私は『天才』あなたは『聖女』、王太子妃に選ばれるのはどちら?

uribou

第1話

 ――――――――――『天才』ユリア視点。


 私は平凡な、とは言えないかもしれない。

 割と裕福な商家に生まれたから。

 でも後に知り合うことになったやんごとなき方々に比べれば、平凡以下の出自であることは間違いない。


 商家の生まれだったこともあって、読み書き計算は早くから学ばされた。

 私は覚えが早く、いつも頭がいいねと言われ、それが得意だった。

 家を継ぐ兄を助けて盛り立てるもよし、女に向いた商売もあるからそういう事業を始めてもいいと、父には言われていた。


 人生が変わったのは八歳、洗礼式の時だ。

 私が『天才』の加護持ちと判明したから。


 加護とは数万人に一人の割合で神から授かるという異能のことだ。

 私の『天才』は、常人と比較して記憶・洞察・判断が格段に優れるとされる、強力な加護だそうだ。

 私は将来アールトン王国を背負って立つ人材になることを期待され、国の訓練施設に預けられることになった。


 家族と離れることになって寂しいと思ったが、家族は皆大変喜んだ。

 加護持ちを排出した家となれば重んじられることは自明であり、家業にも大いにプラスに働くから。


 結果として国の施設に行ってからも寂しくはなかった。

 何故なら私の他にもう一人、同い年の加護持ちの女の子がいたから。

 その子は『聖女』パールと言った。


 加護持ちは例外なく国による英才教育を受けることになっている。

 しかしもちろん加護と言っても、取るに足らないものがほとんどだ。

 同じ年に『天才』や『聖女』のような超有用な加護持ちが二人も現れるのは極めて異例だそう。

 パールさんと私は同じように特別視され、怪物視され、嫉視された。

 似た境遇にあった私達が仲良くなるのは自然なことだった。


 それにしてもパールさんの『聖女』の加護はすごい。

 別格だ。

 加護持ちはそうでない一般人より多くの魔力を持つが、『聖女』の魔力は桁が違うというかレベルが違うというか、まるで異次元だ。

 

 対魔物訓練の際、想定を超えた危険な魔物の出現で有効な対抗手段を持っていたのは、教官や年上の訓練生まで含めてパールさんだけだった。

 当時はまだ魔法の使い方を習い始めたばかりだったのに、結界を張って魔物の強烈な攻撃を全く通さず、応援が来るまで耐え抜いた。

 私にできたのは、危険な魔物の出現の可能性を教官に指摘することだけだ。

 鼻で笑われ、臆病と言われるに留まったが。


 そんなこんなでパールさんとは仲良くやれていたと思ったんだけどなあ。


 私達もお年頃になっていくわけで。

 加護持ちの男性は一代限りの爵位を得ることが多く、女性は国内の有力者に嫁がされることが多い。

 どんな人がお相手かなあ。

 ところで王太子様って格好いいよね、などとキャアキャア騒いでいたものだ。


 王太子レイモン殿下は格好いい。

 キラッキラでただの美形に収まらず、何というか存在感があるのだ。

 カリスマ? 華がある?

 仮に王子じゃなくとも、一目でひとかどの者ってわかる感じ。


 実際国立学園での成績は、文武とも極めて優秀だったそうだし。

 私やパールさんは貴族じゃないので学園には通えず、ひたすら訓練に明け暮れていただけだ。

 レイモン殿下はどんな方を娶るのだろうか。

 高位貴族の令嬢か外国の王女様よね、と話していた。

 そんな時だ、担任の教官から衝撃の事実を聞かされたのは。


 何と私とパールさんは王太子妃候補として育てられているのだという。

 我が耳を疑った。

 私達は二人とも平民ですよ?

 貴族間のパワーバランスをまるで無視するなんておかしくないですか?


 考えてもみよ、お前達の加護にはそれ以上の価値があるのだと言われた。

 そういわれればそうか。

 私の『天才』の加護は国の行く末を戦略的に左右するだけの力があるし、パールさんの『聖女』なんて言わずもがなだ。

 王太子妃は一人。

 私達はライバルになってしまった。


 でも『天才』の私にはわかってた。

 パールさんの白銀の髪色と笑顔は、レイモン殿下の隣が似合うなあと。

 パールさんは『聖女』として国民的な人気があるし。

 地味な私とは大違いだ。


 何となくパールさんと気まずくなってしまって悲しい。

 親友だと思っていたのに、こんなことで……。

 ああ、でもレイモン殿下の光は眩し過ぎるのだ。

 何て罪なお方だろう?


