第12話 近づいてくる者


 橘ゆかりから少なくともゲーム内での感覚を忘れないぐらいにはログインしておけと先ほどlineのメッセージで言われた蓮見は久しぶりにログインしてみた。

 まぁ約束なのでそれは仕方がないと蓮見――プレイヤー名は紅。


 感覚と言っても目に見えるわけではないので、戦闘をしてみて実際にどうかを確かめないとわからないのだが、朱音や小百合たちと戦った後でただのNPCと戦うことに中々心が燃えない。


 そんなわけで四層を気が向くまま歩いては中ボス程度の敵を探し一人歩きまわっていた。


 既に迷子状態で帰るにも帰れないなんてことは……。


「あっちが騒がしそうだしなんか強い敵(NPC)がいるのかと思って適当に歩いてたから道覚えてないや……」


 四層に南東方面に存在する迷宮ダンジョン。

 石段で出来た壁が来たプレイヤーの方向感覚を狂わせ、迷路のような道を歩かせる。時には行き止まりで引き返したり、トラップが発動してプレイヤーを襲ったり、と初見では中々に苦労するダンジョンである。


 そのダンジョンを抜けた先がとても騒がしいので紅は釣られるようにしてここに来て迷子になっていたのだ。

 ここではスキルや装備などが制限され、空や地中から楽して行こうとしてもいけない仕組みになっている。


 そんなわけで日頃からフィールドの探索もしないで不慣れかつ迷路ダンジョン攻略情報収集もしない紅には難易度が高かった。


「それにしても最近は人が減ったんだな。此処に来るまで前より人見なくなったし」


 なんとなくではあるがそこには気付く。

 そのまま時間はたっぷりあるのでマイペースに足を進めていく。


 ――。


 ――――二十分後。


「なっ!?」


 紅は驚いた。

 そして固まった。

 一体何がどうなっているんだ!?

 と思わずにはいられない光景が目に入って来たからだ。


 とても強そうなボスがいるわけでもない。

 とても強そうなプレイヤーがいるわけでもない。

 有名なプレイヤーがいるわけでもない。


 ただ――純粋に銀色のロングヘアーで美人なプレイヤーが一人いて、そこに多くのプレイヤーが集まっていた。

 それだけ――。

 だがこの男。


「すげー。超美人さんだ……手足は細いけど、見ただけで安易に手を出せば里美クラスでヤバい雰囲気があるけど……人柄良さそうで優しそうな人でもあるな……。。。仲良くなりたい……俺も……」


 ここになぜ来たのか。

 その目的が既に変わり始めた。

 もう近くに女の子はいない。

 ゴクッ。

 息を吞み込んで。

 今日ぐらいなら――と思い声を掛けようと自分も彼女の近くに駆け寄ろうとするが……足が止まった。


「いや待てよ……ここで声を掛けてこんな大勢の前で無視でもされたら俺一生立ち直れないぞ? 里美と背丈は変わらないけど、胸は里美よりある! そんなルックス最高得点クラスの人から無視された先に俺の未来は……ないよな……。。。」


 臆病な心が紅の行動を制限した瞬間だった。

 碧と周りから呼ばれるプレイヤーを囲んでいた一人が「し、し、【神災の神災者】!」と声を上げた瞬間だった。

 さっきまで盛り上がっていた迷路ダンジョンを抜けた先にある迷宮の踊り場が一瞬で静かになり、数多くの視線が紅に向けれられた。


「おっ? なんだ? 急に俺を見て?」


 まだ声すらかけてないのに、多くのプレイヤーの注目が集まった紅は知らず知らずのうちに悪い事したような気分になってしまう。

 しかも【神災の神災者】って誰だろ? 俺は紅で違うぞ?

