センチネルの鹵獲



『2045年4月15日』







「なんだこれ」


 武蔵は朝から困惑していた。

 昨晩届いていたという荷物。登校前にふと思い出し、中身を見るだけ見るかと彼はダンボールを開いた。

 そして中に入っていたのは、身長20センチほどの女の子のフィギュア。

 猫耳メイドさんの美少女フィギュアだった。

 少なくとも武蔵は注文した覚えはない。こういう趣味は彼にはなかった。


「お兄ちゃん、届け物の中身は……な、に……?」


 訊ねつつ覗き込む信濃の声も、語尾になるにつれ小さくなる。

 そして、兄に対して憐憫の目を向けた。


「……お兄ちゃん、現実の女の子と仲良くなれないからって、それは虚し過ぎるよ……」


「違う。いやこういう趣味を否定するわけじゃないが、違う。俺じゃない。というか信濃が注文したわけでもないのか」


「してないよ、こんなお人形さん」


 信濃は人形を手に取って観察する。


「これ、フィギュアじゃなくてドールだね。服が布だし、関節が動くみたい」


 へー、と上辺だけの関心をする武蔵。

 信濃はドールの腕を動かそうとする。

 パキリと音を立てて肘が折れた。


「いきなり壊したな」


「えっ、えっ? なんで? なんか動きにくくて、ついぐっとやっただけなのに?」


 武蔵はあたふたとする妹から人形を受け取り調べる。


「腕だけじゃなくて全身にサーボモータが仕込まれてるな。こいつは小さいアンドロイドだ」


 人形業界に詳しくない武蔵には適切な呼び名は分からなかったが、それはどうやら動く人形であるらしかった。


「直せそう?」


「直せるけど、直すのか?」


「そう言われると、別にどうでもいいかな」


 兄妹は顔を突き合わせ、頷いた。


「「こんなのどうでもいいから、早く学校行こう」」







 公立雷間らいかん高等学校。宇宙ステーション セルフ・アーク内にて設立されたこの学校は、しかしその珍しい立地とは裏腹に特色のない平凡な高校であった。

 この学校は勉学以外を切り捨てているというほどではないが、部活動についてはあまり力を入れていない。昨今の発展著しい宇宙工学に興味のある若者はほど近い鋼輪こうりん工業高等学校へと進学するので、むしろ雷間高校は文系の生徒が多い気すらある。

 武蔵の主観の話だが。

 ともかくとして、この高校は20世紀から21世紀にかけての平凡な学校風景を変わらず残しているスタンダートな学校といえよう。普遍的といえば面白みもないが、見た限りそれなりに風紀も設備も整った良質な学校だ、と武蔵は思う。

