真実
第18話
ある日の土曜日、以前革の父から手紙で「一度帰ってらっしゃい」と言われた事もあり、二人は今から革の実家へと赴く準備をしていた。
命は着の身着のままで良いと言ったが、泊まる為には色々必要だと思った革は、トランクに自分の分と命の分の荷物を一緒に詰めた。
仕事を始めてから、実家には一度も帰っていなかった為、帰るのは久しぶりだ。
「あらたママ、元気かな」
「元気だろ。あいつ、いつも無駄にクソでかい声出してうるせーし、少しは大人しくなって欲しいぜ」
悪態をつきながらも嫌な顔をしない革の様子を見て、命は微笑んだ。
準備が整った二人は、早速革の実家へと向かった。
✝︎✝︎
革の実家の敷地には小さな教会があり、その裏に二階建て一軒家が建っている。革の家だ。
家にそのまま向かおうと思っていたが、教会の敷地内を通らないと家には帰れない為入ると、革の父の姿があった。そこで二人は立ち止る。
「おいババア! あらた様とみこと様のおかえりだぞ」
そう言って歩みを進めると、革の父は振り返る。
「お母さんと呼べって言ってんだろうがクソガキ!」
野太い声でそう言うと、二人の元へ駆け寄り、そのまま抱きしめた。
「おい! 何すんだ、この……あつくるしいなぁ!」
「ただいまーあらたママ」
革は照れを隠す為、顔を横に向けながらそのまま静かにし、命は特にいつもの様子を変える事なく、そのまま革の父の背中をぽんぽんと叩いた。
「あらたママ、元気?」
「とっても元気よ! 二人も元気そうで何より」
そんな時だった、教会のドアが開き、シスター服を着た誰かが出て来た。
その人物はつり目で、赤い眼をしており、髪はウィンプルを着用しているものの、セミロング程のプラチナブロンドの髪が伺えた。
三人に気づくと、こちらに歩み寄ってくる。そして革の父の元へと近寄り、口を開いた。
「先生、聖堂の掃除が終わりました」
「マテリアちゃんありがとう。――紹介するわ、娘のあらたちゃんと、あらたちゃんの伴侶であるみことちゃん」
革の父はそのシスター服を着た人物をマテリアと呼び、親しげに話すと、二人の事を紹介した。
革は不思議そうな顔をしたが、命はマテリアを睨みつけていた。
「あらたママ……この人、悪魔だぜ? 大丈夫か?」
「えっ⁉︎ おい、どういうことだよ?」
悪魔は基本的に神出鬼没だが、天界人や人間に化ける事も出来る為、それを見抜く事は困難だ。
眼の色は赤から変えられないものの、他の見た目は完璧に化けられるので、悪魔と分からなくても無理はない。
だが、命は悪魔の気配がわかる。
エペルと一緒にいる時間が長い事と、自分も炎を用いた技を使う時には、悪魔化してしまう事から、気配がわかる様になったという。
「そうそう、二人に紹介したい新しく入ったシスターって、この子なのよ。マテリアちゃん、自己紹介してくれない?」
「わかりました。――はじめましてあらたさん、みことさん。私はマテリア・ダークネスと言います。先日まで悪魔でしたが、先生の素晴らしき優しさに触れる事で、心を入れ替えました。今は立派なシスターになる為、ここで見習いをしています」
マテリアはそう話し終えると、革と命に対して綺麗に一礼した。
悪魔をやめたとはどういう事なのか。まるで理解が出来ないと二人は思っていた。
「素晴らしき優しさってなんだよ?」
「先生は悪魔である私を助けてくれたのです。――天界に来た私は何か事件を起こそうとしましたが、不意をつかれ、天界人に攻撃されました。そしてここに落ちました。気を失っていて、目を開けるとベッドに横たわっていました。先生が私を見つけてくださり、助けてくださったのです。そして私は尋ねました『何故助けたのか』それに対して先生はこう仰いました『怪我をした人を見過ごせない』なんて寛大なお心を持った方なのだろうと、私は感動しました」
恍惚とした表情でその出来事を語るマテリアを、革は怪訝な顔で見つめた。
革の父はマテリアの隣でニコニコしながら話を進めた。
「あらたちゃんがシスターを辞めてしまってから、この教会には私しかシスターが居なくて大変だったり、寂しかったりしたけれど、マテリアちゃんがシスターになるって言ってくれて、助かってるのよ」
「そんなすぐ信じていいのかよ⁉︎ おいこのシスタークソ悪魔! 俺の親が油断した所を襲う気だな?」
革はマテリアに対して右手の人差し指をビシッと突き出し指差すと、大きな声でそう問いかけた。
「そんな事はしません。――私は、本当に改心したのです。先生を襲う悪魔が居るのならば、命をかけて私が先生をお守りします」
「マテリアちゃん、ありがとう」
仲の良さそうな二人を見て、革は戸惑っていた。
命はというと、先程から左手で顎を触りながら、何かを考えていた。
「うーん……ダークネスって、どっかで聞いた。――エペル、知らない?」
みことは何もいない空間にそう問いかけると、急に黒い影が命から伸びると、そこからエペルが姿を現した。
『馴染み深い名よのぅ。忘れてしもうたのか? みことよ。儂の名前は、エペル・ダークネス』
「あー、そうだったんだ。だから……なんか馴染み、あった」
命はエペルの言う事を聞いて納得した様子で、うんうんとその場で頷いた。
エペルが姿を表した事に驚き、革の父は目を丸くしていた。
そして、エペルの姿を見たマテリアは、エペルの方へと駆け寄ると、エペルの両手を握った。
「姉様!! お久しぶりでございます。何百年ぶりでございましょうか」
『久しぶりじゃのうマテリア。元気だったか?』
エペルはマテリアの頭を撫でると、マテリアはえへへと笑顔をエペルに向けた。
「おいクソ悪魔! わかるように説明しろ」
革はエペルに対して強い口調でそう言い放つ。
それに対してエペルは嫌な顔をしたが、ゆっくりと口を開いた。
『マテリアは儂の妹じゃよ。――といっても、何百歳と離れた妹じゃがな』
「ダークネス一族は悪魔界では有名な血筋です。私はダークネス家の六番目の娘で、姉様は一番目なのです」
「へー、姉妹なんだ。会えてよかったな」
気の抜けたような声で命がそう言うと、エペルは呆れた顔を命に向けた。
『やれやれ……みことはまた忘れておるのぅ。儂は持ち主によって性別を変えておる。今は女故、姉様なだけじゃよ』
「そうだっけ? 忘れちゃった」
『儂はお主としたあの話、結構大事に覚えておるんじゃがのぅ。しくしく』
エペルはそこで泣き真似をすると、命との昔話を思い出していた。
命が現実で意識を失い眠っていたある日、夢の中で命はエペルと会うことが多い。
その時に様々な話をいつもしている。その日は性別についての話をしていた。
――エペルは男と女、どっちになりたかった?
