トムキャットの磯寝



『2045年4月16日』







 悪夢は迷路のようなものだ、と武蔵は考える。

 自分の脳が見せている幻覚。しかしそれは、当人の精神を苛む幻影。

 ならばいっそ目を醒ましてしまえばいい。されど現実世界へ回帰すべきドアなどどこにもなく、武蔵は悪夢に魘され続けるしかない。


「熱い、アツい……ッ!」


 雨が降る。

 燃える油の炎。火薬のように激しく燃焼する油は、身体の付着した部分に張り付き落ちることはない。

 焼夷弾。ナパームと呼ばれる油が長時間燃焼し、人工物も人体も全てを燃やし尽くす忌まわしき兵器。

 辺りは火の海であった。逃げ惑う頭巾をかぶった人々、空には銀色の大型爆撃機。


「B―……29ッ!?」


 超空の要塞と称された爆撃機、武蔵はここが何処か理解した。

 東京大空襲。解釈によっては人類史上最悪の大虐殺ともされる、首都の燃え落ちた日。


「どうして、どうしてこんな場所に―――」


 帰りたい。現実へ、現代へ。

 そう考えるも、悪夢に出口などなく―――武蔵は成すすべもなく、朱く照らされた街を歩く。

 炭化した手足は動かず、武蔵はすぐに崩れ落ちる。よく見れば、似た境遇の人は周囲に沢山いた。


「こんな、わけの分からない場所で、死ぬのか」


 武蔵は絶望と諦観のうちに、好きでもないはずの空を見上げる。

 そこにいたのはやはりB―29―――ではなく。


「……なんだ、あれ」


 無数の触手を生やした、巨大な、全長数百メートルの巨大怪獣であった。


「じ、じえ、じえ……!」







「自衛隊カモーン!」


「きゃあっ!?」


 数多の怪獣を屠ってきた自衛隊ならなんとかしてくれる、と他力本願に考えたのがきっかけとなったのか。

 武蔵はあっさりと悪夢から開放され、つまらない現実へと帰還していた。


「はあ、はあ、はあ、変な夢みたぞチクショー」


「おはようお兄ちゃん。どんな夢見てたの?」


 起こしに来たのだろう、ベッド脇に立っていた信濃が訊ねる。


「まずは焼夷弾だ。腕が急に熱くなって……ん?」


 武蔵は信濃が白いロウソクを持っていることに気が付いた。


「それは?」


「お兄ちゃんを起こす秘策だよっ」


 笑顔で答える信濃。

 東京大空襲の悪夢を見た原因は外的要因だった。


「お兄ちゃんのえっちなビデオでは、こうやってローソクを垂らしてたから。好きなんだなって!」


「なわけないだろ、あれは興味本位だホントだよ?」


「うんうん、信じるよお兄ちゃん! 私はお兄ちゃんが性犯罪で捕まっても味方になってあげるよ!」


「なるほど信じてないなクソが。それとせめて低温ロウソクを使いなさい。それ仏壇用だろ」


 ここに入ってるから、と机の中に綺麗に仕舞われた赤い低温ロウソクを見せる武蔵。


「わかったな?」


「はぁい。次からはそうするね。それじゃあ朝ごはん出来てるから、早く降りてきてねー」


 パタパタとスリッパを鳴らして部屋から出ていく信濃。

 今日も武蔵兄妹は気持ち悪いくらい仲良しだった。







 学生である以上、当然学校へ登校する。

 校門から昇降口までの道中、多くの学生の一員として背景に溶け込んでいた大和兄妹。

 よくある朝のありふれた光景、しかし今朝は少々毛色が異なっていた。


「―――ん?」


 周囲の様子が奇妙なことに気付き、何事かと武蔵は辺りを見渡す。

 生徒達、特に男子が熱心に同じ方向を向いていた。

 武蔵もつられてそちらに目を向け、納得する。


「足柄先輩か」


 視線の先にいたのは、一際大人びた雰囲気を纏う美しい上級生であった。

 足柄 妙子あしがら たえこ。今年で3年生となる女生徒である。

 その整った容貌は非現実感すら醸し、抜群のスタイルはまさにモデル体系。

 同級生の男子曰く。