 大和武蔵がここを進学先に選んだのは、それが最大の理由といえた。ここならば空に関わることもなく、一般的な学生生活を送れること請け合いなのだ。


「大和武蔵さん! 貴方にエアレースの試合を挑みます!」


 請け合いはとうの昔に破綻していた。

 放課後、教室にてアリアに詰め寄られる武蔵。

 ヒートアップするアリアに対して、武蔵はとことん冷めていた。


「今日そこリベンジマッチです! 奴隷身分から開放され、かつ貴方にエアレースの世界へと戻ってきてもらいます!」


「何度でもコンテニュー可とか、ヌルゲーすぎる」


 入学式での決闘騒ぎにおいて、武蔵はアリアの駆る練習機に圧勝した。

 本当に同じ機体なのかと聞きたくなるほどの圧勝であった。熟練のエアレーサーと素人では、それほどまでに隔絶した差が出るのだ。

 そしてアリア・K・若葉は武蔵の奴隷となったのだが、さしもの武蔵も立場を利用して女の子を手篭めにする悪い意味での度胸はないわけであり。


「お前空部に入ったんだろ? あのデカパイ先輩にイロハを教えてもらってからリベンジしにこいよ、せめて」


 空部とはこの時代で使われる、スカイスポーツを行う部活動の通称だ。

 だいたいは『航空研究部』や『スカイスポーツ愛好会』などの正式名称を持っているのだが、いまいち統一されていないこともあって『空部』で大抵の場合通用する。


「あの人選手じゃありませんでした! 一人残されたマネージャーだそうです!」


 武蔵は納得した。

 どおりで、離陸の時点で『下手』と看破される程度の実力であった。


「だめじゃん」


「だめです!」


 入学数日、依然として武蔵はアリアに付きまとわれているのである。

 武蔵も健全な男の子。本来ならば美少女に構われるのは好ましい。

 しかし四六時中となると、色々不便も付き纏う。


「今日はバイトだ、せめて明日にしろ」


「それはこの一週間ずっと聞き飽きたのですが」


「そうか、ならこれからもそうかもな」


 武蔵は色々と面倒くさくなって、アリアを避けるようになっていた。

 勿論そこは美少女である。しかも武蔵の奴隷(笑)である。法的権利はなくとも、上手い具合に色々やれば色々ヤれるかもしれない。

 だが、武蔵は踏み出す勇気がなかった。人から見れば些細な一歩かもしれない、しかし当人にとってそれはベルリンの壁のように分厚く超えがたい絶壁となることもあるのだ。


「お兄ちゃんは生粋の鳥の人なんだよ。空を飛ぶ以上はずっと、これからも」


 帰路につくべく鞄を準備した信濃が、しんみりと指摘する。

 しなやかな髪を窓から入る風に揺らし、兄を想うその横顔の美貌には憂いがあった。

 武蔵は言う。


「なんか詩的なこと言っているみたいな顔しているが、お前俺のことチキン野郎だって揶揄しただけだろ」


「うへっ、うへっ。使い道がぁ、あるだけぇ、鶏肉の方がぁ、まだマシぃ! 謝ってぇ! 若鶏に謝ってぇ!」


 女の子がしちゃいけない顔で凄く嘲笑された。







 武蔵はとある工場でアルバイトをしていた。

 地球に住む単身赴任の両親からは充分な生活費の振込があるものの、学生とは意外に入り用が嵩む。武蔵は浪費家ではないが、金はあって困るものではないのだ。

 よって、彼は自分の技能を活かせる場所にて働いていた。

 そこは飛行機がひしめく、狭い建物だった。

 厳密にはそこまで狭くもない。体育館ほどはある。

 しかし、所狭しと並べられた機体の数々に圧迫感を覚えてしまうのも事実だ。

 セスナやDC―3といった有名どころから、ライトフライヤーからX―29などといった少数生産の実験機まで。

 いかなるラインナップか、古今東西ありとあらゆる飛行機がそこにはあった。

 その中を歩き、武蔵は雇い主に訊ねる。


「ハカセ、この過給器純正じゃないんですけど」


 武蔵が話しかけた相手はツナギを着た、年齢不詳の男だ。

 職人気質の気難しさと芸術家気質の抵当さ、そして若者らしい気の置けない寛容さを感じさせる男であった。

 その男は嘯く。


「あー? 機械なんて口金さえ合えば動くんだよ、世の中お高い純正だけで動いていると思うな」


「合わないんですが。インチ規格とミリ規格なんですが」


「削れ。削って合わせろ」


 無茶な注文に、武蔵は旋盤へととぼとぼ向かう。

 武蔵の働く工場はあまり真っ当な場所ではなかった。雑多な依頼が舞い込み、それを節操なしに受けるちょっとアウトローな現場であった。

 それでも技術の高さから評価は高く、武蔵としても技術を磨けて給料もいいことから不満は言わない。


「これじゃあ大昔の日本軍だ、そのうち五角形のナットとか出てくるんじゃねぇの?」


 不満言いまくりであった。

 工業製品とは好き勝手組み替えていいものではない。例え一時的に稼働したとしても、なんならの不備や負担が必ずあるものだ。

 そういう意味では、この工場はかなり劣悪である。部品はスクラップの山から外して使うし、足りないものは自作上等。むしろ外注したら負けとまで言わんばかりだ。

 それでもなおなんだかんだで動くものを仕上げ、仕事の完成度を維持出来ているのは、やはり店長たる『ハカセ』の才気あってことであろう。飄々とした年齢不詳の彼のことを武蔵ですらよく知らないのだが、時々舞い込んでくる大手航空業者の困難な依頼でさえサラリとこなしてしまうあたり超一流のメカニックであることは疑いようがなかった。

