第15話 目覚める煩悩


 百五十本の毒矢を一斉発射する。


「さぁ、あの時出来なかった俺様全力シリーズ疾走爆風乱舞ワールドの開演だ!」


 広範囲に毒矢を操り飛ばす。

 タイミングを見計らっているのか、狙いは碧しかいないはずなのに毒矢は広がって宙を縦横無尽に飛んでいる。


 ここで勘の良い者たちが気づき始める。

 今の紅の装備は……忍者衣装。

 それは竹林の森イベントの時使われたまま……。

 つまり性能はエリカ特性であることから……。


「笑止!」


 自分の心臓に操る毒矢の一本を刺してHPゲージを減らす。


「なにをする気……まさか?」


 碧がそう思った瞬間、彼女の勘が的中した。

 神災モードとなった紅が毒矢を足場に疾走し始めたのだった。

 あまりの速さに二人、三人、四人と残像が見える。

 過去に俺様戦闘機として毒矢を使ったり、天守閣攻略時(本編363話)に飛んで来る砲弾を足場に空を翔けた男にとってこれくらい朝飯前と気づいた時にはなっていた。


「ならここで一曲。走る~走る~俺様~今日も大空を自由に羽ばたくよ~♪」


 頭のネジが外れている。

 なんてレベルではない。

 初見で此処まで自由気ままに動かれてこれを攻略しろと言われても難しい。

 というか、碧では無理だ。彼女自身この時、そう感じ始めてしまう。

 ここに来る前の話し。相手の奥の手は動画を見た限りだがまだまだ沢山ある。

 なのに、ここに来てまだ見た事がない神災が出てくる予感がする。

 再現性がほとんどなく即興の見よう見まねでは不可能に近い攻撃の数々に対しては幾ら碧がコピーしたとしても大きく劣化してしまう。

 それがあの男相手に通じるわけがない。

 なんたって、神災とは竹林の森での朱音との一戦を見て知っている。

 連鎖式でそこで終わらないのだと。

 つまり下手な神災のコピーは自分をどんどん不利にしていくのだとここに来て気づいた。アマチュアだからと舐めていたのは……誰だったのか。

 冷や汗が止まらない。

 戦闘中に歌を歌い、高笑いし、純粋無垢な笑みを見せる……そんなアマチュアに碧は二刀流で対応する。

 アイテムツリーからもう一本の『神殺し――竜神剣』を取り出して手にした。

 第三、第四段階を実質封じられた碧のギアに対して紅が取った行動はまたしても全員の度肝を抜くこととなる。


「私の焦りを見逃した? なんですぐに攻撃してこなかったの?」


 目を凝らして、凝視する碧の瞳の中で紅が器用なことをしていた。


「矢の羽に何かを引っ掛けている? それで移動してまた取り出しては付けてるのかしら……そこになんの意味が?」


 あまりの速さに目でハッキリとは捉えられない。

 それに彼女では紅の次の一手が正確に掴めない。

 つまり情報不足というわけだ。

 まだ神災耐性が限りなく零に近いから。


「飾りのない羽は手榴弾や聖水瓶で飾られて~、色とりどりの光を放つリアル爆薬を搭載するよ~♪」


 耳に入って来る歌が全部教えてくれる。


「いつか準備ができたら、に打ち明けらるだろう~♪ ここから始まる花火世界、超新星爆発、地盤緩んでからの死体ちゃん招集、桜花特攻死体兵、と俺様究極全力シリーズ『ア・ビアント』までの道を作ると~♪」


 突然の暴露に観客を含んだここにいる全員が気づいてしまう。

 紅は既に自分たちごとこの世から葬り去るつもりだと。

 身体が忘れていた神災を百で思い出した。


「やべぇ! 逃げろ!!!」


「そうだった! こんなに近くで観戦してたら命が幾つあっても足らんやったで!」


「そうか! これこそ我らのかみ――」


「――バカ野郎! 拝んでる場合か! とりあえず今は全力で逃げろ!」


 その声に碧が知る。

 こんな軽いノリと勢いだけで朱音を苦しめた域の神災まで簡単に繋がっていくのだと。

 まさに自由自在の経路。

 どこで止めても必ず『ア・ビアント』に到着するかもしれない神災。

 そもそも連鎖式といっても一撃必殺クラスの攻撃の連鎖だ。

 そんなに沢山の攻撃にタイミングを合わせて全て防御できる自信なんてない。

 幾戦幾万の戦場を経験してもこんなの初めてでどうしていいかがわからない。

 相手は自分の必殺技を暴露する余裕がある。

 だけど初めに感じた嫌な予感――追い詰めれば追い詰めるほど究極全力シリーズとか言うのが無限にポイポイ出てきそうな気がする……。


「朱音さんが言っていた意味がわかった」


 だけど逃げるわけにはいかない。


「私を舐めないで! 私は負けない! こんなことあってたまる物ですか! こんな朱音さんにちょっと褒められたお調子者なんかに私の邪魔はさせない!」


 プライドを捨て、本気のスイッチを入れる。

 もう……碧の中で紅は倒さなければならない敵となった。

 髪の毛の一本にまで神経を集中させて、目に穴があくまで集中する。

 大衆の前で敗北などあってはならない。


「見える。見えるわ。彼の動き全てが」


 瞬間、一か八かで紅の動きを模倣し矢の上を足場にして攻撃に出た碧。


「おっ? へへっ、いいぜ! カモンベイベー! ミス、ミドリィィィ!」


 だけどそれを見ても紅のやることは変わらない。

 逃亡をしながらの下準備。

 紅にとっていつものことであり、もう慣れていると言っても過言ではない。

 あの鬼教官やそれを超える悪m……ではなく、優しくて美人で可愛くて優しい美女教官三人と年上の女性の魅力がとても凄くて実年齢より物凄く若く見える美人なお母様のご指導に比べればまだ余裕だった。




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