第41話 紅の存在意義


 紅は視界の左上にあるMPゲージを再確認し自分が今使える量を正確に把握した。

 約束したから。


 ■■■


『アンタを信じる。だからお願い。誰もがアンタと戦いたくなるような最恐に今度こそなって。私のお父さんはアンタと同じくらいバカでアホ。だけど私たち家族のためにいつも一人頑張ってたのを私は知っている』


 ホテルの一室で若い男女が向き合う。

 手を伸ばせば届く距離の二人は真剣な表情で立っている。


「…………」


 男は答えない。


『私の家借金が物凄くあったの。でもお父さんは俺が何とかするって言って七年で多額の借金を返済した。当時癌が見つかって療養中のお母さんの治療費もちゃんと用意してくれた……でもね、お父さんいつも言ってた。開発やプレイヤー、観客の誰もが心躍るラスボスを用意するのは俺にはできないって。だからもし良かったら高校を卒業したらゆかりが俺の後継者になってそんなラスボスを用意して欲しいって』


「たちばな?」


 大事な話があると言われた蓮見は真剣に橘の話を聞く。


『人は強くなれば負けたくないと思い、負けてばかりだとつまらないと思い、ずっと遊んでいると飽きたと思い、わからないまでが楽しくてある日攻略方法がわかると突然ゲームが面白くなくないと思い、ってそんな感じでとても我が儘な生き物なの。でもどうしてかな……美紀がいなかったらアンタとは話そうとも思わなかった。だって美紀ね、いつもアンタと私が仲良くなったらどうしよって不安に思ってたから』


「不安? なんで?」


「わからない? 美紀はアンタのことが好きなの。だから必要以上に異性が近づくことを心配したんじゃないかな。それにいつも私と二人きりの時はアンタの話ばっかり。そりゃアンタに対して色々と興味が少しはでるわよね、私も」


「え?」


『美紀が言ってた。エリカって人が本気でアンタのことを好きで現実でも最大の敵だって。後は変態姉妹の二人もアンタのことを好きだけどあの二人はまだいいって。アンタって意外にモテるのよ、たぶんね』


「…………」


 心の奥底で何かがチクっと痛みを覚えた。

 蓮見の意識の奥底では何か思うことが……あるのかもしれない。


『まぁ人として見てて面白いバカではあるけど。だからね、お願い。アンタが器用な人間じゃないことは知ってる。でも、誰かのために頑張るなら私のスキルもあげるから新しいアンタで私のお父さんを含んで今度はアンタのエンタメをして欲しいの』


「たちばな……さん?」


『プロの敵になって蓮見。私は蓮見を選ぶ――私のお父さんが目指したラスボスはアンタしかいない。それと忘れないで――エリカって人がアンタと急に連絡を取らなくなった理由は私がお父さんと協力してアンタと再会させることを約束したからよ。裏で協力してもらったの、アンタをここに呼ぶために全て仕組んだの、私が。私は高校を卒業したらお父さんの後継者として次期責任者としてお父さんが務める会社に最初から役職者で入社するの。だからその力を使った。ごめんね、表沙汰にはできないの、これ。だから今まで黙ってた、ごめん』


「……???」


 いや、家が金持ちでお嬢様エリートコースを歩むだろうってのは皆薄々知ってるぞ? とは流石に言えない蓮見。

 今は学校の男子たちの中では有名な話は置いておく。

 皆、紐生活が送るとしたら結婚したいランキング上位……など諸々。。。

 理由を聞かれたら多分数日は消えないモミジが幾つか頬っぺたにできそうだから……。。。


『要はね、美紀とエリカって人はどんな形でもいいからアンタとの再会を強く望んでいるの。女って不思議でね、好きになったら中々忘れないのよ、その人のこと。だから……いや、いいや。もうこの際ハッキリ言う。私も女ってこと。同じ部屋に監視役とは言え二人きり……嫌いだったら絶対に嫌ってこと』


「…………全部本当?」


 橘は真剣な表情で頷いた。

 橘ゆかりは某責任者の娘でエンジニアとしての才能は学生レベルを大きく超えておりその才能は一級品。

 美紀と仲良くなったきっかけはゲームの話。

 なぜゲームをしない橘と美紀がゲームの話で仲良くなったのか……。

 そう考えた時。

 答えは一つしかなかった。

 ゲームに直接関わらなくても間接的には昔から何かしらの形で関わっていてその影響力は責任者と同じく小さくはない。

 学校が素直に蓮見の休学を受け入れた時点で大きな力が外からだけでなく内からも絡んでいること。学校に対して最初から繋がりを持っていたからこそ最恐をここに呼ぶことができた。

 蓮見の理解者は既に外だけでなく内にもいて――。


『私は【】の蓮見が好き。現実世界のアンタは……』


「おい!」


『あはは~冗談よ』


 始めて見せる柔らかい表情に蓮見はドキッとした。


『私の演技はここまで。蓮見……誰よりも私は信じてるよ。私が大好きな家族の夢を叶えれるのは【】。ゲーム頑張ったら蓮見が好きなハーレム世界(恋愛戦争)の主人公になれるよ、ご褒美これじゃ不満?』


 なんだ、そういうことか。と一人納得した蓮見。

 美紀との懐かしい思い出が蘇った。

 突然好きな人がいると告白してきてからのキスや添い寝。

 今考えればそうだと納得ができる。

 エリカとの思い出だってそうだ。

 いつも優しく甘やかしてくれたり、大人の誘惑をしてきたり。

 キスや手料理だってそう。

 エリカの好意は言われて見れば沢山あった。

 他の女の子もそうだ。

 あれは全部意地悪じゃなかったのだと知った。


「んな、わけあるか。なら橘も俺のこと好きってことでおっけ?」


 開会式前。

 もうすぐ自分の役割を果たすため、サプライズ参戦する者としての見せ場がやってくる。なのに緊張が一瞬で吹き飛んでしまった。

 鼻で笑い自然に出た微笑みは悪いものではなく。

 どこか、こう……なんというか蓮見にとって清々しく気持ちの良いものだった。

 今までモヤモヤしていた物が一気に解決したような、感じ。


『ゲームの中の蓮見は生き生きしてて好き。現実世界は……う~ん、どうかしらね。だから蓮見からの告白まだ答えてないでしょ?』


「あっ……」


『ちょっと……アンタねぇ……告白しておいてそれはないわよ。まぁ、いいや。もしかしたらこれ以上惚れるかもしれないし、精々頑張ってみたら、ラスボスを』


 橘ゆかりの本性がこれなんだ、と納得した蓮見は「わかった。俺でいいんだな?」と最後の確認をして寝ている間にアップデートされたゲームの世界にログインした。

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