 そも、『ハカセ』である。

 この人物が何故ハカセなのか、武蔵はよく知らない。というか博士号を持っているのかすら怪しい。

 だが時に得体の知れないコネクションでとんでもない物を仕入れ、小規模な工場には不釣り合いな仕事を完遂してみせることから只者ではないと確信していた。


「武蔵ぃー。ちょっと、200Vの電源持ってきて」


「はい喜んでー」


 武蔵は手の平サイズの発電機を持っていく。

 煙草の箱くらいの大きさの、ポケットに入る程度の機械だ。


「そこのコンプレッサーに通電させてくれ」


 端的に要求を伝えられ、武蔵は発電機をコンプレッサーに接続する。

 当然ながら、普通に考えてこの小さな装置で200ボルトを供給出来るはずがない。

 武蔵としてもこの工場で働きはじめて初めてみた物だが、その出処はかなり疑問であった。


「ハカセ、これって電池じゃなくて発電機なんですよね。これの動力って何です?」


 作業の手を休めぬまま、武蔵は何気なく訊く。


「縮退炉」


「マジっすか……」


 凄い答えが返ってきた。

 縮退炉とは、現時点で実現不可能と言われている架空の機関だ。

 超密度の物質は特殊な性質を持つ、すなわち縮退状態と呼ばれる状態となる。

 ブラックホールなどを利用してこの縮退物質をエネルギーに変換する炉心を、いわゆる縮退炉と呼ぶ。

 宇宙進出を果たした現代においても完全にフィクション上の存在であり、このように気軽に出てきていい物ではない。

 ハカセは至って真顔である。それが冗談なのか真実なのか、武蔵には判断しきれなかった。

 だが、とも思う。

 この男はそんなつまらない嘘などつかない、と。

 武蔵は手の中の謎装置が急に重く思えた気がした。


「いやいやおかしいっしょ、なんらかの炉心にしちゃあ静か過ぎる」


 その手の知識も人並みにはある武蔵は、それが明らかに不自然な回答だと理解出来ている。

 原子力を始めとした炉心系の発電機は所詮は湯沸かし器であり、原理自体は原始的なものである、などと世間ではよく言われている。

 それは極端な話だが、同時に間違いでもない。

 縮退炉とは外燃機関なのだ。端的にいえば蒸気機関車と同じであり、基本的には何かしらがシュポシュポ吹き出していなければおかしい。

 その点、目の前の縮退炉は静かなものであった。人間の呼吸や鼓動の方がうるさいのではないかと思うほどに、静寂極まりない存在であった。

 とんでもねーアイテムである。

 勿論、原子炉にも色々ある。例外がないわけではない。

 例えば宇宙用の原子炉だ。近年実用化した宇宙用の核融合炉では光中間直接エネルギー変換方式というものが採用されており、これは原子炉から放出される中性子などが特殊な触媒によりほぼ全て光線に変換され、それをフォトダイオードユニットで電力に変換される。

