はじめまして

第16話

 春の陽気から、段々と蒸し暑さを感じる様になって来た月曜日、今、二人は談話室の壁から、ヒサの部屋の会話を盗み聞きしている最中だ。

 先程ヒサの部屋へ赴くと、ヒサは他の美神と話をしており、邪魔になってはいけないと談話室へと来たのだが、内容が気になり、今に至るというわけだ。


 ――運命の神の仕事を放棄し、申請も無しに人間界へと姿をくらました馬鹿者が見つかったのか。――処罰は私達の班に任せろ。

 ――お願いね。――ヒサちゃん、そんな怖い顔しないの。リラックスリラックス。

 ――あぁ、すまない。


 話がまだ終わりそうにないと思った革と命は盗み聞きをやめ、談話室にあるソファーに座った。


「運命の神が仕事放棄って、どんな無責任な神なんだろうな」

「お偉いでも、サボったり……するんだな」

「運命の神は三人居るらしいから、一人くらいサボっても平気なのかな」

「三人もいんの? そんなん……平気でサボるわ」


 そんな話をしていると、談話室の扉が二回程ノックされた。

 革は談話室の入口へと近づき、ドアを開けた。


「はい?」

「失礼します。私、ミア様の補佐の一人を務めている朱雨と申しますが、ミア様はまだ、ヒサ様とお話されていますか?」


 来客は朱雨しゅうと名乗る人物だった。

 朱雨は朱色の髪をもち、長髪を後ろで一つに束ねている。

 目は深い青色で、落ち着いた雰囲気のある切れ長の目をしている男性だ。


「ヒサちー……まだ話してたよ」


 革の後ろから命が顔を出した。

 朱雨は命の発言に対して目を丸くすると、しばらく言葉を失ったが、先程までの落ち着いた表情が、段々と怒りの表情へと変わった。


「なんと失礼な!! ヒサ様に対してその様な口の利き方をするなんてありえません! 貴女、今すぐその発言を撤回なさってください」

「――は?」

「あ、驚かれましたよね、すみません。ですがヒサ様に許しをもらっていますので」


 朱雨の大きな声や態度に苛立ちを露わにする命。

 それに気づいた革は急いで口を挟むが、朱雨はそれに対して納得する様子は無い。


「許しを貰う貰わないなんて関係ありません! ヒサ様と我々は全くと言っていいほど差がある。どれだけ偉く尊いお方か分かっているのですか? 友達では無いのですよ」

「いや……ヒサちーと俺は……友達だよ」

「ですからっ!」

「なんの騒ぎだ」


 話を終え、部屋から談話室へと移動してきたヒサが姿を現し、疑問を口にした。

 ヒサの右隣にはミアが居り、心配そうな表情で革、命、朱雨を見つめた。

 朱雨はすぐ様ヒサとミアに対して一礼すると、ミアの元へと近寄った。


「お二人ともお疲れ様です。――大きな声を上げ申し訳ございません」

「大丈夫? 喧嘩はダメだよ?」

「はい、ミア様」


 先程まで怒鳴り散らしていた人とは思えない態度へと変わった朱雨に対して、革と命は苛立ちを覚えた。


「それで、しゅーくんどうしたの?」

「本日の任務について、聞きたい事がございましたので、馳せ参じた次第です」

「なになに?」

「ヒサ班の補佐の方と合同で街の警備というのは、一体どう言う……」

「ああそれね! 今日は私人間界に用事があるの。補佐には、るーくんを連れていく予定。でも街の警備もしないとでしょ? せっかくなら親睦も深めて欲しいと思って、昨日の帰りそう決めたんだよ」