          ◇


 ――――――――――『聖女』パール視点。


 わたしは農村で生まれました。

 生活なんてカツカツで、それでも家族で笑い合って暮らしていました。


 お父さんはアイデアマンでした。

 ああしたらいいこうしたらいいという、栽培や耕作の発想をいくつも持っていたんです。

 お金がないから実現はできなかったですけれども、いつかやってやるぞという威勢のいい話を聞くのは好きでした。


 そんな生活が一変したのが、わたしの洗礼式の日でした。

 わたしが『聖女』という、途轍もない加護を持っていることが判明したからです。

 わたしは家族と離れ、国の教育施設で訓練を受けることになりました。

 でも嬉しかったのです。

 家にはたくさん支度金が入ることになったから。


 後で漏れ聞いた話によると、うちでは畑を買い取って広げ、小作を雇って大きく農業を行うようになったようです。

 ああ、よかった。


 王都の教育施設に入った時はビクビクしていました。

 王都へ来たのも初めてだったですし、何もかも新鮮で洗練されて見えました。

 『天才』ユリアさんに初めて会ったのはそんな時です。


 ユリアさんはすごいのです。

 何も知らないわたしに様々なことを教えてくれました。

 わたしが王都でうまくやれたのは、全てユリアさんのおかげです。


 まだ一〇歳になるならずの時、遠出して魔物を倒すという訓練がありました。

 初級の攻撃魔法を教わったばかりの頃です。

 弱い魔物を倒して経験を積むというものでしたが、ユリアさんがゴブリンとバトルアントの巣の位置がおかしいと指摘しました。

 これは凶悪な魔物に対する適応の可能性があると。


 指導教官は笑ってその意見を取り上げませんでした。

 するとユリアさんがわたしに耳打ちするのです。

 私の結界に頼らざるを得ないかもしれない、なるべく魔力を温存しておいてくれと。


 案の定オーガという、当時のわたし達のレベルではとても相手にできない強い魔物が現れました。

 ユリアさんは冷静でした。

 慌てる教官に信号弾を打ち上げさせ、訓練生が散り散りにならないように集めて、その指揮の下結界を張りながら退却、ケガ人も出さず味方と合流することに成功しました。


 さすが『聖女』だ、すごい魔法の実力だと褒められました。

 でも違うのです。

 すごいのはユリアさんなのです。


 ユリアさんの指示がなければ、わたしはただ闇雲に結界を張って魔力切れを起こしていたに違いありません。

 もしそうであれば、わたし達の幾人かは黄泉路を辿っていたことでしょう。

 ああ、何と恐ろしいこと!


 ユリアさんは控えめで自分を主張しません。

 でも誰よりも頼りになります。

 訓練生生活はユリアさんがいたからとても楽しかったです。


 恋の話もしました。

 一番話題に出たのはレイモン王太子殿下でしたね。

 レイモン殿下は雄々しく美しいだけでなく、とにかく目立ちます。

 どこにいてもパッと目が行ってしまう、生まれ持った王者のオーラみたいなものがあるのです。

 わたしもユリアさんも平民ですから、そりゃあもう無責任にレイモン殿下のここがいいあそこがいいと、楽しんだものです。

 そう、わたし達が王太子妃候補だと知らされる日までは。


 わたしとユリアさんが王太子妃候補として育てられていると聞いた時には、何の冗談かと思いました。

 いや、ユリアさんが納得して受け入れなければ、今でも信じられなかったと思います。

 何とわたしとユリアさんは、一人の王子様を巡るライバルになってしまいました。


 レイモン殿下の婚約者になれるかもしれないだなんて!

 そりゃあもう心躍りますし、浮かれもします。

 でも私は知っているのです。

 レイモン殿下の隣はユリアさんが占めるべきだと。


 黒く艶やかな髪は常に一歩引くユリアさんに似合っていますし、煌びやかなレイモン殿下とのコントラストはそれは見事でしょう。

 だけでなく、王国の行く末を盤石なものにするのはユリアさんの『天才』だからです。

 わたしでは到底敵わないのです。


 ああ、それにしても最近ユリアさんと挨拶くらいしか交わしていません。

 レイモン殿下のこともあって、すっかりぎこちない関係になってしまいました。

 結果がどうあれ、わたしはユリアさんとずっと友達でいたいのです。


 レイモン殿下から判断を下される日は明日です。

 果たしてどうなることやら。


          ◇


 ――――――――――王太子レイモン視点。


「やあ、待たせたね」

「「いえ、とんでもございません」」


 王宮の一室に『天才』ユリアと『聖女』パールを通している。

 ふむ、硬くなっているようだ。

 ならばさっさと用を済ませてしまうべきだな。


「よろしく頼む」

「「は?」」


 あれ? 戸惑っているな。

 二人に話が届いていなかったか?