 多くの男子生徒―――噂では男性教師すら―――の心を奪い、玉砕させ続けているこの雷間高校のマドンナである。


「……マドンナ?」


 こういう場合はアイドルだろうか、いやしかし歌って踊っているわけでもない先輩に対してアイドルと表現するのは正しいのだろうか。

 などと考えていると、背後より後頭部を鞄で強打された。


「うごっ!?」


「いやらしい目をしてた、お兄ちゃん」


 背後を慌てて振り向けば、そこにいたのは頬を膨らませた信濃の姿。

 仕草は愛くるしいが、やったことは傷害事件である。


「信濃、鞄は武器じゃないぞ」


「ちゃんとセラミック複合装甲板を入れてるから武器だもーん」


「なんで戦車の装甲入れてるんだよ。普通鉄板だろ。つーかどこで手に入れた」


「お兄ちゃんのバイト先」


 武蔵は思った。確かにあの工場ならば、戦車の装甲くらい調達出来るであろう。

 戦車の装甲サンプルなど紛うことなき国家機密だが、今更気にしてはいけない。


「性犯罪に走りかねない兄を止めるのは、妹の役割なんだよ」


「まだ何もしていない!」


「まだ……?」


 憮然と半眼で兄を睨む信濃。


「勘弁してねお兄ちゃん、性犯罪をするならせめて身内で済ませてよ」


「はぁー?」


 妹相手に性犯罪。

 大和は信濃の身体をじっくりと観察した。


「あー。ふむ」


 しばらく見ないうちに、確かに中々の成長を遂げている。別段特別発育がいいわけでもないが、それなりに女の子らしい体つきになってきたのではないか。武蔵はそう評価した。


「ふん、まあ及第点だ」


 妹を性的な目で見た挙句、やれやれを肩を竦める武蔵。

 そんな兄に、信濃は露骨に一歩引いた。


「あの、せめて私でって言ったのは、被害を身内で食い止める為なわけであって。何かしたら責任取ってもらうよ?」


「家族が家族になるだけだ。何ら問題はないな!」


「婦女暴行で告訴します」


 どこまでもリアリティのある責任の取らせ方であった。







「あ、おはよう……ございます」


「ん? 由良ちゃんか、おはー」


「マングース!」


 昇降口で靴を履き替えていると後ろから声をかけられ、二人は何気なく振り返る。

 2人に挨拶した生徒。大和兄妹の友人である、五十鈴 由良いすず ゆらであった。

 信濃が突然沖縄に生息する外来種の名を叫んだことに意味などない。


「お兄さん……なんだか、お久しぶりです」


「ああ。最近バイトで会わなかったから、ほんとおひさだな」


 武蔵は由良の頭をがしがしと撫でる。由良は頬を染め、「えへへ」と微笑んだ。


「同じ学校に入学したのに、ほんとに出くわさなったよね。由良ちゃん、ちゃんと学校来てた?」


「来ていました……会わなかったのは、たまたまだと思います」


 3人は中学の頃からの知り合いだった。バイト仲間である武蔵とも勿論、信濃ともそれなりに交友がある。

 背の小ささ故か、信濃以上に華奢な印象を与える由良。幼いながらも目鼻立ちは整っており、10人中10人が美少女と称えるであろう容姿。

 武蔵は常々考えている。


「はあ、由良ちゃんが妹だったらなあ」


「由良ちゃんも妹だったらな、の間違いだよねお兄ちゃん? ねえ間違いだよね? ねえ? ねえ!?」


 信濃はそれなりに真剣に焦った。

 このままでは妹キャラの立場を奪われる。ただのサブキャラ、「なんで一番魅力的なのに攻略できないんだ」枠になってしまう、と。

 武蔵は青褪める妹を無視して、改めて挨拶する。


「由良ちゃんおはよう。今日も、か、かわいいね」


「あ、ありがとう……ございます?」


 口説こうとして恥ずかしあのあまりどもる武蔵。

 褒められた由良も赤面し、もじもじと亜麻色の髪の毛を弄る。

 不思議そうに首を傾げる信濃。


