第65話 激突 最恐 VS 最強 終局――『六曲目 歯車』


 世界を創造するのも壊すのも運営の自由意思だとするなら、気まぐれで世界を壊すのが進撃の神災者こと『最恐の神災者』の異名をこの後手に入れる紅の本質なのかもしれない。この名が戦いの後、全世界に広まることになる。彼はそれだけのある種の偉業を成し遂げるからである。


 ラスト一分足らず。

 多くの者は息を呑み込んだ。

 頭から水を被ったように汗水を垂らし――考える。


「えっ……これ引き分けとかある?」


 そうだ。ここにいる観客たちは賭けた。

 紅か朱音が勝つ方に。

 引き分けなんか起こるわけなんかないと多くの者が嘲笑いながら。


「ちょっと待て……サーバー負荷考えて試合を遅らせた意味これじゃなくね!?」


 ある者たちは気づいた。

 ブラックホールなんて……再現dek――。

 あれ……嫌な予感が――。


「おや? 友人よ。私の会社が日本でどうなったか覚えているか? ほほっ、やっぱり若いもんは面白いの~。わしら年寄りなぞ……」


「ふざけるなぁ! ワシの人生を費やしたこの世界が崩壊などあってたまるか!!!」


 特別VIP観客室では一人は愉快に笑い、一人は怒鳴った。


「エリカ? アンタね、こんなでたらめを吹き込んだのは?」


「宇宙にはね……既に何十兆って存在するって言われているし、今さら一個や二個増えても誰も気づきはしないわよ~。まぁ再現なんて出来ないだろうけど、それくらいすれば倒せるかもね♪ とは言ったのは認めるけど……まさかこんな形になるとはね……未来は誰にもわからないわね……」


「「「それを朱音さん(お母さん)にする度胸と根性と行動力相変わらず凄過ぎ……る。てかでたらめ……すぎでしょ」」」


 彼を理解する者たちは「あはは……」と呆れと後悔、冗談言うんじゃなかった、など思い思いの感情を抱いた。


 なぜ観客である者たちまで命の危機感を覚えるかなど……もう今さらなので全て割愛させて頂こう。


 この瞬間においては、世界を支える世界樹のように見える零度樹がミシミシ軋む音はそれだけ周りに不安を与える音となっているのだ。まるで零度樹が苦しみの声を上げているようだ。氷で出来た繊維がぶちぶちと切れては修復されるが、あまりにも巨大な隕石はそれでも止まらない。


 連続して放たれるカミソリのように鋭いパンチは紅の顔や身体を掠めるもしっかりとは当たらない。

 息をすることを忘れ、無酸素運動状態の紅は全神経を攻撃回避に集中させる。


「あぶねぇ……」


「意外に冷静なのね……チッ」


 ん? 違和感を覚える朱音。

 いつ振りだろうか……本気の舌打ちをしたのは。

 そもそも舌打ちとは自分の思い通りにいかない時にイライラして取る行動のことが多い。

 自分を冷静に見つめ直した朱音は自分の本質をようやくする。


 既に――ダーリンの前では必死になっている自分がいるのだと。


 才能と努力の果てにを手にして失われた感情。ソレが甦り、既に救われていることに気付いた朱音は紅と同じ境地にこの瞬間足を踏み入れる。

 朱音の持つ圧倒的な経験則とPS(プレイヤースキル)がソレをコピーと同時に自身の物へと昇華させた。

 それは対峙する紅にとっては――最悪の三十秒耐え抜きレースが始まったことを意味していた。


「軽い! 軽い、あり得ないぐらい身体が軽いわ! ~失われた 高揚感を求める魂たちが鳴く♪ 信じられない 誰も 最後は独りぼっちの荒野に立たずむ魂♪ ~英雄はいつの時代も存在して 誰かを救済する存在♪」


 触れても壊れない相手。

 倒してもすぐに立ち上がってくる相手。

 圧倒的な力で潰して壊しても、すぐに純粋無垢な笑みを向けて挑んでくる相手。

 最強になっても一人にならない。

 最強になっても横や真後ろをぴったりと付いて離れない相手。

 まるで影のような存在。

 最強のライバル――紅(蓮見)!


「あ~、そうよ、そうよ、私が求めていた人。さぁ二人で最後の舞踏会を楽しみましょう。~なにかが音立てて動く まるで動くことを忘れた時計の針が動くように 運命の歯車が活動を再開する♪」


 空になったMPポーションの瓶が一つ消えていく。

 それは風前の灯火となっていた朱音のMPが全回復したことを意味する。

 戦場で歌声が聞こえる。

 その音楽に感化され、再び紅の頭が覚醒する。


「、、、~♪ 礎となった仲間のために立ち上がれ! 宿命の英雄はいつも皆の救世主として立ち上がれ! どんな時代でも乗り越えていける力を持つ者よ!!!」


 ラスト三十秒!

 ラストスパートをかけるようにサビが流れ始めた。

 肺の中の空気を全て吐き出して大声で歌い始めた紅を包む全身の炎がボォーと音を大きくして燃え上がる。瞬間、身体が軽くなったと錯覚した少年の動きにキレが復活する。残像が残る攻撃を的確に捌いていく紅の姿は水を得た魚のように今までの中で最高に活き活きとしている。


「「~心が魅かれる相手は最強(最恐)だとしても~心を奮い立たせて正義の一歩を踏み出せ♪」」


 偶然か必然か。

 二人の歌声がシンクロした瞬間――。

 理屈を無視して紅もまた朱音と同じ境地に足を踏み入れた。


「……ッ!?」


 にこっ。


「…………」


「最高♪」


 防戦一方だった紅が勝つために全身全霊の反撃に出たことで両者の激しい衝突が始まったのだ。

 隕石落下まで残り二十秒。


 二つの拳が重なり衝撃波を生み炎の海を切り裂き、空を切る回し蹴りが弱まった炎に息吹を与え燃え上がらせる。


 一刻一刻と過ぎていく時間。


 紅が勝つには最低でも後十秒生き残ることが必要。

 朱音が確実に勝つには後十秒以内に紅を倒すことが必要。


 運命の歯車が導いた、ラスト十秒。

 至近距離で大きく息を吸い込んで再度集中する二人の姿がそこにあった。

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