「今日二人を呼んだのは、オレの婚約者を正式に決めようということだったのだ」

「はい、伺っております」

「よろしく頼む」

「「は?」」


 おかしいな、伝わらないようだ。

 平民には婚約という段階が一般的ではないと聞くから、その辺りの齟齬だろうか?


「将来のオレの妻、ゆくゆくは王妃としての地位を約束するということだ」

「はい、それはよくわかります」

「わからないのはどこだ?」

「あのう、殿下はわたし達二人のどちらをお望みでしょうか?」

「二人ともだ」

「「!」」


 そうか、疑問点はそこか。

 よく説明されていたはずなのだが。


「意図がうまく伝わっていなかったかもしれぬ。そなたら二人は、オレの正妃として育成されていたのだ。特に反対もしていないと報告されていたから、了承しているものと判断していた」

「あ、ありがとうございます。高く評価していただいてとても光栄です」

「わたしも嬉しいです。でもわたし達のどちらかが選ばれるものと思っていたのです」

「ああ、そういうことだったか」


 確かに王太子妃、そして将来の正妃が二人などということは前例がない。

 しかしそれを言うなら、王太子たるオレとちょうど年回りの合う美しい少女が『天才』と『聖女』の加護持ち、などということ自体が前例のないことだ。

 オレがどういう判断を下すか見届けるという、神の意思を感じざるを得ない。


「……最初はそなたらのどちらかをオレの妃とする思惑だったと聞いている」

「加護が王国にとって有用だからですよね」

「有り体に言えばそうだ」


 二人の内どちらかを我が妃に、もう一人を相応しい高位貴族の妃にという手が順当ではあっただろう。

 しかし問題もある。

 『天才』と『聖女』の二人ともがオレを好いているということ。

 そして二人が親友同士であること。


 仮にオレが二人の内どちらかを選んだとしよう。

 それは二人の間に優劣とわだかまりを生じるだろう。

 心に割り切れないものを抱えた超絶加護持ちを有力貴族が娶る?

 国を割りかねない重大な過ちだ。

 これこそがおそらく気まぐれな神の罠。


「勘違いしてもらいたくないが、選べなかったからこういう次第になったのではない。オレが二人を選んだのだ」


 神よ見たか。

 これがオレの答えだ。

 おや? 『天才』と『聖女』の顔が真っ赤になったな。

 初々しいことだ。


「ユリア、パール」

「「は、はい」」

「そなたらに求める公務は異なる」

「はい、それは……」

「理解しております」

「しかしオレは『天才』と『聖女』を平等に愛することを約束しよう」

「「は、はい」」


 ハハッ、可愛いな。


「愛が足りないと感じたら遠慮なく文句を言うのだぞ?」

「「い、いえ、そんな……」」


 本当に遠慮はいらない。

 二人とも忍耐強く我が儘を言わない性格で、またそうした教育をされている。

 この二人を御せないようであれば、オレの器量が足りないのだ。

 神よ、そうだろう?


「さて、本日の用件はこれだけだ。昼食を食べていってくれ。気軽に食べられるように立食形式にしてあるからな」

 

          ◇


 レイモン煌輝王の下、アールトン王国は空前の繁栄を見せた。

 『天才』王妃ユリアの施策に基づき、産業の発展、基礎研究の進歩、インフラの充実、そして王権の伸張は著しいものがあった。

 経済的な余裕を背景に未所属領域や破綻国家を吸収し、非軍事的に領土を拡大。

 支配地域の人口は三倍以上に膨れ上がり、その強勢は王国の華やかな現在を演出し、健やかな未来を育むものと期待された。


 また『聖女』王妃パールの回復魔法や浄化魔法による奉仕は、アールトン王国の庶民に絶大な人気を誇った。

 慈悲と恩恵は王国内だけでなく海外にまで波及、人流物流を大いに活発化した。

 『聖女』への敬慕はアールトン王国への尊敬になり、その政権の安定に大きく寄与した。


 ユリアは男児を二人、パールは女児を三人儲けた。

 男児二人は『天才』ユリア譲りの優秀な知力を発揮し、女児三人は『聖女』パールから強大な魔力を受け継いだ。


 『両手に花を掲げる王』との異名を取ったレイモンは、今日も左右に一人ずつの正妃を従えている。

 それがいかに充実した幸福であるかは、二人の正妃の表情が示しているのだった。


 なおレイモン煌輝王は、最も敬虔な神の信徒であったと言われている。

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