからな」
何せ最新鋭、世界的に見ても最強の宇宙護衛艦である。
あまりに単艦に能力を集中させている為に、その軍事的意義を疑問視されるほどの巨艦。
内部には他国に見せられない物が沢山あるのだ。
「いやいや、たかが学生の見学ですよ? 他国のスパイが学生に扮して紛れ込んでいるとでも?」
一笑するアリアだが、笑い事ではないのだ。
「自衛隊員の中にすらスパイがいるって言われているんだ、学生にいないとは限らないだろ」
「え。軍隊の中にスパイがいるんですか?」
「少なからずいるだろうさ。完全に駆除するなんて不可能だ」
互いに諜報員を紛れ込ませるなど、軍隊にとってある種の嗜み程度でしかないのだ。
そう言うと、アリアは眉を顰めた。
「嫌な嗜みですね……」
「棍棒で殴り合ってた時代から変わらんさ、そういうのは」
そもそも、そういうのがトップクラスに得意なのは他ならぬアリアの母国である。
世界帝国とまで名を馳せた彼女の母国は、今もなお最強の諜報機関を有している。
アクション映画でも有名なあの組織だ。
「自衛隊にもいるのですか、そういう人って?」
「質問コーナーがあるだろうから訊いてみればいいさ。ほら、列が進むぞ」
順番が回ってきたので、武蔵は身分証明書を見せる。
「はい確認しま……ん? 君、留年しています?」
「いえ、ぴっちぴちの16歳、1年生ですが?」
何を仰る、と胸を張る武蔵。
伊勢隊員は武蔵を取り押さえた。
「な、なにすんです! 変態! ガチムチ! ホモ!」
「ホモで悪いか! 話は事務所で聞こう!」
そのまま連行されていく武蔵。唖然とする一同。
アリアが床に落ちた身分証明書を拾う。
「武蔵、22歳だったんですか?」
「しまった! エロビデオをレンタルする為に年齢のところを偽装したんだった!」
武蔵は凄く怒られた。
「ではこれから自衛隊機に乗って、衛星軌道上に停泊している護衛艦に移動します。艦内では禁煙なのでご留意下さい」
「ニコチンが、ニコチンがないと手が震え……!」
未成年しかいないので一応形式的な注意事項として説明する伊勢。
武蔵はふざけていたが、誰も相手にされなかった。
「艦内では完全に
宇宙では突き指などの事故が発生しやすいので、指が変な方向に曲がらないように特別な手袋を着用することになっている。
訓練を受けた宇宙飛行士にとっては邪魔なだけだが、宇宙慣れしていない一般人にとっては必須の装備だ。
この時代珍しくもない、民間人が宇宙に出ることが多くなったからこその備品であった。
「トイレについては制限があるので、極力離陸前に済ませておいて下さい」
「自衛隊の船って、トイレないのですか?」
小声で訊ねてきたアリアに武蔵は説明する。
節水という意味もあるが、不慣れな人間が無重力状態でトイレを済ませるのはかなり難儀なのだ。
優美かつ御上品たることを信奉とするこの作品においてはオブラートに包んだ表現にせざるを得ないが、下手に排泄行為をしようものなら、誰にとっても不幸な結末となる。
すなわち―――
「うんこもしょんべんもぐっちゃぐちゃになるんだよ!」
「優美かつ御上品な表現!」
ぶっちゃけた武蔵は女性陣に殴る蹴るの暴行を受けた。
「艦内での飲食、動物類の持ち込みは不可となっています。また、艦内での政治的主張などは禁じます」
「いえいえ、高校生が政治的主張なんてしませんよ。なあ同志アリア」
「人を共産主義者みたいに呼ばないで下さい」
「その他、質問などはございますか?」
しゅぱ、とすぐさま手を上げる武蔵。
またこいつか、と呆れた顔で伊勢は促す。
「うちの学校は0Gどころか飛行機にすら不慣れな新人も多いので、体調不良が心配されます。その場合の対処はどうなるのでしょうか?」
「え、遠心式のG発生区画に救護室があるので、そちらで休んで頂くこととなります。大型艦なので医官も常駐しています、ご安心下さい」