「お兄ちゃん、どうして由良ちゃんを口説いてるのです?」


「どうしてって、可愛い娘がいたらとりあえずハーレムに加えとくだろ?」


 なぜ今更そんなことを疑問に感じるのか、それを逆に不思議がる武蔵。


「なんだ、妬いてるのか?」


「きんもー!」


 きゃっきゃといちゃつく大和兄妹に、クスリと笑う由良。


「羨ましい……です。二人とも、仲良しで」


 困ったように笑い、由良は制服のズボンから携帯を取り出して時間を確認した。


「そろそろ……行かないと、まずいです」


「あ、ああそうだな。……なあ、由良ちゃん?」


「はい……?」


 武蔵は今朝出会った時から気になっていたことを訊ねる。


「どうして男子制服を着ているんだ?」


 武蔵は由良が同じ学校にいることは知っていたが、制服姿で遭遇するのは今日が初めてだった。

 そんな彼女が女子のセーラー服ではなく男子のブレザーを着ていることに違和感を抱いた。

 由良と信濃はそろって首を傾げた。


「お兄ちゃん、由良ちゃんは男の子だよ?」


「ははは、はたまたご冗談を……え、マジか。知らなかった」


 武蔵は今更になって、自分が男を口説いていたことを知った。

 世界は不思議で満ちている。


「由良ちゃん」


 武蔵は由良の手を取り、提案する。


「今度一緒にサウナ行こうぜ」


「えっ、えっと……僕はいいんですけど……いいんでしょうか……?」


 流石に身の危険を感じた由良は信濃に視線で助けを求める。

 信濃は笑顔で頷き、武蔵の胸元に人差し指を当てた。




「お兄ちゃん、同級生の男の子の乳首に興味あるからってそういうのやめなよ!! 男の子の乳首に興味あるからって!!!」




 大声で言う信濃。

 周囲の男子生徒は武蔵の顔を覚えた。

 こいつが近くにいる時は着替えとか注意しよう、と。

 武蔵は「ふむ」と一考して、信濃に負けない大声で言った。




「由良ちゃん一緒にサウナ行こうぜ!!!」




「いやです……」


 一人の少年が、嫌なことは嫌と言える強さを獲得した瞬間だった。







 振られてしまった武蔵は話を変えることにする。


「そういや由良ちゃん、どうして最近バイトいなかったんだ?」


「あっ……ご迷惑おかけして、ごめんなさい」


「いや、責めてるわけじゃないが」


 武蔵は手をブンブン振って、言い回しの悪さを猛省する。

 由良を困らせてしまった自分の不甲斐なさを悔やんでいると、由良がバイト休業の理由をあっさりと白状した。


「実家、機械屋の仕事を手伝っていて」


「ほー、そうなのか」


 機械屋と呼ばれる業種も、その内容は多岐に渡る。

 家電の販売のみを行う店舗、特定の商品について修理などを受け持つ職種。

 あるいは、図面から引いて全く新しい機械の設計を行う工場まで。

 由良の実家は、そういった専門的な機材を組む町工場であった。


「ペラのブレードを打っていました……チタン削り出しで」


「……お前の親父さんが、か?」


 水中空中問わず、プロペラのブレードは超精密部品である。

 表面の僅かな違いが、動力効率に直結するのだ。

 よってその製法は職人技であり、おいそれと手を出せる分野ではないのだ。


「いえ、僕が……」


「すげぇ高校生だなおい」


 工場でバイトする武蔵とて、そんなことをやれる自信はない。

 五十鈴由良、可愛い顔してスーパー高校生であった。


「きっと、俺と由良ちゃんの子供も優秀な技術者になるんだろうな」


「由良、今のお兄ちゃんは近付いたら妊娠させられるよ。お兄ちゃんは汗腺から精子を放出しているから、近付いただけで老若男女問わず空気感染で孕ませれられるよ」


「えっ、あ、はい……」


 苦笑で一歩後ずさる由良。

 笑顔で一歩進みでる武蔵。