 変換ロスによる熱放出はあるものの、基本的には核融合を直接的に電力に変換する方式であり、見かけの仕事としては武蔵の前にある、手の平縮退炉に近いものがある。

 なお、宇宙用核融合炉の大きさは一軒家より大きい。


「内部完結型の核融合炉だって最近できたのに、手の平縮退炉なんていきなり技術ツリーぶっ飛びすぎでしょ」


 武蔵の詰問に面倒くさってきたハカセは適当に答える。


「あれだ。核だ。核パワーだ」


「核万能論!」


 1950年代に流行した、なんでも核で解決する風潮である。

 武蔵の手は震えていた。あまりに唐突に、このような超技術を持たされていると知って恐怖したのだ。

 前々から知らず扱っていたとはいえ、知ってしまえば恐怖が沸くというものである。

 武蔵はしばし深呼吸を繰り返し、落ち着きを取り戻すべく努力した。

 ハカセは優秀だ。色々と破天荒だが、安全面でいい加減なことをする男ではない。

 この縮退炉も、おそらく二重三重に安全性を担保されているのであろう。


「はあ」


 ため息をつく武蔵。

 恐怖はある。技術者の卵として興味もあるといえばある。これを活用すればどんなことができるか、考えるだけで恐怖より好奇心が勝ってくるのを自覚する。

 我ながら度し難いものだと思いつつ、武蔵はハカセを改めて見た。

 武蔵の葛藤も知らず、いつものように作業を続けるハカセ。

 このように無茶苦茶な男であるが、じつのところ、武蔵はハカセという人物が嫌いではない。

 企業の最先端技術、その先を征くハカセ。

 彼の元で働けるのは、武蔵にとって僥倖であった。間違いなく彼はこの職場で自分がスキルアップ出来ていると確信しているのだ。


「俺―――ハカセに会えて良かったです」


「おいやめろ俺はホモじゃない」


 ハカセの始めてのマトモな台詞は、同性愛者であることの否定であった。


「そんな、俺との暑苦しい日々は遊びだったんですか!?」


「遊びじゃなくて仕事だ。つか早くそのエンジンの試運転を始めろ」


「へい」


 急かされ、武蔵は修理していた特殊なロケットエンジンを始動させる。

 冶金技術の結晶たる、一切の間違いを許されない金属の塊。

 リニアエンジン。これを扱える工場など国内に数えるほどしかなく、そしてハカセの工場はその1軒なのだ。

 他は大企業の整備工場であることを考えると、やはりこの工場は異常である。


「ん、いい具合に仕上がったな」


 高い笛のような音を上げ、レーザーのように推進剤を噴射するリニアエンジン。宇宙用で推力はロケットの一種としては低めなので、あまり派手さはない。

 派手ではないのはエンジンにとっては褒め言葉だ。爆音や大きな光は、エンジンの効率が悪いことを露呈させるものなのだ。

 リニアエンジンはパルスプラズマエンジンの発展型であり、基礎原理は同じだが出力を大幅に増したもの。

 あまり知られていないが、実はこれも博士の発明品である。


「ハカセって飛行機好きなんですか?」


 嬉しそうな彼の横顔に、武蔵はついそんな愚問をした。

 ハカセは驚いたように武蔵を見やり、そして答える。


「何を馬鹿なことを」


「そうですね、嫌いだったらこんな工場を営んだりは―――」


「飛行機より女の子の方が好きだ」


「それあるー!」


 ある意味似たもの同士の二人であった。


「そして飛行機よりも人型ロボットの方が好きだ」


「ええっと、それって美少女アンドロイドみたいな?」


 俺の雇い主ってロボ娘に欲情しちゃうタイプの人なのか、と危惧する武蔵。

 しかしハカセの嗜好はもう少し斜め上であった。


「いや、もっとこう巨大で剣とかビームサーベルとか振り回すような」


 それは武蔵にとって意外なハカセの趣味であった。それなりに長い付き合いだが、彼にそんな嗜好があるなど知らなかったのだ。


