第17話

 昨日の蒸し暑さはどこへ消えてしまったのか。

 雨がしとしとと降る肌寒い火曜日。今日は規律を破った運命の神の処分を決める日である。

 革と命は天界神殿に毎日の様に通っている為、顔と名前は一致しないものの、これまで様々な神と会ってきている。

 神は皆しっかりとした服装をし、仕事もきっちりと行なっている真面目という姿しか、心当たりがない。

 神の仕事をサボり、勝手に人間界にまで降りてしまう神とは、どんな神なのかと、二人は昨日から気になって仕方なかった。

 ヒサ班の三人は談話室にて、規律を破った運命の神の登場を待った。

 今日の日程について、ミアが昨日話をつけてくれたと言うが、約束の時間である午前九時を過ぎても、姿を現さない。


「どうしたのでしょうね? 部屋がわからないのでしょうか」

「そんな事はない。奴の隣にはよくできた賢い執事が居る。――まぁ、そやつが同伴だと言うのに、こんなことになっている以上、もうよくできたとも言えぬかもしれん」

「寝坊じゃね?」

「みことじゃないんだから、そんな事ないんじゃ……」


 革がそう言った次の瞬間、談話室の窓が急に大きな音を立て割れた。

 《ガシャーン!!》


「敵襲か!? 革、俺の近くを離れるな」

「だ、誰だ!?」


 窓を割って入ってきたのは、青紫髪で薄紫の翼を出した天界人であった。その天界人は革の質問に答える事無く、窓の方を見て話しかけた。


「Pー! 今何時ぜ?」


 すると、青紫髪の天界人から遅れて、もう一人の天界人が窓から入ってきては、先に入ってきた青紫髪の天界人に近づき、頭を引っ叩いた。


「いてーぜ!」

「星夜!! 何故窓から入るんですか!? 確かに私は先程三階の一番左端の部屋だと言いましたが。こんな入り方失礼でしょう!」


 唖然とする革と命を他所に、ヒサは深い溜息を着き、口を開いた。


「窓から入ってこようが、ドアから入ってこようが、今は午前九時五分。遅刻だぞ星夜、執事」

「申し訳ございませんヒサ様。うちの主人が寝坊をしまして……」

「てへぜ」

「本当に寝坊だったんだ」


 まさか神が本当に寝坊してくるとは思わなかった革は、思わず声を出して驚いた。


「君達……誰?」

「そちらの方々はお初にお目にかかりますね。はじめまして。――このお方は、一応運命の神の一人、星夜。私は星夜の執事を担当する者です。――申し訳ございませんが、名は伏せさせていただいております。Pとお呼びください」


 星夜の執事だと名乗るPは説明を済ませると、ヒサ班に向かって綺麗に一礼した。

 Pは濃紺色の髪をもち、襟足だけ長いウルフカットをしている。紺色の目を持ち、左目下にほくろがあり、右目にはモノクルをしている男装女子だ。

 黒い燕尾服を身にまとい、凛とした立ち振る舞からは気品を感じられる。

 天界人は黒い服をあまり着ないのだが、執事家系の者は皆黒の燕尾服を日常的に着用しているので、悪魔と勘違いはさほどされない。


「俺は咲紫さきし星夜ぜ! よろしくぜ」

「――えっ? 名前が二つあるんですか?」


 聞きなれない長い名前に、革は疑問を持ち質問した。


「あ、ごめんぜ。人間界だと苗字って言うのがあるのぜ。星夜でいいのぜ」


 星夜は青紫色の髪を持ち、左前髪だけ目が見えないほど長く伸ばしている。右から伺える目の色は紫でつり目。左下の口元にほくろがある。

 肩出しの黒い服を着用し、左袖はなく、左腕にだけ白黒の横縞アームウォーマーをしている。

 長い裾も右側だけ短く破られており、なんともアシンメトリーな格好だ。

 Pと比べ、全くと言っていいほど気品も何も感じられない。

 天界人にしては珍しく、黒い服を着用している事が、命は気になった。


「黒……好きなの?」

「みこと! この人一応偉いらしいから敬語にしないと」

「あ……そっか」

「別にタメ口で良いのぜ。黒好きぜ! 黒は不吉とかよく言われるだろぉ? ――でも、俺は俺の着たいものを着てるだけなのぜ。お気に入りは、紫と黒のシマシマソックスぜ!」