「そうですか、わかりました。ありがとうございます」
唐突にまともな質問をされ、戸惑う伊勢であった。
タラップを登り、高校生達は小さな旅客機に乗り込む。
「部長、この飛行機ってどれくらい乗れるのですか?」
「うん、それはね……武蔵くん、答えてあげなさい」
「100人くらいだ。最近の旅客機はそんなもんだよ」
アリアが問い、妙子が丸投げして、武蔵が答える。
小型宇宙機プラネットクルーザー。英語の名前だが、れっきとした日本製の飛行機である。
宇宙作戦隊が保有するこの機体の座席に座った空部員達は、普段は出る機会のない宇宙に一喜一憂していた。
「意外と乗れないのですね。旅客機ってとにかく大きい、というイメージがありましたけど」
「昔は500人以上乗れる巨大な旅客機も割と見かけたよ。今は旅客機の搭乗客数は減少傾向にある」
「どうして? 技術が進歩したら、普通沢山乗れるようになるんじゃないの?」
うーむ。武蔵はアーチ状の天井を見上げ唸った。
「今じゃ想像出来ないかもしれないけど、昔は商談するにも会議するにも、直接出向かなきゃいけなかったんだよ」
いわゆる、情報化社会。その利便性にどっぷり使った若い世代に、直接現場へ行き届けるしかなかった当時のことをどう説明するべきか武蔵は悩んだ。
「今だって重要な会議や面会は直接出向くけど、他県や海外とのやり取りはほとんど通信で済ませるだろ? 情報網が整備されたことで、わざわざ人が移動する必要がなくなったんだ。結果、旅客機の利用者数は減っていった」
「旅行とか、直接行かなくては意味のない需要もあるのでは?」
「むしろ今の主流はそっちだな。ビジネスで飛行機乗るヤツなんて激減してしまった」
人は顔を合わせたことのない海外の人と友になり、金銭をやり取りし、喧嘩するようになったのだ。
その結果が、小型旅客機の台頭。技術の進歩と共に発展してきた旅客機が、技術の進歩によって袋小路に入ってしまったのである。
「このまま時代が進めば、旅客機自体なくなってしまいそうですね」
花純がそんな極端な未来を予想する。
「うーん、それはどうかしら?」
「ゼロってことはないんじゃないですか?」
さすがに非現実的だと妙子とアリアが否定するが、武蔵は何も言わなかった。
例えば―――百年前の時代。当時、未来ではネット通販を駆使して家から出ずにあらゆる買い物が出来るなど、どれだけの人間が信じられようか。
名所の観光はデータで送られてきた立体映像で見ればいい。
名物料理とて電子的にそれを再現し脳に味わせることは可能だ。
既に、五感を再現した完全なバーチャルリアリティー技術が完成して久しい時代。
遠方地には遠隔操作のロボットを送り込んで活動し、そのロボットの修理をロボットが行う。
そんな味気ない未来は遅かれ早かれ実現するであろうし―――その時、この大苫地区宇宙港に降り立つ鋼の鳥はまだいるのだろうか。
そう考えると、武蔵は切なくなった。一度は捨てた空なのに、そこから鋼の猛禽の気配が失われるのが怖かったのだ。
「……いや、考えすぎだな。電波の速度だって限界はあるんだ、まだまだ友有人飛行機は必要なはずだ」
「おおっ。動き出しましたよ」
武蔵の独白は、アリアのはしゃいだ声にかき消された。
「これから宇宙まで行くのね」
「背中に押し付けられる感覚、ちょっと苦手です」
単純に興奮するアリア、宇宙空間に興味津々の妙子。花純は加速度が苦手らしく、座席に深く腰掛けてモジモジしている。
「《SELF‐ARK OTOMA Tower, SDF 15, at Runway 22. Ready for Takeoff》」
「《Runway 22, Cleared for takeoff》」
「なんか言ってますよ!」