「まーたそんな、非合理の塊を」


 人型巨大兵器など実用的ではない。そんなことは、散々語り尽くされた話題である。

 そんなことはハカセとて先刻承知のはずだが、その上で愛好する者が多いのも事実だ。


「俺はそうは思わない。人型、ないしそれに類する兵器には一定の利点があると考えている」


「その心は?」


「かっこいい」


 堂々と言い切るハカセ。

 カッコよさならそれこそ戦闘機の方が上だろう、と考える武蔵であった。


「でもその手のプラモとか、ここで見たことありませんよ?」


「プラモデルじゃなくて本物が好きなんだよ。その縮退炉もその一環だ」


 なるほど、と武蔵は納得する。

 ロボットに限らず、乗り物は大きければ大きいほどエンジン出力を求められる。

 大きさに比例して、という話ではない。

 大きくなれば、体積はより加速度的に肥大化していくのだ。

 ビームサーベルを振り回すロボを作ろうと思えば、縮退炉とまではいかなくとも、相応に強力な主機を求められるであろう。

 世に出回る大量生産されたアンドロイドの大半が女性型あるいは中性的型の小型機なのは、小さくまとめる必然性があるからであって、別に設計者の趣味だけではないのである。

 たぶん。


「で?」


「なにが『で』なんだ?」


「美少女アンドロイドは作らないんですか?」


「作るわけないだろ。巨大ロボットのノウハウを得るのに、どうして美少女が必要なんだ。というか市販品があるだろう」


 必要は発明の母というわけではないが、需要があれば供給がある。

 男子の夢、美少女アンドロイドは既に実用化されていた。

 女性の人権問題や少子化の問題など、販売にあたって反論は幾つもあった。

 様々な業種や利権からの妨害も、多くあった。

 だが主張は性欲には勝てなかった。

 結局世の中は多数が動かしている。

 抜かれぬことなき聖剣の勇者達の戦列を前に、あらゆる主張は薙ぎ倒された。

 斃れてもなお諦めることを知らぬ不滅の勇者達を前に、異論を上げていた者達も矛を収めたのだ。

 彼らは一様に言った。

 「コイツ等はもう駄目だ、放っておこう」と。

 ……だいぶ話が逸れたが、とにかくロボ娘は実在する。


「そこはほら、ハカセの技術力で特別に凄い美少女アンドロイドとか」


「お前は美少女アンドロイドに何を求めているんだ」


 武蔵は自分の願望に正直に生きることを誓った男である。

 欲しい物は得るために行動し、見たい物は見る為に動くと決めた。

 願望という曖昧なものに対し、どこまでも合理的に最短距離を往くと決めた男だ。


「ハカセ、俺は思うんです」


 真摯な瞳で彼は願う。


「彼女が欲しいけど、美少女アンドロイドもそれはそれで欲しい」


「コイツはもう駄目だ、放っておこう」


 ハカセは悲しげに首を横に振った。


「作ってくださいよー! 美少女とか! 巨大ロボットとか! 巨大美少女とか!」


「お前全長18メートルの美少女欲しいのか?」


 武蔵は想像した。

 ビルより巨大な美少女。


「スカート丸見えですね、はしたない!」


「もっと注意すべき点はあると思うぜ」


「かーっ! これだから巨大ロボットに欲情する人は!」


「してねえよ。さすがに欲情はしねえよ」


 武蔵は不貞腐れた。

 彼はハカセの技術力には全幅の信頼を置いている。

 そんなハカセ謹製の美少女ロボ、実に魅力的な夢想だった。

 ハカセはそんな武蔵を見て、溜め息を吐く。


「手慰みだよ、所詮」


「自分を慰める行為ですか、いやらしい」


「お前があの妹の兄だと痛感するよ」


 信濃と同類と指摘され傷付いた武蔵は、一つ咳払いして話題を若干巻き戻す。


「ところで、仮にこいつが縮退炉だとして、電力量は如何程?」


「ざっと100万キロワットってところだな」


 一昔前の原子力空母かな?