「どうしたんだい、由良ちゃん? ほら怖くない、怖くない」


「ぼ、僕……今日は日直なので」


 終いには由良は逃げ出し、兄妹より先に階段へと向かってしまった。

 それをポカンと見送る二人。


「……行くか、信濃」


「お兄ちゃん、ちょっと話しかけないでね。知り合いだと思われたら高校生活ご破産だから」


 スタスタと由良に続く信濃。

 武蔵は泣いた。







「やあやあ、後輩くん! おはようっ」


「ん、ああ足柄先輩? おはようございます」


 一人とぼとぼ教室へと向かう最中、まだ自分の教室に入っていなかったらしい妙子に武蔵は肩を叩かれた。


「さっきは前の方を歩いてましたけど、もしかして俺らが話し終わるの待ってました?」


「うん。私、修羅場なんて初めて見たわ! どっちが本命なの?」


「俺はハーレム志望なので両方です」


「まっ。ティラノザウルス系男子ね」


 肉食系の上を往く存在だと言いたいらしかった。


「ティラノザウルスって、実は鈍足だったとか死肉を漁っていたとかって説が最近出てきてますよね」


「うん」


 それがどうした、と言わんばかりに相槌を打つのみの妙子。

 新説を知った上での発言だったらしい。


「がおー!」


「きゃーっ!」


 笑みを隠しきれていない叫び声で逃げ回る妙子。

 年上とは思えない可愛い先輩であった。


「でも武蔵くん、ちゃんと部室に来ないとダメよ? 幽霊部員とはいえ、一度しか来てないじゃない。お姉さん寂しいわ」


「ほんと男殺しですね貴女は。解りました、放課後伺います」


「ええ、待ってるわ」


 2年歳上の先輩、足柄妙子あしがら たえこ。モデルのようなスタイルと容姿から、男子生徒達の熱い視線を集める女性である。

 入学式において突然アリアとの試合を取り仕切った彼女は、空部の現部長である。例のロケットオッパイ先輩といえば思い出していただけるであろうか。

 武蔵は元々、部活動に参加するつもりはなかった。しかし色々と事情を鑑みた結果、名前だけでも登録すべきと考え直したのだ。

 帰宅部は肩身が狭いのである。


「名前だけでも助かるわ。新入生が入らなければ、空部は廃部だったもの」


「現状の妙子先輩、俺、アリアの三人体制でも充分アレですがね」


 更に言えば、妙子はマネージャー。

 そしてアリアはほぼ素人、武蔵は引退済みで名義貸しの幽霊部員。

 ほぼ活動不可能な、死に体の部活動であった。


「武蔵くんがアリアちゃんに指導してくれたら、お姉さんすっごく嬉しいんだけどなぁ」


「なら先輩、俺のハーレムに加わってくれますか?」


「とりあえず私が頑張ってみるわ。すぐに人に頼っちゃダメよね」


 そんなに嫌か。

 武蔵は傷付いた。


「そもそも、武蔵くんは私のことよく知らないじゃない」


「知ってますよ。美人で、スタイルが良くて、可愛い人です」


「見事に外見だけね」


 可愛いの部分に関しては内面も含んでいたつもりであったが、妙子はそうは解釈しなかった。


「あまり人を見た目で判断しちゃダメ。人の醜悪は顔じゃなくて心にこそ問われるのよ」


「なら先輩は俺と石焼きビビンバ、どちらかと結婚しなければならないのならどっちを選びます?」


「究極の選択ね……」


 熟考する妙子。

 武蔵は死にたくなった。


「とりあえず採点しておきますね」


 信濃と由良を採点しているのだから、彼女もせねば不平等だと考えた武蔵は妙子に向き直す。

 顔よし。身体よし。性格もまあちょっと頭が足りないけどよし。


「120点満点! バンザーイ! バンザーイ! 万歳ィィ!」


「んんっ? よく解らないけど、ばんざーい!」


 朝から万歳三唱する二人に、周囲は奇異の目を向けるのであった。







 この雷間高校においては同好会でもちゃんと予算が降りる。微々たるものだが、ゼロではない。

