第10話 デートの約束


 蓮見は橘ゆかりに説明する。

 自分がどうしたいのか――を。

 だけど幼馴染の応援をしたいと言った所で橘ゆかりを始め周囲の者たちはそれなら別に誰でもできるはずだし普通のことだから自分一人でもすればいいじゃん。ぐらいにしか思わないのも事実。


 なので幾ら真剣に話した所で橘ゆかりと言う少女の心には響かない。

 それは彼女が冷たいからではない。

 至って普通の感情で彼女も美紀を応援しているがそれを蓮見と一緒にする必要性を全く感じないというだけ。

 例えば蓮見と美紀のように幼馴染と言った特別な関係があれば別の話かもしれないが、最近友達となった二人にそこまでの友情はまだ存在しないだけ。


 だけど――橘ゆかりにも蓮見に頼みたいことがあったのも事実。

 だから――先に話しを聞いてあげているとも言える状況だったのだが。


「――ってなわけでお願いしたい」


「要は自分一人じゃ迷子になるから私に道案内と応援のための手配をしろと?」


「……お願いできませんか?」


「あのね~敬語で物事を頼めば女の子がなんでも叶えてくれるって勘違いしてない? 私は美紀と違って普通の女の子! 特別アンタに優しくする理由はないんだけど?」


「…………」


「それにアンタはもうゲームしないんでしょ? 応援はゲームにログインしてそこで自分のアカウントを別のサーバに接続して空想世界でするのよ?」


「…………あぁ」


「はぁ~」


 どうしても諦めきれない蓮見に熱くなる橘ゆかり。

 そう――彼女はかなり前から美紀と遊ぶ蓮見の姿を見ていた。

 だからだろう。

 普段ここまで熱くならない彼女が熱くなるのは。


 パチッ。


 何かが切り替わる音が鳴った。

 それは橘ゆかりにしか聞こえない音。

 再度【神災の神災者】に会うための最後の一手がここから始まる。

 多くの者がまだ【神災の神災者】の復活をゲーム内で願っているのは事実。

 それは橘親子も同じ。

 彼に魅せられてしまったから――その時蓮見の心の中で何かが揺れ動き始める。

 まるで目に見えない風に消えていくような弱い炎から風の力を借りてさらに強い炎になるような、そんな感じの何かが。


「それに私二週間後アメリカにいるお父さんの所に行くからどの道一緒にログインしてってのは無理よ?」


 その言葉に蓮見が「あっ……」と呟いて苦い表情をする。


「アンタのせいでお父さんは仕事がなくなったのよ!」


 その言葉には怒りが含まれていた。

 その言葉には悲しみが含まれていた。

 その言葉には後悔が含まれていた。

 その言葉と一緒に一滴の涙を流す少女がいた。


「アンタのせいで新しい仕事が来たのも事実だけど……」


 その言葉に戸惑う蓮見。


「えっ……」


「別にアンタの願いを叶えるのは私がその気になれば簡単よ。だけどそれじゃ納得がいかない! だから私の願いを叶えてくれるならその願いを聞いてあげる。それが条件よ」


 その後、橘ゆかりが提示された条件は――意外な物だったが、美紀たちの応援ができることには変わりがないので、少し不安にもなったが蓮見はその願いを聞き入れる。


(私の勝ちみたいね)


 バチン。


 その時、刹那に微笑んだ橘ゆかりの表情にその場にいた全員が気づかなかった。

 彼女は初めから怒ってなどいないし、悲しんでもない。

 完璧とも言える彼女の演技は――誰も気付かない。


 そう――ゲームの中で敵(疑似人格)として対峙した橘ゆかりは知っている。

 蓮見と言う男が感情によって強くも弱くもなり、感情によってそれも誰かのためになると言われれば損得勘定なしで動く単純バカであることを。

 本当にどっちの世界でも全く持って見てて面白いと。


「なら二週間後デートしましょうか、紅さん♪」


 その言葉に蓮見は立つことを忘れ、教室の床の上で正座したまま息を呑み込んだ。


「は、はい……お願いします……たちばなさん?」


 あれ? 最後の名前どこかで聞いたことがある発音だな、と思うもそれが何処で聞いた事がある声だったが思い出せない蓮見。

 美紀ですら気づかなかったその言葉は確かに気のせいではなかった。

 なぜなら美紀は橘ゆかりの父の仕事については一切知らない。

 そして橘ゆかりもまた父親の仕事に対しては余計なことは一切言わないし干渉も求められた時しかしない演技の才能に長けた者だったために美紀ですら気づかなかったのだ。

 そして今回の評価には橘ゆかり自身は関与していないことから、あれは全て客観的な評価で公平に行われたのもまた事実。だからとも言える【神災の神災者】だけが純粋な実力不足で脱落したのは。私情が入るなら誰も【神災の神災者】だけは落としはしなかった……はずだから。

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