第64話 激突 最恐 VS 最強 終局――『六曲目 …………』


 最後の曲になるであろう六曲目『………』。

 今日は途中から意識しなくても頭の中に音楽が勝手に流れてくると思った紅はそのまま身を任せることにした。

 肺の痛みにもようやく慣れた。

 なぜだが息苦しく、注意力や記憶力の低下、頭痛と言った症状も出てきたと脳が判断するも戦いには支障がないと強行突破の判断を下す紅の頭はアドレナリンの過剰分泌で可笑しくなっていた。

 だけど――ここで脳に異変が――起きた。


「……こいよ?」


 全て吹っ切れた。

 もうやせ我慢をしても演技にしかならない。

 音楽が……止まった……。

 えっ――紅は言葉と手で挑発する。

 まだだ。まだ、終わるな! 俺!

 全身が痛い!? ふさけるなぁ!

 諦めない意思――自らを追い込み、最後まで奮い立たせる。


「……ん?」


 朱音の鋭い眼光が進撃の神災者の身体に突き刺さる。

 正真正銘、最大レベルで警戒を始めた朱音は微笑みを見せて紅を慎重に観察する。

 朱音は安い挑発に乗らない。

 既に朱音は取り繕っているからだ。

 心臓が苦しいと叫んでいる。

 地上の酸素が炎によって消費され、濃度が薄くなり大幅な身体の回復は既に見込めない。

 朱音は認めるしかなかった。

 奇策大好き少年に確かに今追い込まれ危機感をおぼえていることを。

 故に――。


「その必要はないわ。次で決める……から」


 その一言は紅が今まで受けてきた言葉の中で一番重く、一番無視できない、そんな言葉だった。もし言霊が本当に存在するのなら、言葉に宿った重圧を今なら証明できる。そう思う程に紅は全身でその言葉の重みを受け止めた。


「そうか――だったら」


 大きく息を吸い込んで集中する。

 呼吸をする暇があったら一秒でも時間を短縮する。

 そう心の中で叫び、自分に言い聞かせた紅の両眼が赤く光る。


 紅蓮色の瞳。

 鮮やかな色をした瞳は朱音が身に纏う絶対零度とは対照的に紅の体温維持をするかのように全身を炎で包み込む。これが今の神災モード。そしてアドレナリンなどと言う目に見えない物ではなく、紅の新しい力はモチベーション一つでその効果をマイナス二もプラスにもする。


「行くぜ! 紅蓮忍法帳! 燃える心よ――明日を創造しろ!」


 装備を捨て赤褌姿になった男は言葉と同時に燃える炎の中に逃げるように走り始めた。既に空中に出来た足場が予測困難な動きを可能にし朱音の視界から逃げるように動き回る。


「速い!? だけど逃がさ――」


 急いで追いかけようとした朱音の足が止まった。

 まるで目に見えない足枷を付けられたかのように。


「神槍レクイエム愚か者に死の鉄槌を」


 槍がどす黒いオーラを纏い朱音の手から離れる。

 絶対必中の槍。

 その槍から逃れられた者は数少ない。

 迎撃、絶対防御、方法は幾らかあるが、時速100Km/H を超える槍相手にそれをするのは技術がいる。


「上等!」


 地上では分が悪いと判断し、雷雲の上に逃げた紅。

 その後右手の平に意識を集中させて、吸収と圧縮のスキルを使い力を溜めていく。

 大気中に存在する――最後の希望――神災。


 ではなく、紅は虚像の短剣を片手に持ち連呼する。


「巨大化、巨大化、巨大化、巨大化、巨大化、巨大化、巨大化、巨大化、巨大化、ポーション! 巨大化、巨大化、巨大化、、、巨大化ぁ!」


 そして創り出した。

 新たな神災を。

 いや――完成された神災を。


 直後槍の一撃を受け、手から力が抜けていく――。

 神災を持たない手から一つの瓶が落ちていく。


 遂にやって来る、悪魔の再臨の時間。

 

 さらに、


「組手なら付き合うわ♪」


 全プレイヤー最速の紅と同じ境地に足を踏み入れた朱音が満面の笑みで目の前までやって来る。


「やっぱり死なないわね♪ いいわ、それよ、それ! 私がこの世界を救う主人公になるわ、うふふっ」


 もう何年も忘れていた初心者だった頃、感じていた高揚感を思い出す朱音。

 苦しいはずなのに――身体はこの状況を喜んでいる。


「……げほっ、げほっ、そうかい……俺様表裏究極全力シリーズ『ブラックレクイエム』。『ア・ビアント』で核を引きずりだしたその先に待つのは一体なんだろうな……へへっ」


 紅専用の道と私専用の絶対零度で作った足場を掛け合わせた者は酸素不足によって起きた全身の強い痛みに耐え、ラストスパートをかけるため危険分子に高速接近した。


 対して危険分子判定された悪魔は口から血を吐きながらも悪い笑みを浮かべ、を地球に向かって手放した。


 概算で客観的に見るならば、地球崩壊まで残り一分足らず。


「絶対零度! ダーリンの攻撃は私に任せてアレを全力で止めなさい!」


 地上から伸びる零度の大木は無数に枝分かれして、巨大な水の塊を受け止める。

 水の一滴もこぼさないように巨大な盆に変形したそれは必死に抵抗する。

 一秒でも悲劇を遅らせるために。

 それは人類の未来のためにも。


 それは――。


 それは――。


 それは――。


 そ、れ、は、


 この世ごと消し去る隕石に見立てた鏡面の短剣を阻止するために。

 朱音の格闘戦はMP回復と同時に紅をそれまでに殺す算段の二つの意味を兼ねていた。

 だが、巨大な塊となった鏡面の短剣は重力に身を任せ落下を始める。

 燃え盛かる地上で超新星爆発がもし起きたら――。

 次に大量の水が地上を消し去り出現するマントルにもし届いたら――。

 それは超新星爆発による恒星の最後――の誕生を意味する。

 それが発動すれば全ての生命体は確実に絶命する。

 例え――最強でも。


 完全再現出来ればの話ではあるが…………。

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