 武蔵はただ唸るしか出来なかった。


「まあ巨大ロボのお約束であるレールガンやビーム砲は、やたらと電力食いそうですけど」


 これらSFな兵器を運用しようと思えば、確かに100万キロワットくらいは必要となる。

 というかあるいは、足りないかもしれない。


「確か最新鋭の護衛艦はこれくらいの核融合炉が積んであるんでしたっけ」


「そうらしいな。100万キロワット級の核融合炉が8基も搭載されているとかなんとか」


 兵器が稼働に必要とする電力は年々増加している。今時、軍艦は基本的に核動力が普通だった。

 もちろんそれらは手の平サイズなどではない。先程記されていた通り、1基で部屋を専有するような巨大な装置となっている。

 基本的には1隻につき1基か2基だが、一部の大型艦にはより多くの原子炉が積まれている。

 それはダメージを受けた際のリスク分散であり、大型原子炉を開発するより普及型原子炉を複数搭載したほうが安上がりというコスト削減のための構造だった。


「下手な国なら1隻で全ての電力が賄えるって、とんでもない話です」


 そして、そんな発電機が1基分とはいえ、手の平サイズに収まっているなどなおのこと、とんでもない話である。

 だが武蔵は、この謎の装置を割と気に行っていた。


「なんというか、いいですよねこれ」


 気軽に持ち運べる電源。

 作業員にとって、字面以上に便利なアイテムだ。


「ハカセ、これ普及させませんか? 大儲けですよ?」


「馬鹿言うな。縮退炉だぞ縮退炉、そんな気軽に扱えるか」


 ハカセは縮退炉を指先に乗せて回しながら言う。

 扱いがどこまでも気軽だった。


「だいたい贅沢なんだよ、最近の若いやつは」


 武蔵は閉口した。

 遂に年齢不問のこの男から、「最近の若いやつは」を貰ってしまった。

 武蔵は彼を憐れむ。その言葉はおっさんへの片道切符なのだから。


「お前は知らんだろうが、今の工具だって充分ワイヤレス化してるんだぞ。20世紀末にリチウムイオンバッテリーが登場して、世の中は随分便利になったんだ」


「はあ。リチウムイオン蓄電池なんて骨董品、容量小さくて何も出来なくないですか?」


「それ以前の充電池なんて鉛電池だ。あんな重いバッテリーを工具に内蔵させるわけにもいかないから、工具は全部外部電源だった。電源やらエアーやら繋いでな」


 勿論それ以外にも様々な充電池があったが、どれも決定的に主流になるほどではなかった。

 携帯電気機器が爆発的に普及したのは、やはりリチウムイオンが発明されてからだ。


「今のバッテリー技術ならインパクトも一週間は保つんだ、贅沢を言……」


 そこで言葉を途切れさせるハカセ。

 どうしたのかと武蔵が視線を向けると、彼は不意に提案した。


「……ほしいならやろうか、縮退炉」


「え、マジで?」


「まあ、幾つかあるからな。お裾分けだ」


 このオーパーツが複数量産されているという真実。


「まあ、貰えるなら貰っときます。タダって素晴らしい」


「そうか、お前ならそう言ってくれると思っていた」


 ハカセは満足げに頷き、縮退炉を武蔵に放り投げた。

 オーパーツをぞんざいに扱うのホンマやめてほしいと、ギリギリでキャッチしつつ思う武蔵であった。







 武蔵はバイトから帰宅した後、縮退炉をどう扱うか悩んでいた。

 携帯端末のように持ち運ぶにも微妙に邪魔くさい。いっそ携帯端末と一体化させるか。あるいは有り余る電力を活かして自走機能でも付けるか。

 考えていると、ふと朝に開いたダンボールを思い出した。

 謎の猫耳メイド人形。腕の修理くらいすぐに出来る。

 武蔵は部屋を探し、適当な材料を揃える。

 お人形さん、壊れた競技用のドローン、古い携帯端末、そして縮退炉。

 それらを電子工作で組み合わせ、完成させる。

 それは、空飛ぶ猫耳メイドの人形であった。


「なにこれ」


 作ってから我に返った武蔵であった。

 ドローンに使われたモーターも高出力のブラシレスタイプであるため、縮退炉が搭載された彼女は半永久的に飛び続ける事ができる。

 これで電源が勝手に飛んで付いてくるわけだが、完成したのはあくまでハード面だけだ。勝手についてくるプログラムなど入っていない。

