オーニソプターの飛翔2




『2045年5月5日』







「では今日の部活を終了しまーす」


「おつかれしゃあーっしたぁー!」


「疲れてないじゃないですか! 何もやってないじゃないですか! また今日もグダグダとお喋りばかり!」


 戦艦武蔵の46サンチ主砲仰角最大事件は見事にスルーされ、この日もまた空部の活動はミーティングに終始する。

 現時点ではアリアの謎特性を分析しきれないと割り切り、武蔵は練習スケジュールを白紙にしてしまったのだ。

 よって両手に花の武蔵くん大勝利となった部活動風景に、1人の客人が現れた。

 生徒会長がやってきたのだ。


「あれ、花純ちゃん。どしたの?」


 脈略もない生徒会長の登場に、友人である妙子が真っ先に反応する。


「こんにちは、妙子」


 彼女―――朝雲花純は雷間高校の生徒会長である。

 涼しげな美貌と雰囲気を纏う才女。天下無双才色兼備の美人生徒会長だ。

 部活仲間というだけに妙子との接点は増えた武蔵だが、花純と話す機会は少ない。こうして対面したのも久方ぶりだった。

 頭脳において独壇場の花純と、おとぼけおっぱいの妙子。

 なぜこの二人が仲良しなのか、この学校の3不思議の一つである。


「きっと考えた奴は7つ不思議を用意できなかったんだろうな」


 彼女はブリッジ部室に入室した直後に、一言端的に告げる。


「突然ですが、当校の空部は今年度で廃部となる見込みです」


「「「まじかよ」」」


 声を揃えて目を丸くする3人。

 突如告げられた廃部宣言。

 武蔵は毅然と立ち上がり、客人の前に立った。


「な、なんですか?」


 それなりに身長のある武蔵と比べ、花純と呼ばれた客人の少女は平均より少しだけ小柄だった。

 2学年の歳の差があるとはいえ、パイロットとして鍛えられた肉体を持つ男子生徒を前に花純は負けじと胸を張る。


「生徒会長さん、お久しぶりです」


「はい、お久しぶりです。入学式の試合以来、ちゃんとお話していませんでしたね」


 一方的に廃部通知をしたのだ、罵倒の1つくらい覚悟していた彼女は身構える。


「結婚して下さい」


 生徒会長は美少女だった。

 肩で切り揃えた黒髪の美しい、日本人形のような小柄な少女。

 武蔵は咄嗟に考えた。このチャンスを逃すべきではないと。


「はい……?」


「アイラブユー」


「いえ意味が解らなかったわけではなく……きゃっ」


 片膝を着き、武蔵は花純の手の甲に接吻する。

 ……する寸前、アリアがドロップキックで武蔵をふっ飛ばした。


「大丈夫ですか、生徒会長さん?」


「あ、いえ彼の方が大丈夫でしょうか?」


「あんなケダモノほっといていいのです」


 アリアが武蔵を蹴り飛ばしている間に、妙子はそそくさとお茶を淹れる。

 慣れたものであった。


「はい、どーぞ」


「ありがとう、妙子」


「妙子先輩がやらなくても……後輩の私がやったのですよ」


「やや、私マネージャーだから」


 部屋の隅まで転がりエクトプラズムを耳から漏らす武蔵を放置し、少女3人はテーブルを挟んで向かい合う。

 まず口火を見当違いな方向に切ったのはアリアであった。


「これってあれですか? 生徒会と戦うパターンですか?」


 漫画の読みすぎである。


「我々としては穏便にことを運びたいのですが……」


「うるせぇ闘争じゃヒャッハー! 生徒会は加熱処理だー!」


 突如意識を覚醒させた武蔵が吠えた。


「廃部にされそうな側が戦意満々って、珍しい展開ね武蔵くん!」


 武蔵が意味もなく煽り、部長の妙子が部外者ヅラで傍観する。

 部長としての責務を果たせていないことに四方から冷たい視線を向けられ、妙子は咳払いを一つした後に演技じみた反論をした。


「どういうことよ花純!? 私達は真面目に活動しているし、部活動記録もちゃんと提出している! それに今年の新入部員だってちゃんと確保したわ!」


「さっきお茶会してましたよね。貴女が書いた去年の部活動記録は虚偽ばかりですし、誤字が多くて読み解くのすら難しかったです。というか正式な記録に顔文字や色ペン使わないで下さい。書類舐めてるんですか」