 嬉しそうに話すミアとは対照的に、苦虫を噛み潰したような顔をしながら、朱雨はミアの話に耳を傾けていた。


「えっ!? 俺達がこいつと一緒に街警備するんですか!?」

「うるさいお兄さんと一緒……ヤダ」


 革はあからさまに嫌そうな声のトーンで話し、命は困った顔をしながらヒサの方へ視線を向けた。

 ヒサはそれに対していつもの真面目な顔で見つめ返す。


「お前達は今まで他の班と合同で何かするという機会がなかったからな。昨日帰りミアから提案され、それぞれ良い経験にもなるだろうと了承したのだ」


 ヒサ班は主に天界の中心街を任されており、ミア班は主に海方面の街を担当している為、ヒサ班とは全くと言っていいほど会わない。


「ミア、お前はこれから人間界へ赴くのであろう? あとは私に任せろ」

「ほんと? じゃあお願いね。しゅーくん、頑張ってね!」


 ミアは朱雨に対して笑顔で手を振ると、談話室を後にした。


「ミア様からの命ならば」


 朱雨はそう呟いた後、ヒサの方へと向き直し、一礼した。


「本日はお世話になりますヒサ様。――私、ヒサ様を心から尊敬しております故、同じ仕事に関われて幸いです」

「ありがとう朱雨。――さて、あらた、みこと、自己紹介を」

「必要ありません。【前代未聞の問題児補佐】と言われるこの人達の事、私は色々と自分なりに調べ、知っております」

「えっ、俺達の何調べたんだよ。男に調べられても気持ち悪いだけなんだけど」


 同じ立場と知り、重ねて嫌味な男だと思った革は、朱雨に対して敬語をやめ、いつも通りの話し方で悪態を着いた。

 確かに革と命の活躍は朱雨の活躍に比べて書き方に違いがあった。

【ミア班、期待の新人補佐】と新聞やニュースに書かれる朱雨に対して、革と命は【ヒサ班、前代未聞の問題児補佐】と書かれているのだ。

 確かに革と命の仕事ぶりは周りと違う。

 革は事件を起こしている人に対しての口の利き方が大層悪い事。いつも態度だけは大きいものの、戦闘には参加しない事等が理由に上げられる。

 命はまず服装の乱れ、連携を取ろうと試みても単独で行動し話にならない。そして事件を起こしている人を止める為ならば、街を大層破壊しても気にしない事等が理由に上げられる。

 対して朱雨は今年美神の補佐に就任したにも関わらず評判が良い。

 国民に対しいつも優しく接し、事件の際も慎重に事を進め、街への被害も最小限で、重ねて服装もちゃんとしており品もある装いだ。


「確かにあらたとみことは荒削りな所が多い。――だが、この一年補佐を続け、それなりに成果も上げられている」

「流石ヒサ様、お優しいお言葉をかけられるのですね。――この人達と一緒と言うのは大層気乗りしませんが、これから街の警備へ参りたいと思います」

「んだとこのクソ」

「あらた、口が悪いぞ」

「も、申し訳ございませんヒサ様」

「――では、私は事務仕事をする。あらた、みこと、朱雨、街の警備任せたぞ」


 ヒサは自室へと戻って行った。

 朱雨はヒサが部屋へ戻るまでその場で一礼をし続けた。

 そんな朱雨の様子を、革と命は奇異の目で見つめた。


「さて、では街へと移動しましょうか」


 朱雨はそう言って足早に談話室を後にした。

 遅れを取っていられるかと、革は命の手を引っ張り駆け足で朱雨の後を追った。


              ✝︎✝︎


「私と勝負をして下さい」


 終業後、革と命は朱雨から決闘の申し込みを受けていた。


「なんで?」

「貴女達はヒサ様の評判や、警備の評判までおとしめるばかり……しかもまるでエレガントでは無い。そんな下品で粗暴な貴女達を、私は美神の補佐だと認められないのです」

「なんでてめぇにそんなこと言われなきゃなんねーんだよ」

「私はヒサ様を尊敬し、この仕事に応募しました。ですが貴女達が先に補佐であるせいで、ヒサ班には選ばれませんでした。――ミア様が嫌いというわけではありませんが、私の夢はヒサ様の補佐になり、支える事でした。――それなのに、その補佐がまるでヒサ様のお力にもなれておらず、ご迷惑ばかりおかけになるのならば、この私は放っておけないのです」


 朱雨はそう語りながら切歯扼腕せっしやくわんした。


「貴女方はエレガントでエリートな私との力量の差を思い知ると良いのです。――自分達がどれだけ頑張りが足りていないのかを。それを手っ取り早く分からせる為に、勝負したいのです」