 更に言えばメイドさんである必要もない。


「とりあえずフリーソフトの人工知能でもインストールしとくか?」


 端子をパソコンに繋いで、適当に検索して出来たアプリを彼女に入れる。

 今時、人工知能は気軽に扱える程度のアプリケーションでしかない。

 とはいえしているのは擬似的な人格を持つ簡易なものだ。人間らしく応対して、人間らしく考えるように見えるだけのプログラムである。

 本当の意味での、人間と同等の感情を有する人工知能は制作不可能。そう結論付けられたのは何時だったか。

 詳しい理屈までは武蔵も知らないが、完全に人の心を持つ人工知能などがあれば人権問題なども出てくる為、これで良かったのだと言う人も少なくはない。

 とにかく武蔵に出来るのは、既存の汎用人工知能を入れて、ステータスを多少設定するくらいだ。


「こういうのが得意なのはむしろアイツなんだがな……」


 武蔵はかつて親しかった長い黒髪の少女を思い出していた。

 ソフト面においては武蔵を遥かに超える知識と才能を持っていた少女。彼女に今更助力を乞うことなんて出来ないし、そもそもこんなくだらないことで連絡する気もない。


「お兄ちゃん、ちょっと切なすぎるよ……」


 声に振り返ると、信濃がこっそりとドアを開けて武蔵を観察していた。

 妹かれすれば、それは必死に美少女ドールを動かそうとする兄にしか見えない。

 信濃は居た堪れない気分となった。


「その目をやめろ。憐れむな。携帯端末で写真を撮るな!」


 武蔵は信濃を押して部屋から追い出す。

 ドアに施錠し、やれやれとパソコンデスクに戻る。

 やれやれと画面を見直して、目を丸く見開いた。


『警告 クラッキングを受けています。直ちに接続を切断してください』


「はあ!?」


 それは悪質なサイトの嘘の表示ではなく、元々入っていたアンチウイルスソフトの警告画面であった。

 アンチウイルスソフトが本来自動で接続を切るところだが、それすらもハッキング側は突破しきたのだ。

 ウインドウが幾つも不規則に開閉し、ソースコードが改変されていく。

 再度アンチウイルスソフトの画面が表示された。


『訂正 先程の警告は誤報でした。安心してインストールを続けてください』


「絶対嘘だこれ!」


 自分に対処出来る状況ではない。

 武蔵はインターネットとの接続を切ろうとするも、その操作すら受け付けない。

 最後の手段。武蔵は迷わずパソコンとモデムを繋ぐケーブルを外そうとして―――


「うおっ!?」


 ―――猫耳メイドの人形が突っ込んできて、それを阻害された。

 彼女はパソコンとケーブルを繋がれたままだというのに、それを無理やり引っ張って飛んできたのだ。

 なんでこんなにパワーがあるんだと困惑し、武蔵は自分で縮退炉と高性能なドローンのパーツを組み込んだのだと思い出す。

 重量増加に対応するために強力なパーツを組み込んだことが、まさかの形で裏目に出た。

 彼女はぎこちない動きで両手を左右に開き、武蔵がパソコンに触れることを邪魔する。

 猫耳メイドドローンの背後で、パソコンの画面上のインストール画面が進んでいく。

 武蔵は手近にあった枕を振り回し、メイドを叩き落とそうとした。

 だが、間に合わなかった。

 インストール終了の表示と同時に、猫耳メイドは自らから伸びる端子を小さな手で外し、ふわりと天上近くまで逃げる。

 唖然とする武蔵を見て彼女は微笑み、ゆっくりと降下しつつ優雅にカーテシーをしてみせた。

 そして、明らかに感情の宿った瞳で名乗る。


『始めまして御主人様。私の名前はタマだにゃ!』


 あざとい。

 武蔵の第一印象は、その胡散臭さに尽きた。







 とりあえずパソコンをフォーマットしつつ、武蔵はタマと名乗った猫耳少女ドローンについて調べた。

 とはいえ多くは判らなかった。タマは端子を繋ごうとしても拒否し逃げ回るのだ。

 基本的に敵対行為はしなかったが、必要とあらば武蔵に体当たりやドローンのプロペラで攻撃してくることすらあった。

 彼女にはロボット三原則が適応されていないらしい。


「なんなんだお前は、人工知能なのか?」