 そう言うと自分の足元を指さし、命の方へと笑顔を向けた。

 黒のサルエルパンツからは紫と黒の横縞ソックスを身につけた脚が伺える。


「へぇ……いいな。――俺も、黒好きだから……身につけてる」

「いいねぜ」

「雑談はそこまでにしてもらおう」


 ヒサはそう言ってから咳払いをすると、その場は沈黙に包まれた。

 それからテーブルの上に用意してあった書類をヒサは読み始め、星夜達に話しかけた。

 それから一時間ほど、話し合いが続いた。


              ✝︎✝︎

「落ちこぼれじゃん」


 革は星夜に向かってそう言い放った。

 話が一通り終わった後、ヒサは割れた窓の修復代見積もりの書類や、今日の話し合いの報告書類を制作する為、自室に篭ってしまった。

 今談話室には、革と命、星夜とPの四人が居た。


「――あなた、一応神であるこの人に対して失礼な物言いですね」


 Pは革の言葉に顔をしかめながらそう答えた。


「だってそうじゃん! 他の神はちゃんと仕事してるのに、それが嫌になったから人間界にって、馬鹿だろ」


 美神程ではないが、神も国民から尊敬される対象である。そんな神がこんな落ちこぼれだと知り、革は呆れ果てていた。

 何かを言い返したい様子のPだったが、革の言葉が事実故、言い返す言葉が見つからず、革を睨み続けた。

 落ちこぼれと言われているにも関わらず、星夜はその事について何も言い返さず、その場で伸びをした。


「なぁ……人間界って、楽しい?」


 星夜に対して呆れる革とは対照的に、命は星夜に対して興味が湧いたようだ。


「えーっと、お前は確か……めい!」

「――めい?」


 星夜にめいと呼ばれた命は、一体誰の事かと小首を傾げた。


「お前めいじゃないぜ? そんであっちは確か……かわ」


 今度は革の方に視線を向けながら、星夜はかわと言った。

 その視線に気づいた革は、目を見開きながら大きな声で答えた。


「かわじゃねぇよ! あらた! 俺はあらた様だ!!」

「うん……俺も、めいじゃない。――みこと」

「あれ? なんでぜ? ヒサ班の名簿を昨日Pに見せてもらった時、確かにそう書いてあったのぜ」


 そう言って星夜はPにもう一度その名簿を見せてくれと頼んだ。

「これですか?」と言いながら、Pは黒いカバンからクリアファイルを取り出すと、その中から一枚の紙を取りだし、星夜に渡した。


「あ、ほら! 見ろぜ。美神ヒサ、補佐、かわめいぜ」

「それ音読みだろうが! ――あっ、いや……俺の方は訓読みか。――わかったぜ。お前、音読みも訓読みもごちゃごちゃで覚えてる馬鹿野郎だろ」

「あらた……口、悪い」

「えっ、あっ……ごめん」


 ついツッコミに熱くなってしまった革に、命は静止を促した。


「かわとめいじゃないぜ? うーん。よし、ひらめいた! かわとめいはあだ名という事にするのぜ」

「そんなあだ名いらねぇよ!」

「よろしくぜかわ」

「あだ名……うん、なら、別にいい」

「よろしくぜめい」


 わはははと、楽しそうに笑いながらそう話す星夜に、革は苛立ちを隠せない。命は特に気にすることなくめい呼びを受け入れた。

 革は星夜の事を睨みつけている最中、ある事が気になった。


「お前性別は? 男っぽいけど、男ってこんな華奢な体してるかな?」

「あー、それ俺も気になる。――運命の神その一さん、どっち?」

「俺の名前は星夜ぜ。星夜で良いのぜ」


 命は星夜から名前の説明を受けた。それから少しうーんと悩んだ後、命は口を開いた。


「じゃあ星神様ね」

「星神様……はじめてそう呼ばれるのぜ」

「神様で、名前に星……ついてるから」

「あだ名つけてくれたぜ? 嬉しいのぜ。じゃあそう呼んでぜ」


 嬉しそうに笑ったあと、星夜は「あ」と言って、何かを思い出したのか、そのまま革の方を向き、楽しそうな顔で話しかけた。


「俺が男か女かってぇ? ――さぁねぇ。自分で考えてみなぁ! ひゃはは」


 急に笑い始めた星夜にびっくりした革と命を見たPは、静かに話し始める。


「うちの主人は、曖昧が好きなのです。男なのか女なのか分からない。その曖昧が成功している事が、嬉しくて楽しくて、笑ったのだと思いますよ」


 よく分からない説明を受け「こんな変人とは絶対仲良くなれない」と革は考えていた。

 それから星夜は談話室のソファに座ると、天を仰いだ。


「これからどうすっかなぁ……運命の神の仕事やらないのは迷惑かかるから、たまにはねーとしきゃーの手伝い行くとして……って、あー……しばらく謹慎期間で運命の神の仕事も出来ないのかぁ。――人間界への出入りも出来ねぇなぁ。――そうだ、この間に小説沢山進めればいいぜ」

「あなた…‥ポジティブですね」


 星夜が人間界に勝手に降りたのは五年も前の事である。

 それまでよく捕まらなかったものだとPは思っているが、実際星夜は様々な世界を行き来し、気に入った奴が居れば、そいつにチャンスをやってまた違う世界に行き、また違う気に入ったやつが居ればチャンスをやる。そいつらが気になった頃に、また会い行くという生活をしていた為、見つけるのに時間がかかってしまったのだろう。

 そんな星夜が人間界でしている仕事は小説家だ。

 家から持ってきた金品を売っぱらい暮らしていたが「なにか働かないと金が無くなっていく」という事で、人間界で気になった様々な奴らの人生を小説として書き、投稿サイトにアップした所、なんと人気を博してしまった。今では一部の世界で「咲夜星夜大先生」なんて呼ばれている。


「人間界……楽しい?」


 命が再度、星夜に質問した。


「うーん……俺が言える事は一つ」


 星夜は少し下を向き、そのまま少し目を閉じてからゆっくりと開ければ、真面目な顔つきへと変わっていた。


「天界は愛しいけど憎いし、人間界もまた、愛しくて憎い……かな」


 命にその意味はわからなかったが、軽い感じで「ふーん」とだけ返した。

 Pはポケットから懐中時計を取り出すと時間を確認した。今は午前十時半過ぎだ。


「星夜、そろそろ紫綺夜しきや様と咲夜様への謝罪に向かわねば」

「やったぜー! 久しぶりにねーとしきゃーに会うぜ」

「謝りに行くんですけどね……さて、それでは我々はここで失礼します」

「ばいばいぜーかわ、めい」


 そう言って星夜とPは談話室の割れた窓から去っていった。


「だからかわじゃねぇよ落ちこぼれ! てか、窓代もまた払いに来いよな」

「――なんか、面白い人だった。――気に入った。星神様……また会いたい」


 二人を見送った革と命も、そのまま街の警備をする為、街へと歩みを進めた。

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