 と、脳は全く持って理解に追い付いていない。


 なので。


「逃げるか……?」


 さっき来た道は覚えておらず引き返せば迷子になる紅は百人以上はいる集団を抜けて逃げることを考え始める。

 そんな紅に銀色の髪を揺らして近づいてくる少女が声をかける。


「やぁ~!」


 右手を軽く振りながら声を掛けられた紅は嬉しい展開に警戒心を解く。


「おぉ~!」


 まるで鏡のように紅も右手を振る。


 一見仲良しさん同士の挨拶にも見えるが、二人は初対面でお互いのことを直接は知らない。ただし紅は本当に全て知らない。ただ一つわかるのは超美人さんだという事。


「よくyou tubeで活躍見てたよ、紅君」


「……?」


「私は碧。気軽に碧って呼んでいいわ。私は君のこと”くれみん”って呼ぶから。年は二十歳で彼氏いない歴イコール年齢で今は日々暇人してるわ。少なくとも二週間弱はね」


「俺も彼女いない歴年齢で今もいません!」


「そうなの? てっきりいるかと思ったけど動画で見てる感じだけどいつも一緒にいる仲の良い女の子たちは違うの?」


「そんな甘い現実はこの世にありません!」


「なら私で良かったら付き合ってあげようか?」


「本当に!?」


「うん。私に勝てたら勝利賞として私をあげる。でも負けたら朱音さんから手を引いてくれない?」


「ん? どういう意味ですか?」


「朱音さんは私の憧れの人なの。その朱音さんがくれみんのために無駄な時間を過ごした事実を私は酷く後悔しているわ。あの人の研鑽の時間をくれみんに使う事であの人の成長をくれみんが止めた。私の中で偉大で素敵で崇拝すべきお方の貴重な時間を無駄にしたくれみんに私少し怒ってるの。でもね、もし――これが私の勘違いなら私はくれみんにちゃんと頭を下げて謝罪するつもり。だって私の勘違いにくれみんを巻き込んでしまったのだから。だからここで証明してくれない。私にくれみんの力を。そして朱音さんがインタビューで言った「私に死を突きつけた少年」が本当にくれみんなのかを私に見せて。当時私ですら出来なかったソレを私にも突きつけて証明してくれない?」


「……よく意味がわかりませんが、戦えばいいんですか?」


「うん。迷宮の踊り場全てを使ってくれて構わないわ。それとスキルとアイテムも全部ね」


 現状パトロンとも呼べる影の支援者ことエリカがいない紅のアイテムはある意味有限となっている。

 手持ちのアイテムがなくなれば今後俺様全力シリーズ系は殆ど全て使えなくなる。

 だけど――心の中で忘れていた闘争心に火が付いてしまった。


 この人なら俺の全力を受け止めてくれる。

 そう思ったから――。


「わかりました! なら彼女ゲットの為に頑張るか!」


 つい本音と建前が逆になった蓮見はそのことに気付かない。


「ふふっ」


 それを聞いて笑う碧と大喜びに歓声を上げながらも急いで二人から距離を取りそれを見護る百人を超えるプレイヤー。

 そしてアリの群れのように今も凄い勢いで観戦者が増えていくのであった。


 こうして。


 最恐プレイヤー紅 VS 超美人プレイヤー碧


 の戦いは幕を上げるのであった。


 異常なプレイヤー集中に異変を感じた運営陣は「What?!」「またアイツか!」「緊急ライブ中継の用意急げ!」「準備完了!」と驚きながらも臨機応変に仕事を始めるのであった。


 同時刻――過疎化していた板が凄い勢いで更新を始め、試験的な同期をしていたことで公式サイトに過去一番でアクセスが集中し始めた。

 ――碧と言う少女がとても凄いプレイヤーでその名前に多くの者が引き寄せられてきたのだ。彼女の二刀流は世界でも通用する力。だから憧れる者もとても多い。

 ――【神災の神災者】復活の言葉に朱音たちはご飯を食べて修行の準備をしていたのだが、四人は各々の部屋でスマートフォンを使ってライブ中継を見ることに予定を変更していた。それは朱音たちだけではない。多くのプレイヤーが日本時間20時と言う事もあり観戦しようとプライベートの時間を割き始めたこと意味していた。

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