 とはいえ慢性的な金欠状態であることは否めず、空部は正式な部活動であった頃の備品を補修することでなんとかその体裁を保っていた。


「武蔵、ここに来るたびに思っていたのですが」


「どしたアリア」


 教室から肩を並べて部室へと歩く武蔵とアリア。

 部室棟はグラウンドの横に設置されているのだが、空部に関しては校舎裏にそれはあった。

 それは船であった。学校の校舎と大差ない全長を誇る、それなりに巨大な船舶であった。


「どうして空部の部室って、船なんですか?」


 船は港に係留されているわけではない。海は近くに存在するのだが、雷間高校は海岸沿いの学校ではなく学校敷地内に港があるはずもない。

 その船は、陸上にズドンと鎮座しているのだ。


「あー、それはだな」


 そんなことも知らんのか、と言いそうになるのを堪えて提案する。


「妙子先輩に聞きなさい」


 結局他力本願である。


「うーん、かっこいいから?」


「む?」


 声のした方―――部室船を見上げると、話を聞いていたらしい妙子が艦橋から顔を出して訊ねた。


「知らないんですか?」


「不甲斐ない部長でごめんね」


「ほんとにな」


「うえーん!」


 妙子は泣いた。どう見てもフリなので武蔵はフォローしない。

 しかしどうやらこの空部は、長らく遠征試合すらもしてこなかったらしい。


「離れた場所に試合に行っても、普段と変わらない設備や環境を維持出来るようにだ」


 エアレースは、モータースポーツ中でも屈指の部品点数の多さを誇る。

 自動車レースの車両やパーツも大型トラックに積み込んで走り回るが、飛行機となるとそのままの状態では大型トラックにすら載らない。

 よってあらゆる交通機関を駆使して設備や部品を現地へと運び込むのだが、そうなると途方もない予算と労力を必要とする。チームの参戦への敷居は高くなるばかりだ。

 そこで導入されたのが、近年発明された飛空艇であった。


「知っての通り、21世紀になって人類は空飛ぶ船を発明した。地形天候をほぼ無視して移動可能な飛空艇なら、普段使う設備をそのまま内包して世界中に遠征出来るプラットフォームになり得たんだ」


 部室の備品を運び込むのだが大変なら、部室ごと移動させればいい。

 発想自体は昔からあったが、技術がその発想にようやく追い付いたのである。


「これ、飛ぶんですか? おんぼろですよ?」


「そりゃ飛ぶさ。金かかるから普段はここで建物として固定されているが」


 水上船ですら、動かすとなると色々物入りなのだ。

 飛空艇は世間ではギャグ補正のように軽く流されているが、実は核動力なのである。ちょっと昔ならば超軍事大国の大型空母くらいにしか採用出来なかった超エネルギー搭載船なのである。気軽に動かせるわけがない。


「…………。」


 もっとも、今現在大和家には縮退炉搭載メイドロイドが一人寂しくダンスを踊っているのだが。

 核動力はやはり出力が段違いだ。アホみたいに巨大な大陸間弾道ミサイルだって搭載出来るし、船内にプールも設置出来るし、余ったスペースに燃料を積んで随伴艦に分けることも出来るし、女を積んで十年以上ノンストップで航行することも出来る。

 そんな超エネルギー搭載のメイドロボが現在、主人不在の家で意味もなくダンスっている。

 ほんとあの自称人工知能はなんなんだろう、と思う武蔵であった。


「というか、どういう原理で船が浮かぶのです?」


「知るか。専門的な知識なんてないっての」


 空を飛ぶ、と単純に説明出来る飛空艇だが、その原理はほぼブラックボックス化されている。

 当然である、いうなれば他国の首都に大量の兵器と兵士を直接送り込み得る輸送能力だ。勿論そんな無茶は現実的な作戦行動ではないが、補給の劇的な改良という観点からすればまさに革命である。