命がそう問えば、エペルはわははと笑った後にこう答えた。
――儂に性別などないのじゃよ。なりたい時に、なりたい方になる。それが儂じゃ。
それを聞いた命はいつものやる気のない目ではなく、興味を持った目付きに変わった。
――俺は、無性別になりたかった。君は、それなんだな。羨ましい。
命は自分の体が女である事がいつまで経っても気に入らない。革に愛してもらえるのは間違いなく女であるこの体が故と思えど、自分の中では大層気に入らない要素なのだ。
エペルは命の言葉に対して確かにと声を漏らした。
――ずっと無性別の方がいいんじゃろうなぁ。――でも、儂は女の美も、男の美も好き故に、どちらにもなりたいのじゃ。
よく分からないと言った顔をした命は、エペルに問いかけた。
――なんで今は女なの?
エペルは少し嫌な顔をしてから、口を開いた。
――お主にならば、話しても良いじゃろう。昔、その時の主は男で、儂は女の姿の時があってのぅ。儂は自由に性別を謳歌したいだけと言うのに、その主には性的な目で見られてしまい、襲われかけた。――それが気持ち悪すぎて……情けない話、怖くなって、そいつを殺した事がある。
エペルはその時の恐れを思い出したのか、右手で左腕をグッと握った。
命はそんなエペルを見て、エペルの左手を自分の両手で握った。
――頑張ったんだな。自分が守らねばならぬものが、危ない時は……相手を殺しても、仕方ないと俺は思うぜ。俺は……君の友達だから、もし、また似た様な事があったら……俺が守る。
そんな命の言葉に、エペルはとても柔らかい笑みを浮かべた。
――それはありがたい。――だがその時、お主は生きておるかのぅ。
「細かい事は忘れたけど……君が女で困ってるなら、助けになるぜ」
命はエペルにそう言った。エペルはその言葉に『ありがとう』と一言だけ返した。
『みことがダークネスなんだっけ? を思い出したのならばもう儂は帰るぞ。眠くなってきた』
「教えてくれてありがとう」
「姉様に会えて、私は幸せでした」
『儂も嬉しかったぞ。ではな』
エペルはすっと命の中へと消えていった。
「さて、外で長話もなんだし、お家に行きましょうか」
四人は革の家へと歩を進めた。
✝︎✝︎
それから革と命は、マテリアが改心したのはもう三ヶ月程前の話だと言う事を聞いた。
そして、革の父とマテリアは、共にこの教会の近くに来て悪さをしようとした悪魔を追い払った事もあるという。
命はその話を聞き「悪魔と天界人……別に仲良くしても、良いんじゃね?」と言い、マテリアへの敵意を沈めた。
革はその話を聞いても尚、マテリアへの疑念は拭えずにいたが、父が本気で信じていると言うのならば、それ以上文句も言えないと思い、口出しするのをやめた。
様々な話をし、あっという間に夜になった。
夕飯やお風呂を済まし、今革と命は革の部屋に居た。
「この間までここに住んでた様な気がするな。もう大人になったんだなぁ俺達」
「そうだな……今の家も好きだけど、ここも好き。――俺の居場所、だから」
命はベットの上に座る革の隣に座り、肩を抱き引き寄せる。
いい雰囲気に革は頬を染め、目を泳がせる。
「いつもありがとう、あらた」
革の耳元で、命は優しい声色でそう言い微笑んだ。
「俺の方こそ。いつもありがとうみこと」
そう言い革も微笑むと、命の腰に手をやり引き寄せる。
二人は無言でそのままゆっくりと二人の時間を楽しむ。時計が針を進める音と、お互いの心音だけが微かに耳に届いた。
まだ寝るには早い時間であった為、革は散歩でもしようと考えた。
「みこと、まだ眠くなかったらここら辺散歩しない?」
「ん、良いぜ。行こう」
二人は静かに下の階へ降りると、玄関に向かった。靴を履き、静かに玄関のドアを開け、外へと出た。
今夜は月が綺麗だと思いながら、二人は手を繋ぎながら教会の方へとやって来た。
「――何か、聞こえる」
「確かに」
「多分……中から聞こえる」
耳をすませれば、静寂が広がる夜闇の中、微かにパイプオルガンの音が聞こえる。教会の中にあるパイプオルガンを誰かが弾いているのだろう。
「この曲……知ってる」
「行ってみる?」
「うん」
革は嫌な予感がして、教会の玄関の方と駆け足で進む。そんな革を、命も駆け足で追いかけた。
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