「そうやってまた揚げ足を取る!」


「いや虚偽報告はダメだろ」


 もっともらしく講義する妙子だが、行動がまったく伴っていなかった。


「別に活動内容に問題があるわけではないのです」


「え? ないのですか?」


「いえありますけど、それはいいのです」


 顔を見合わせる空部の部員達。生徒会長は意外と寛容だった。


「実質的に活動していない、趣味レベルのお喋り同好会など珍しくはないのです。クラスや学年を超えた同じ趣味を持った生徒同士のコミニュケーションの場を提供していると考えれば、同好会への予算配布など大したコストでもありません、元々微々たる額ですし。むしろ、そういった社交の場を抑圧することこそ学校の風通しを悪くしてしまうでしょう」


「ならどうしていきなり廃部なのよ、納得のいく説明を求めるわ」


 友人の妙子が代表し、明け透けに花純に訊ねる。


「鋼輪工業高等学校と我が校が、一時的に合同で運営される話が持ち上がっています」


「なんですとっ」


 苦々しげに声を上げたのは武蔵であった。

 その理由をアリアはすぐに察する。


「そういえば言ってましたね、コーリン工業には昔弄んだ女がいるって」


「弄んでは……いないもん!」


「口調変ですよ」


「一瞬どもったわ」


 女子3人は武蔵に蔑みの目を向けた。

 気を取り直し、花純は説明を続ける。


「先日、あちらの学校でボヤ騒ぎがありました。調査の結果、壁の中の配線から発火したそうです」


「いや、宇宙コロニーのセルフ・アークが建造されてからまだそんな経ってませんよ? 壁の中の配線ってそう簡単に劣化しません、ちょっと早すぎです」


 武蔵の指摘に花純も頷く。


「さすがは専門家さんですね。こちらもそのように報告を受けてます」


 建築は専門外だが、武蔵も技術屋だ。

 可動部分の電線は驚くほど早く劣化するが、固定された電線は数十年保つことを知っていた。


「工業高校ですから過電流で配線痛める可能性もありますけど、だからって学校そのものを統合なんてしないでしょう」


 武蔵の鋭い指摘は続く。

 技術方面ではハカセと由良を除いて無双できる男であった。


「実は……今回のボヤを調査したところ、極めて大規模な手抜き工事が明らかになったのです」


 斜め上を逝く、しょーもない理由だった。


「今どき手抜き工事って」


 手抜き工事の事例などあらゆる時代で存在するが、まさか人が宇宙で暮らす時代となって実例を目の当たりにするとは思わなかった妙子が呆れつつ言った。


「想像以上に老朽化が激しかったとのことです。それこそ、半年ほどの大改修が必要なほどに」


「どんだけだよそれ」


 つっこむ武蔵だが、安全上の都合とあっては適当に済ませることはできない、というのが鋼輪工業の判断だった。

 そこで白羽の矢が立ったのが雷間高校である。


「こちらは現時点では教室も余っていますし、立地も近いので生徒の負担も少ない。そこで、こちらの教室や設備を貸し出そうという話が出ています」


「というか、なんでこの学校ってこんなに教室が余っているのです? 少子化ですか?」


 アリアが今更な疑問を学校の主たる花純に問う。

 雷間高校は規模の割に、生徒数がかなり少ない。空き教室など珍しくはないのだ。


「宇宙コロニーは、見方を変えればある種の開拓地です」


 花純の答えは、存外大規模な視点から始まるものだった。


「確かに人類、先進国においては緩慢な人口減少が発生しています。この原因については別件なので中略しますが、宇宙進出はその対策の一環という側面があるのです。利用可能な土地が増えれば、国家としてのキャパシティも大きくなるわけですから」


「これからどんどん増えることを見越している、と?」


「セルフ・アークに関してはまた若干違う事情があるのですけれどね。より多くの人口を内包することが可能という点においては、全ての宇宙コロニーに共通する設計思想でしょう」