「航空無線だ、俺達が空部だからサービスで放送してるんだろ。つーかお前英語話せたよな」
タキシングウェイを経由し、カタパルトへと侵入するプラネットクルーザー。
機体は緩やかに、しかしとどまることなく加速していく。
自動車ではなかなか味わえない、ずっと加速していく感覚。広大な空港ですら尚、外の景色は川のように流れていく。
「おおっ、離れました! 見て下さい、セルフ・アークから離れましたよ!」
「宇宙船だからな」
ざわめく客室内。
「カタパルトが意外とソフトだな、旅客機だからかも」
「リニアエンジンの騒音って内側だとこう聞こえるのか」
「宇宙船にしたって、あの翼面積は小さすぎないか? 大気圏内での飛行も考慮しているはずなのに」
「主翼の上を見た? 凄い複雑だ、相当な境界層制御をしているぞ」
「エンジンはロケットの一種だし、機器用のコンプレッサーは別に載せてるのか?」
さすが空部というべきか、会話の大半が専門的なものだった。
小型のエアレーサーとは全く異なる、宇宙へ向かうことを目的とした航空機。目的が違えば機体コンセプトも変わる、プラネットクルーザーはその特異性から彼らにとっても興味深い対象であった。
一度プラネットクルーザーはロールする。そして慣れ親しんだ下方への加速度が背面へのそれに加わり、機体が大きく旋回していることが判った。
重力と加速度が合成されシートに押さえ付けられることで、あまり普段航空機に乗らない面子が声を漏らした。
「きゅうっ、結構、キツイわね……!」
「これ、やっぱり苦手です……」
妙子と花純が苦悶する。
宇宙旅客機は場合によっては、搭乗制限がかせられるほどに強力な加速度を強いられる。健康な人間ならば問題ない程度だが、それでも常人にとって軽いものではない。
もっぱらその『場合によっては』は大気圏離脱などのやむを得ない場面のみだが、今回の搭乗者は若い空部部員のみ。
一般人より遥かに高い耐G適正の持ち主ばかりということで、この機体のパイロットは時間短縮の為に身内、自衛官を運ぶ場合に近い、最短ルートを選んで飛んだ。
結果として、乗員に降りかかる大きな重力。しかしそれに苦悶するのは、極一部だけだった。
「部長さんと生徒会長さん、大変そうね」
ちゃっかり武蔵の後ろの席を確保していた時雨が声をかける。
「仕方がないさ。そっちのスポッターなんかは大丈夫か?」
「ええ。私達は強豪よ、遠征とかで慣れてるわ」
さすがは強豪校というべきか。
海外遠征などの場合、こういう機体を貸し切ってのフライトも多いのだ。
「まあうちの3年生コンビは想像通りとして」
トレーニングをしている武蔵や鋼輪工業空部員が平気なのは予想通りだが、意外にもアリアもまた平然としていた。
彼女もまた訓練を積んでいるが、未だパイロットとして身体が出来上がっているとは言い難い。他者より小柄な肢体の持ち主なので、生まれ持っての耐G適正が高いのかもしれないと武蔵は推測した。
「武蔵武蔵、星がはっきりくっきりしているのです! コロニー内とはやっぱり違いますね!」
「コロニーの空は投射された映像だからな、星空も地上から見えるチラチラまたたく星を再現してる」
「大気のゆらぎってやつですね。大気って地球の地面から上空どれくらいまであるんですか?」
「国によって定義は違うが、高度100キロくらいと言われているな」
といっても、高度100キロで劇的に何かが変化するわけでもない。高度90キロと高度110キロはほぼ同じような環境だ。
ならば何故高度100キロから宇宙扱いかというと、「これくらいの高さならもう大気の影響もないよね?」という適当な理由だったりする。
「それよりGは大丈夫か?」
「え? いえいえ、これくらいは平気ですよ」
からからと笑うアリア。やはり彼女の耐G適正は、人並み以上に高いらしい。
時雨がむすっとした顔で主張する。