 戦争は技術を発展させるとはよく言ったもので、戦争の歴史は大量輸送の歴史といって過言ではない。

 そんな技術が野放しにされるはずもなく、現在就航している全ての飛空艇は重要部分が開けられないように作られている。


「この部室、外見はぼろぼろなんですけどね」


「秋津洲っていう古い船を再利用しているからな。かつては水上機母艦、工作艦として就航していた船だ。小さなチームの拠点としては上等だろう」


 外見がどれだけオンボロでも、内部には核融合炉や浮遊機関など最先端のハイテクが積み込まれている。とてもチグハグな存在であった。


「いいから入るぞ、空を見上げるのは好きじゃない」


「あ、はい」


 武蔵とアリアは階段を登って船に入る。

 階段と称したが、ようするにタラップだ。完全にその場に固定されているあたり、秋津洲がどれだけここに放置されていたかが伺える。

 続いて艦橋を登っていく。上の指揮所が空部メインの部室だ。


「どうして頻繁に行く部室を上の方にしたんでしょうね」


「バカなんだろ」


 タラップは平均的な階段と大差ない角度だが、船内のラッタルはほぼ梯子と等しい急角度である。

 船内は外見のままにボロボロの内装を晒した、廃墟一歩手前な様を晒している。


「一応現役時代に手直しや掃除はしてたんだけどねぇ」


「この船は現役引退済って認めたぞこの部長」


 出迎えた妙子にペットボトルのお茶を貰い、礼を言って一口啜る。


「部長に飲み物用意させるってどうなんですかね」


「だってマネージャーだもん」


「はいはーい! はいはーい!!」


 懸命に挙手するアリア。


「はい、どうしましたかアリアさん?」


「この部室を動かしてみたいです!」


「なるほど。どう思いますかコーチ?」


「許可取るのが面倒くさいから嫌です。あと誰がコーチだ」


 なるほど、と頷く妙子。


「頑張って許可取って下さい」


「どうしても部長の決済が多数必要です。書類仕事得意ですか?」


「ごめんねアリアちゃん、動かせそうにないわ」


 『この人結構いい性格しているよな』と、武蔵はおとぼけ先輩がただのアホではないと最近察してきた。

 こほん、と咳払いを一つ。妙子は姿勢を正し、立ち上がる。


「そろそろ全員集まったかしら? 出席を取ります!」


「いや3人しか……」


「アリア・K・若葉さん!」


「はいっ!」


 威勢よく挙手するアリア。


「大和武蔵くん!」


「大和くんは身内に不幸があったのでお休みするそーです」


「かれこれ身内の不幸は8人目よ? 大和くんの家の地下には放射性物質でも埋まってるのかしら?」


 不幸あり過ぎである。


「さて、今日の活動内容は……武蔵くん?」


 何故俺に訊く、と思いつつも提案する。


「先輩、今日は反射神経を鍛える特訓をしましょう」


「おおっ。エアギターやエア友達的な意味でエアなレーサーだった武蔵が、遂にやる気に……!」


 なにやら感動しているアリアだが、武蔵が意味もなくやる気になるはずもない。


「高度なシミュレーターを駆使した、実践的な訓練です」


「そんな設備、ここにはないわよ?」


「はい、だから校外活動です。クレーンでぬいぐるみを取ったり銃でゾンビを殺したりしましょう」


「うん、それゲームセンターね」


「練習しましょうよ!?」


 憮然と憤るアリア。


「ま。うふふ、いいわよ! 負けた方が何か奢るっていうのは?」


 部長やる気だった。


「いいでしょう、ゴチになりやす!」


「いや練習しましょうよ……」


 空気を読まないアリアが真っ当な提案をする。


「でも私、今日持ち合わせがないのよねー」


「なぜ金のかかる罰ゲームにしたし」


「いやだから練習しましょーよぉー!!」


 アリアはぷんすかと頬を膨らませた。







 3人はなけなしの部費を手に、近場のゲームセンターを訪れていた。

 時代が進もうと変化することのない、ゲームセンター特有の喧騒。彼らと同じく学校帰りの学生に溢れた店内を慣れた様子で進んでいき、武蔵はいつものゲームに取り掛かる。

 かつて流行したアメリカの戦闘機映画をモチーフとした、F−14XXを操るゲーム。しかも初代である。


「ほらこれで空部の活動だぞ、文句ないだろ?」


「ないとでも?」


 眉を寄せて不満を顕にするアリア。

 武蔵は気にせず、硬貨を一枚入れる。


「いいかアリア、戦闘機っていうのは無限にミサイルを積んでいるんだ! あとどれだけ下に行っても墜落しないから覚えておけ!」


「それがゲーム特有のルールだということくらい、私でも判りますよ」


「―――あら? なんだか騒がしいわね」


 妙子が店内の奇妙な雰囲気をいち早く察知し、首を傾げた。

 武蔵とアリアも顔を見合わせ、騒ぎが生じている場所を観察する。


「喧嘩……ですかねぇ?」


 ゲームセンターの治安は半世紀以上前だと随分と酷かった、らしい。武蔵はそんな時代に生きていないので詳しくは知らないが、年齢不詳のハカセがしみじみと語っていたのを思い出していた。