 セルフ・アークは将来的に人工宇宙国家として独立することが予定されているので、移民政策をせずとも人口増加は確実視されている。

 新国家樹立に立ち会おうなんていう物好きは歴史学者か商人くらいだが、それだって世界規模となれば一つのコロニーを埋め尽くすに足る数となるのは当然だ。

 彼ら彼女らが住まう宇宙コロニーの特殊な事情は特例としても、とにかく宇宙コロニーの人口増加は確実視されているのである。

 雷間高校もそれを見越して大きめに作られており、一時的に2校の生徒を受け入れるくらいは可能だった。


「けどそれ、すっごくややこしくならないかしら?」


「なります。いっそ、運営を統合すべきではないかという話もあるのです」


 普通科と工業科、学科が別れるにしても1つの校舎に2つの学校が入るのは現実的ではない。例外はあれど、二重の系統が重なるなど混乱を招くだけなのだ。

 2つの学校がなぜ分かれていたかといえば、分けた方がいいからなのである。


「それって具体的に何時からですか?」


「夏休み明けには、あちらの生徒がこちらに移ってきます」


「んげけえええぇぇぇっ!?」


 武蔵が変な悲鳴を上げた。

 武蔵自体が変人なのでスルーされた。


「そこで問題となるのが……問題は多々ありますが、部活動についてです」


「同じ部活動が重複してしまうのですね」


 アリアの気付きに首肯する花純。チェスボクシング部やカバティ部などといったマイナーな部活動ならばともかく、定番の野球部やサッカー部は当然のように両校に存在している。混乱は必至である。

 もし両校の部活動の統合なんてことになった日には、レギュラーメンバーの選抜も激化する。多くの部活動において大混乱が予想された。


「ですがデメリットばかりではありません。両校の優秀な生徒を集めれば、チーム自体の質を上げることにもなります」


「俺達がのんびり出来なくなる時点でデメリットオンリーですが」


 武蔵が憮然と自己中心的な主張する。


「でも空部は統合じゃなくて廃部なのですよね? どういうことですか?」


 疑問を抱くのはアリア。妙子と武蔵に関しては、当然のごとく意味を理解していた。


「そりゃあなぁ……部活としてのレベルが違いすぎる」


「鋼輪工業の空部といえば、全国規模で有名な超名門チームだもの……士気も予算も段違いよ」


「あー……」


 つまりは、そういうことである。

 仮に雷間高校の空部が鋼輪工業の空部と合同で活動すれば、確実に雷間高校空部が足を引っ張る算段が高い。

 実際にはアリアは初心者なので仕方がない側面もあるし、武蔵は元エースなので普通に張り合えるし、妙子はマネージャーなのでやりようはあるのだが、対外的にはこの学校の空部の評価はめっぽう低い。

 何より、温度差が酷い。統合したところで武蔵がやる気を出すわけがない。


「勿論これから活動態度を改めるというのなら、空部存続の可能性もあります。しかしこのままでは……」


「―――よしっ」


 武蔵は自分の腿をパシンと気合一つ叩き、真剣な眼差しで立ち上がった。


「なんか適当なお遊び同好会を新設しよう。雷間高校空部は廃部だ!」


「どうしてそうなるのですか! そこは奮起すべき展開でしょう!?」


 アリアが吠えるも、武蔵は気だるげに反論する。


「奮起した結果が統合、スパルタ訓練行きだぞ? 俺は嫌だ!」


「私も嫌かなぁ。2人以上はお世話出来ないもの」


「定員2人までとか、ちょっとマネージャーとしての能力低すぎやしませんか?」


「とにかく俺は空部統合には反対だ!」


「訓練も嫌、昔の女に鉢合うのも嫌、もうどうしようもない男です!」


「うっせ! うんこ! うんこ女!」


「女性になんつーことを言うのですか貴方は!?」


 醜い言い争いを始めた武蔵とアリアを、花純はあわあわと困惑しつつ窘める。


「喧嘩はいけません! お友達同士、互いを尊重しあわなければ!」


「む、確かに……別に仲良く皆揃って異動する必要はないな」


「へ?」


 変な雲行きに訝しむアリア。


「アリア、お前は向こうの空部に入れてもらえ。俺と妙子先輩は独立する」


「なんで私をハブるんですか……」


「あっちの空部も初心者を蔑ろにはしないさ。俺は妙子と一緒に爛れた日々を送る」


「ま!」


「わ、私が言った互いを尊重というのは、そういうことでは……」


 まさかの空部空中分解に、花純は自責の念を覚えた。

 結果的には同じかもしれない。だが、彼女とて友人同士の絆を引き裂きたいわけではないのだ。


「それにお前にとっては悪い話じゃないはずだ。鋼輪工業の空部ならシミュレーターや技術資料も豊富だし、先輩達のノウハウだってこっちの比じゃない」


「それは―――」


「ここだけの話、お前には才能はある……気がする。あちらに移籍するのは、現実問題お前の目的に則した判断だと思うぞ? この学校の空部じゃろくに模擬戦も出来ないんだ、どうやったって限界がある。上を目指そうというのなら迷うことはない、あちらに移籍すべきだ」