「いい気にならないで。エアレーサーならこの程度のGはGのうちに入らないわ」
「なんか謂れのない釘を刺されたのですが……」
「ほっとけ。生理中なんだろう」
武蔵の座る椅子をガンッと蹴られた。
「一週間前に終わったわよ!」
「バラしちゃダメですよ!?」
「秘密なのか、そういう情報って。うごっ!?」
左右から3年生コンビに脇腹をパンチされた。
「デリカシーのない発言しちゃ……めっ」
「そういうのは聞かぬが花、なのです……っ」
「す、すいましぇん」
などと話していると、やがて加速度と振動が消える。リニアエンジンが停止したのだ。
続いて生まれるのは浮遊感。シートベルトをしている為に浮き上がりはしないが、重力が無くなったのだと経験の少ない彼女達にもすぐ判った。
「いよいよ宇宙って感じですね!」
「いやさっきから宇宙だったが」
丸窓から外を覗くアリア。
そこに広がっていたのは、青く巨大な宝石。
「
機体はいつの間にか地球を頭上に向けた飛行へ移行しており、その様はさながら巨大な月を見上げるようであった。
「衛星軌道投入に成功したな。今この機体は、月みたいに地球の周囲を延々と回っている」
「じゃあ、動こうとしなければ月のように何万年も浮かび続けるのですか?」
「理屈としてはその通りだ」
厳密にいえばこの距離であっても、まだ大気は存在する。気圧は極めて薄く語弊があるが、この機体は地球の大気の中を飛んでいるのだ。
よってこのまま宇宙船を放置しようと、おそらく数十年後には空気抵抗で減速して地球へ落下する。
とはいえそこまで説明するのも面倒だったので、武蔵は適当に誤魔化すのであった。
「おい、見えてきたぞ! あれが護衛艦じゃないのか!?」
誰かが叫び、皆が壁に張り付く。
武蔵は窓際のアリアを押しのけるように窓を覗いた。
「むぎゅう」
「肉眼だと小さく見えるな」
「どいてください武蔵、私も見たいです!」
護衛艦は、とても小さく見えた。
宇宙空間では対比物がなく、大気がないので澄んで見える為に物体が小さく見えがちだ。
それを知っている武蔵は、目の前の護衛艦がとても小さいとは言えない船だと本当は知っている。
徐々に接近する巨大宇宙船。
やがてそれは壁のように立ち塞がり、圧倒的に緻密なディティールを見るものに晒した。
「全長430メートル……流石にでかい」
大気の揺らぎがないので、その光景はまるで船舶模型のように細かな部品までもが見渡せる。
巨大な白い船体。何百枚もヒレのように連なった放熱板。下手な基地より巨大な後部格納庫。
数百のミサイルを収めた垂直発射装置、12基の対空レーザーファランクス。
そして何より目を引くのが、船体の左右に戦列艦のように並ぶ超巨大レールガン。
41センチ電磁投射砲、16門。
限定的ながら物理運動エネルギーのみで核弾頭に迫る威力を有する、史上最強の砲。
艦体に描かれた、ひらがなの艦名を武蔵は読み上げる。
「自衛隊宇宙作戦隊所属、宇宙護衛艦やまと―――人類史上最強の船、か」
それは決して不沈と呼べるような、デタラメな性能ではない。
数で押せば、禁じ手を使えば、どうとでも落とせる普通の戦闘艦。
それでも他の護衛艦より大きく、他の護衛艦より強固で、他の護衛艦より単純に強い。
単艦同士、サシで戦えばあらゆる敵を殲滅可能―――ただそれだけの、最強の船だった。
あとがき
登場人物紹介
朝曇 花純(17)
天下無双の最強生徒会長。
裏方をやらせれば最強のチートお嬢様。
やろうと思えば国を乗っ取れる最強系女子。
ただし武蔵みたいなルールの外側から攻撃してくるタイプには勝てない。
こんな男と遭遇してしまったことで、人生にケチがつきはじめた。
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