「最近ではああいう愚連隊って減ったと思ってましたが」


「グレンタイ?」


「ちょっと見に行きましょ!」


 野次馬根性丸出しの妙子を、武蔵は羽交い締めで制止する。


「荒事だったら巻き込まれたくないので嫌です」


「武蔵くんはほんとチキンね! あと二の腕でこっそり私の胸フニフニしないで頂戴」


 バレたか、と武蔵は拘束方法をヘッドロックに切り替える。


「あだだだだだだ! うげー!」


 美少女にあるまじき悲鳴を上げる妙子。頭蓋骨が圧迫されるのは学園のアイドルでもキツイ。

 しかしながら武蔵の判断は事なかれ主義としては存外的外れではない。集まっているのは柄の悪い顔ぶれであり、周囲の人間はそれを避けていく。


「喧嘩というか、一方的に誰かを囲ってます」


「世の中は弱肉強食なのだ……弱いのはそれだけで罪なのだ」


「いけない、中にいるのは女の子だわ! それも可愛い娘よ!」


 自力でヘッドロックを脱出した妙子が、喧騒の中心人物に気が付く。

 武蔵は自分がこの世に産まれ、そしてこの場に居合わせた意味を識った。


「ぶっ殺してやる!」


 武蔵は少女と男達の前に割って入った。


「ちょっと待てや! この娘は俺の獲物なんですが何か! ケツの穴を耳かき棒でほじったるぞボケェ!」


「ひっ」


 不良に囲まれていた人物はちょっと泣いた。


「な、なんだよお前?」


「黙れヤンキーども! 女の子を寄ってたかって虐めるなんて、恥ずかしいとは思わないのか! でもちょっとシチュエーションに興奮する気持ちも解る!」


「なんか勘違いしてないか!? この子がサイフ落としたっていうから、俺達も探すの手伝おうとサイフの特徴聞いてたんだぞ!?」


 武蔵は土下座した。







 なんと、不良に囲まれていたのは由良であった。

 妙子も合流し、サイフはほどなくして発見され不良達は解散する。


「もう落とすんじゃねーぞ」


「気をつけて帰れよ、あんまこんな場所に寄り道すんじゃねえ」


「は、はい……」


 紳士的に見返りも求めず、背を向け立ち去る不良達。

 由良は彼らの背中に何度も頭を下げる。


「よく考えてみてくれ、俺がいなければサイフは見つからなかった! そうだろ? お礼といってはなんだが、今度一緒にお出かけしよう! お城みたいなキレイな建物を見付けたんだ!」


