染めて捻じ穿て

ポコックル璃桜

第1話 私を壊したのはお前だ


お前なんだよ、私を壊したのは。

あぁ、思い返しただけでイライラする。

あの女、あの女、あの女――ッ!


そう、薄いベージュに染めた髪をハーフツインなんかにして、私は可愛いですよっていうのを思いっきり理解した顔で、それも、それでいて、どうやってか!

生まれてこの方一度も濁らせたことのないような、きらっきらの澄んだ瞳で――ッ!

信じられないから、本当に。まだ枕一つ手に携えて強盗してこいって言われたほうが現実味がある。


「お風呂入っていいわよ、夾花」


一体何がしたいっていうんだ、あの女。

私をこんな歪に変えやがって。素質はもともと私にあった?

そりゃそうでしょうよ、薄々自覚はあったから、そんなことはどうでもいい。

お前みたいに非現実的な存在は初めて見た。冗談じゃない。頼むから私の寿命を縮めないでくれ、頼むから、本当。

……いや、なんで私がお前なんかに頼みごとをしないといけないんだ、馬鹿か。


「夾花ー?」


車の後部座席で頬肘ついて、酔いを抑えながら必死に眠って何時間も続く移動をやり過ごそうとしてる気分だった。いや、そんなものじゃないか、一日あれば遠くても、目的地に着くものね、さすがに。

それを一週間?延々と体験させられたようなものなんだから、たまったものじゃない。や、私、酔いを必死に抑えてるって言ってるじゃないか。やめろ、やめなさい、眼を無理矢理こじ開けて人の醜いところを煮詰めたような映画を垂れ流し続けるのは……っ!




――そう。その女が、ここ最近私を大いに病ませてくれた災害級の悪夢を引き起こした張本人だったのだ。非現実的なことだけれど。


今まで、私の興味と言えば生まれた時からずっと物語に注がれていて、人との関りも無関心、まわりの人間関係を物語の一つとして消費していた、いわゆる屑だった。

(正確にはこの一連の出来事で、自分の屑さを自覚した)

だから私は、人間の醜いところには目を向けていなかったというか、認知もしていなかったし。私が書き残したい小説の参考資料としてその生涯の断片を披露してくれるというのなら、まぁ無難に接することで鑑賞料くらいなら払ってやるよというような心持だったのだ(今思えば全くうまくやれていたわけではない)。


自分に友達が一人もいないなんてことも自覚せずに、大学も推薦で決まって、あとは適当に本でも読んだり文章を書いたりしながら高校に通って、卒業を待つばかりだな、なんて中途半端な今の時期。二月のある日。私はとんでもなく、ひどい夢を見た。夢?本当に夢?いや、違うでしょ、違うことが気色が悪い。実際言質取れてるし、意味が分からない。


実際続いた期間は一週間なのだけれど、私はその一週間の間にどれくらいの人の追体験をしたのかな?そう、端的に言うと、色んな人の記憶の追体験をさせられた。ひどいものを見せられた。醜い、惨い、酷いものだ。


言葉の上では同じ事を言っているのに、重さが釣り合わずに感じる孤独。

親という生まれて最初にかけられる呪縛(私のところもだ、気付けて良かった、これに関しては上手くやろう)と、どう考えてもそれにゆっくりと扼殺されているのに、振り払らうことができない子ども。

不器用で、上手く生きれなくて、けれどそれでも一生懸命に生きている人間を平気で傷つけて、それをなんとも思わずに裏切って傷つける人間。


見たよ、見せられたよ、だって瞼を閉じることはできなかったんだ、見ないふりをすることはできなかったんだ。

私みたいなクズも見た。人のことを人とも思っていない程他人を見下している人、自己中で自分のため以外ならなんだってどうだってよくて、自分が可愛くてしかたがない人、頑固でキレ症で傲慢で、それでいて臆病で思ったことを上手くこなせるわけじゃない人。そんな性質を盛り合わせて、人に何も指摘できない人間が私だった。

自分の薄汚さと、他人の醜悪さがいっぺんに私の脳に刻まれて焼き付いて、焦げ付いて離れてくれない。今まで現実の社会に無頓着だった私も、現実がどういうものか、見せつけられた。


だからこそ私は思うんだ。自分がどのクズよりも最低で最悪だからこそ思うんだ。

なんの重さもなく、何をやってるかも知らずに、私達とは違って目が潰れるほど輝いて生きてる人間を貶める人間を――私はクズを代表して、許せない。

人になんて言われようと知ったことじゃない、どの口が言うんだといわれても、私の主義として許せない。そもそも私は言われたからって、まっとうに生きることなんてできないし。


本来、この謎なSF現象に説明はつかないし、台風が渦巻いて日本列島横断していくみたいに自然発生的な災厄なら、この振り上げた憎悪の拳はいったいどこに向けられていたんだろうか?たぶんきっと、や、わかるわよ、もちろん認知できるクズ共だよそんなの。今の私の熱量はやわなことでは収まらないから、きっと私の住んでるこんな田舎一体の電力ならエネルギー換算して一人で賄える。人生で三万人と出会うのなら、そうね、一万人くらいなら一人一人罵倒して回ってあげようかしら。きっと何百人かは良い人がいるわよ、それくらい信じさせて。それに無駄な人間と顔を合わせたくなんかはない。ストレスで胃が壊れる。


でもなんと、振り上げた拳を向ける先がいるんだよ。

何の目的があってか、本来はただただ人として終わってることに無自覚だった私に、人を憎ませ、自分の醜さを知らしめた人間がいる。

私を壊したのはお前だ、お前なんだよ。

まだ名前も知らないけれど、それでも。

私の歪を完成させたのはお前なんだよ。

その笑顔で私を普通じゃない人間に変えた只一人を、私は一生許さない。


「夾花、起きてる?」

「ごめん、もうすぐいくから。今探し物してたの」


私がこうやって内心怨みつらみを並べ立てていることを当然知る由もなく部屋に近付いてくるものだから、いい加減無視をやめてドア越しに答えて、ベッドから立ち上がる。いつもならこんな風に言いに来る前に動いてるんだけどしかたない。早く名前を知りたい、名前で罵らせろ、ベージュのハーフツイン。やたら甘ったるいくせに大人っぽい焦がしキャラメルみたいな香りが鼻孔から離れない、鬱陶しいったらありゃしない。

どう足掻いても普通の人生を歩めないのはもう十分分かったから、道連れにしてやらないと気が済まないんだ。

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