「……嘘つき」


「いや嘘つきて」


「嘘つき!」


 怒鳴ったアリアに、武蔵は言葉を詰まらせた。


「教えてくれるって、飛行機の操縦を教えてくれるって言ったじゃないですか! 嘘つき! バカ! 武蔵!」


「おい待てやコラ、なんで俺の名前が罵倒語扱いなんだ」


「貴方など、童貞こじらせて盲腸になってしまえばいいのです!」


 そう叫び、アリアは艦橋から飛び出していってしまった。

 その目に光るものを見た気がして、さすがの武蔵も気まずくなってしまう。


「……先輩」


「うん。武蔵くん、行ってきなさい」


 武蔵は神妙な面持ちで顔を横に振る。


「ああなった女は面倒くさそうなので、後は任せていいですか?」


「君本当どうしようもない人ね。でもそういうところが好き」


 変なところで初めて妙子に好意を示された武蔵であった。







 アリアが向かった先は、部室秋津洲の後部甲板であった。


「おーい、逃げ場のない方向へ逃げるあたり『追いかけてきてほしい』って願望が見え透いてるぞー」


「死ねー!」


 船を乗り降りするタラップは、秋津洲の中腹にある。後部に逃げては行き止まりの袋小路だ。

 図星を突かれて赤面するアリア。しかし引き返すわけにもいかず、船体後部の鉄塔を登っていく。


「おい危ないぞ。今日はピンクか淫乱め」


「パンツ下から見ないで下さい!」


 秋津洲の最大の特徴、35トンクレーン。

 大型飛空艇を吊り下げるべく搭載されたこの艤装は、小型機であるエアレーサー競技用機の運用にも利用出来る重要な施設である。

 よって未だ電力が生きている設備であり、武蔵はクレーンを操作して自分をアリアと同じ高さまで運んだ。


「わ、私が、生身で頑張っているのにっ、傍で横着、するなぁぁぁっ!」


 ぜえぜえと肩で呼吸するアリアを尻目に、武蔵は滑車に足をかけ電動で登っていく。


「危ないから降りろホント。愚痴なら下で聞いてやる」


「そのそこはかとない上から目線がムカつきます!」


「実際お前エアレーサーとしてペーペーの最底辺だろう」


「教えてくれるって、言ったのに! あれは嘘だったんですか!」


「嘘じゃない。お前の癖が強くて教えにくいってだけだ」


 超軽量動力機にすら乗れないのなら、腰を据えて検証するしかない。

 だからこそ現状で急ぐこともないとのんびりしていたのだが、その態度がアリアを不安にさせていた。


「教える気はあるよ。操縦桿を握る以上、半端な教え方はしない。ただ、俺みたいな空を飛ぶ資格のない人間に教わるよりは鋼輪工業の空部に指導を受けるべきだとは思う。時雨なら安心だ」


「シグレって誰ですか! 昔の女ですか! このスケコマシ、責任とれー!」


「なんの責任だよ」


 軽く泣き、そして叫ぶアリア。

 その慟哭とすら思える訴えに、さすがの武蔵も気圧される。


「私は! 貴方に! 教わりたかったんです!」


 そう、彼女は泣いていた。


「祖国にいたころから貴方の名前を聞いてました! 天才エアレーサーって、若き才能って! ずっと憧れてたんです! だから、同じ学校だって気付いて凄く嬉しかった! 飛行機を教えてくれるって言ってくれて嬉しかった! なのに、なんでそんなこと言うんですかー!」


 遂に号泣しだしたアリアに、困惑し、武蔵は観念してクレーンの滑車を甲板に降ろす。


「悪かったよ。もう投げ出さないから」


「ほ、ほんとう、ですね?」


「本当だ。日本国の国花である桜、その花弁を連想させる艶やかなピンクのパンツに誓おう」


「だから見ないで下さい! あと日本の国花は菊です!」


 風でたなびくスカートを必死に押さえるアリア。

 そんな彼女を、武蔵は眩しげに見上げる。


「ああもう。なんたって、お前はそうも綺麗かな」


 自分にはないものを持つ人に、人は惹かれるという。

 ならば自分が彼女に惹かれるのは必然なのだろう、と武蔵はただ素直にそう思っていた。


「へ? 綺麗って、えっと、私が?」


 赤面するアリア。


「いや夕焼け雲が」


「唐突なロマンチズムなことで」


 渋々と降りてきたアリアに、武蔵は手を差し出す。


「あ、どうも―――」


「お手」


「素直にエスコート出来ないものでしょうか」


「つーかさ。一つ、訊いていいか?」


 首を傾げることで質問を了承するアリアに、武蔵はぶっちゃける。


「お前、俺に惚れてるな?」


「自惚れるなフェアリーガネット顔」


「誰が世界一醜い航空機だコラ」





あとがき


登場人物紹介


五十鈴 由良(15)

作中一番の美少女。

ちんこでかい。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る