「……お顔が近いです、お兄さん」


 そう言って壁際まで逃げる五十鈴由良。

 しかしその頬は恐怖以外の理由で染まっており、脈アリだと武蔵は再確認してほくそ笑む。


「信濃ちゃんの気苦労が、解る気がします……」


「いいんだ、あいつドMだから」


「そのうち……愛想尽かされますよ……?」


 武蔵の脇をするりと抜けた由良は、唐突にクレーンゲームを始める。

 由良は瞬く間にぬいぐるみを3つ入手し、空部3人に配った。


「お礼……です」


「ありがとー! ねえ由良ちゃん、この後ウチに寄って行かない?」


「あ、ありがとです……。あ、私は新入生のアリアなのです。初めまして」


 素直に喜び、そしてナンパにかかる妙子。

 おずおずと受け取り、赤面しつつ自己紹介するアリア。


「フッ、礼だというならば受け取らないわけにはいかないな。このふかふかのぬいぐるみを、君のささやかな膨らみだと思って毎晩フカフカチュウチュウさせて頂こう」


 がっつりセクハラをかます武蔵。

 妙子は武蔵の首を空中アンテナ用の電線で締めた。

 昔の飛行機の上に張られたワイヤーといえばわかりやすいであろうか。アレだ。


「駄目よ、武蔵くん! そんな可愛くない口説き方じゃ女の子は振り向かないわ!」


「むむむ、むごむごむご、むむむー!」


 首が締まり声を出せず、武蔵はモールス信号にて妙子にメッセージを送る。


「ねえ貴女! お名前、教えてほしいなぁ?」


 妙子は聞いちゃいなかった。


「むむごむごむごむ、むむごむごむむご、むむごむむごむご、むむ、むむごむごむむご」


「メーデーを符号で伝える人って初めて見たわ」


「気付いてるんじゃねーか!」


 妙子の手を払い、アンテナ線を外す武蔵。

 妙子は由良を抱き寄せ、武蔵に示す。


「あ、あの。先輩、何を……?」


「かーあいいっ! ねえ武蔵くん、この子連れて帰っちゃいましょう!」


「いいっスねぇ! げへへ、おじさん達と楽しいことしようぜぇ」


「そういう目でこの子を見ちゃダメよ! この子は私の妹にするの!」


「し、姉妹丼っ……! うお、鼻血が」


「どうしよう……この人達怖い」


 由良は恐怖した。ちよっと時間が空いたからと新入生なのに調子にのってゲームセンターに繰り出したらこれである。


「ねえ貴女、お名前は?」


「い、一年生の、五十鈴由良いすず ゆら、です……」


 由良はつい勢いに押され名乗ってしまった。個人情報は簡単に提示してはいけません。


「俺のバイト先の同僚です。ちな一緒にサウナ行く約束してます」


「してません……」


「ねえ由良ちゃん、部活動にはもう入ったかしら? もしまだなら空部に入部しない?」


「うーん、由良ちゃんは技術者として確かに欲しい人材なんですがね」


 同意いつつも、武蔵は渋った。

 昔からの友人なので、由良がなんだかんだでバイトや実家手伝いに忙しいのを知っているのだ。


「朝言ってたプロペラ制作は終わってるのか?」


「終わりました……今は、タイヤキの型を掘ってます……」


「じゃあやっぱりあまり無理強いは出来ないなぁ」


 プロペラ制作もそうだが、難しい仕事を受け持つものだと唸る武蔵。


「あのこいの形をしたお菓子ですね!」


 置いてきぼりをくって寂しんぼしていたアリアが会話に強引に加わる。

 彼女の勘違いを、妙子は丁寧に訂正した。


「アリアちゃん、こういう場合のタイヤキっていうのは鋳造の鋳型のことよ。金属を溶かして流し込む冶金技術のひとつね」


「つーかなんでこいなんだよ。たい焼きはたいだろ素直に」


「なるほど、職人技ということですね」


 最近はコンピューター制御の自動機械でタイヤキ制作も簡単になったのだが、それでも工作機械では出来ない個人の技頼りの部分は未だ存在するのだ。

 由良が任されているのも、そういった難解な箇所であった。


「凄いじゃない。いよいよ空部に欲しくなったわ」


「あ、あの、サイフを探してくれてありがとうございます。私もう行きますから……」


 どうあっても部活参加は無理なのだ。由良はこれ以上勧誘されても互いに利はないと考え、撤退を選んだ。

 そそくさと逃げ出す由良。本気で迷惑しているのを感じ取り、流石の妙子も追撃しかねる。


「逃げられましたね」


「もう! 武蔵くんが紳士的じゃないからじゃない!」


「何を仰いますか、超紳士的だったでしょう! あの子、確実に俺に惚れてますよ」


「……武蔵くん、犯罪するなら部を辞めてからにしてね」


 妙子は彼らが所属する同好会の存続の危機を感じた。






あとがき

雷間高校の制服は男子がブレザー、女子がセーラーです。

なんでそんな設定になったのか自分でもわかりません。いつの間にかそうなってました。

実際にあるんですかね、男女で制服の種類が違う場合って。

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