『ですにゃ。タマは可愛い人工知能ですにゃ』


 あざとく猫の手を作って自らの顔をくしくししてみせるタマ。

 可愛らしいのだが、実にわざとらしい。


「お前どこかとアクセスしてるだろ。本体はどこの誰だ?」


 彼女が無線機能でどこかと通信していることは突き止めた。このリアクションは、どうやらネット回線の向こうで誰かが操っているらしい、ということまでは判ったのだ。


『タマに中の人なんていませんにゃ』


「電波暗室にも放り込もうかね」


 無駄だろう、と武蔵は最初から諦めた。

 タマはすばしっこい。武蔵には捕まえられる自信がなかった。


「……捕まえられない以上は仕方がない」


 電池切れもしないのだ、もうどうしようもなかった。

 武蔵は悩んだ末に、溜め息と共に諦めた。


「俺に協力的に行動する気はあるんだな?」


『タマはメイドだにゃ。もちろんなんでもするにゃ』


「じゃあそのメイド服を脱げ」


 物は試しにと無茶ぶりをしてみる。

 タマは無言で近くにあったペンをランスのように構えて突撃してきた。


「おいやめろ殺傷力が強すぎる」


『御主人様は変態だにゃ。死ねにゃ』


「なんて人工知能だ。いや人工知能なのか?」


 タマの口調や表情、行動の機微はあまりに人間的過ぎた。

 既存の人工知能に感じる不自然さがなく、ネットの向こうで彼女を操るのが生身の人間であると考えた方がしっくりと来る。

 だが、その応対の速度はたしかに人工知能のそれなのだ。計算能力なども問答で確認したが、明らかに人間の速度ではない答えを出してきた。


『タマは人工知能なのにゃ。それも、本物の人工知能だにゃ』


「それは、心を持っているということか?」


『にゃー』


 頷くタマ。

 武蔵は厄介な奴を作ってしまったと頭を抱えつつ、その後も色々と試行錯誤をしていくのだった。







 着替える現場を見ないなら衣装チェンジには応じてくれるとのことで、武蔵は色々と試してみることにした。


「透明な服は駄目、ビキニもアウト、バスタオルは何故か許可……くそっ、なんとかタマの認識を誤魔化す方法はないか?」


 タマはメンタリティーも女性に準じるらしく、ガードがなかなかに硬かった。

 接触も、手などといった差し当たりない部分にしか触らせてくれない。スカートを覗き込もうとしても踏まれるか蹴られる。ならばと露出の多い服を着させても拒絶される。

 鉄壁であった。難攻不落の万里の長城が如き長大重厚な鉄壁であった。


「くそっ、なんとかプロテクトを突破する方法はないか?」


 完全に目的が迷走していた。


『どしたのですか、ご主人様? ……にゃ?』


「今、語尾言い忘れてたろ」


 唸る武蔵を、タマはキョトンとした面持ちで見つめている。実に人間らしいアンドロイドである。

 武蔵はマネキンで興奮する趣味はない。しかし、タマは機械と解っていながら血が通っているかのように生物らしい気配がする。脱がせたい。


「そうだ、時間経過で変質する服ってのはどうだ?」


 時間が経てば透明になる、あるいはボロボロと崩れ落ちる服。

 これから着る時点では普通の服なので、タマのプロテクトを突破出来るかもしれない。

 武蔵は自分の発想が恐ろしかった。


「……疲れた。もう寝るか……」


 機械について多少学んでいるとはいえ、科学と化学は別物である。

 武蔵には時間経過でボロボロになる服を作る技能はなかった。

 これは長期戦となる、そう判断した武蔵はいい加減休むことにした。


「だが―――覚悟しておけ、タマ。俺はお前を、絶対に脱がす」


 決め台詞を告げ、武蔵はベッドに潜り込んだ。


『アホなご主人様だにゃ。ちょっと散歩してくるにゃー』


 タマは窓から出ていく。

 とんでもねー人工知能だと武蔵は瞼を下ろしながら思うのだった。







あとがき

前話で感想やポイント催促をしてしまいましたが、これ違反なんですね。

以降気を付けます。

なろう民なのでカクヨムは初めてなのです。なんでもするから許して。

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