「俺達が頑張ったならそれはもう頑張っただから。そんなクソみたいな勝負必要なくね?」


 今日の晩御飯の為、今すぐにでもスーパーに行きたい革は、あからさまに面倒くさそうな顔でそう言った。

 だが、朱雨は引かなかった。帰ろうとする革と命の後ろから声をかける。


「怖いんですか。負けるのが」

「――は?」


 その挑発に乗ってしまったのは命であった。

 命は剣技に取り組む際に、恐れなど感じていないからだ。

 自分がそう見られたのならばそれは不名誉な見立てだと思い、気を悪くした。

 命が真面目な顔で振り返り、朱雨の視線と交わった。


「やろうぜ……勝負」

「ふふん。後悔するといいです」


 それから三人は輝響なびきが先生をしている剣術スクールへと赴いた。

 命は「今から……この兄さんと勝負したい。――だから、部屋貸してくんね?」と輝響に頼むと、快く了承してくれた。

 剣術スクールは十八時までやっているので、輝響は担当しているクラスの指導がまだある。試合が見れない事を残念がりながら、仕事へと戻って行った。

 朱雨は腰につけている刀ベルトのホルダーから二本のシャムシールを取りだした。

 グリップは赤く、ガードの真ん中には青い綺麗な石がはめ込まれていた。二本のシャムシールを慣れた手つきで握る朱雨。準備が出来たようだ。


「十カウントしても立ち上がれなかったら負けな」

「わかった」

「分かりました」


 稽古場の真ん中まで赴くと、ようやく命が刀を出し、左手で握った。

 お互いに一礼しあった後、それぞれ刀とシャムシールを構えた。


「はじめ!」


 革の一声で、勝負は始まった。

 命は地面を踏みしめると瞬足で朱雨の方まで移動するが、それに対してを朱雨はニヤリと笑い迎える。

 朱雨はシャムシールで丸型を作るとそこに向かって「発射!」と言った途端、沢山の泡が吹き出し、その場は泡でいっぱいになった。

 泡が目に入り、立ち止まってしまう命。

 その隙を朱雨は逃さず、シャムシールを構え命に向かって振り抜く。

「当たる!」そう思った攻撃は、残念ながら命の刃に当たり、受け止められてしまう。


「貴女、目を瞑っていたのに何故!?」

「俺ねー、耳がいい子なの」


 そう言って朱雨の傍から離れ、どうしたものかと策を練る命。

 その内にも、朱雨は攻撃を仕掛けてくる。


「お兄さん……髪赤いのに、水使いなんだ……な」

「そうですよ。我が血筋は水に関係している家系です。私は魔法が得意な兄さんから様々な水魔法を教わりました。――そして、その魔法と剣術で兄さんを守る為、私は鍛錬を続けているのです」


 刀とシャムシールがぶつかり合うだけの音がしばらく響いた。

 朱雨が攻撃を仕掛けても、命はその攻撃を避けるか刀でなすばかり。


「はぁ……はぁ、どうして……どうして当たらないのですか!」

「キレはいいけど……まだ遅い」

「くぅ……良いでしょう、次の技です!」


 シャムシールにまとっていた水を球体に集め、それに朱雨が命じる。


「あの者の動きを止めて来なさい!」


 そう言われた水は、命の足元へと飛んでいく。それが命の足にかかったと思えば、二本の手の形に変わり、命の両足首をグッと掴んで離さない。

「やべ、痛ぇわ。――足首のコリ、溜まってるのかな」


 そのまま立っていられなくなった命は、地に手をつけた。それを見逃さなかった朱雨は、命の頭上からシャムシールを振り下ろす。

「今度こそやった!」と朱雨が思ったその瞬間、命が刀を時計回りに振り抜き、何かを呟いた。


「紫」


 刀から紫色の炎が吹き出し、命の周りを包み込む。

 朱雨はその炎に阻まれ、命に攻撃を当てられなかった。


「――炎の魔法ですか」

「うん……普段の鍛錬ではあんま、使わないけど」


 それから沈黙の睨み合いが始まる。どう動けば相手に有利な一撃が入れられるのか。

 先に仕掛けてきたのは命の方であった。命は刀を朱雨目掛けて何度も打ち込んでいく。それをシャムシールで何度もガードするが、命の一撃は重く、それを何度も打ち込まれては耐えられそうにない。

 朱雨が考えを巡らせている間に、シャムシールが弾き飛ばされ、地面に落ちてしまった。それを見逃さない命はそのまま朱雨の襟元に刀を刺し、地べたに這いつくばらせた。


「ぐうっ!?」

「はい、いーち、にーい、さーん」


 朱雨はどうにか、この状況から脱さないとと思った。

「こんな無様な負け方嫌だ。恥を晒したくない」と思ったが、命の力は強く、起き上がれない。

 カウントはもう、十になってしまう。


「はーち、きゅーう……じゅう」

「みことの勝ち!」


 終わった、終わってしまった。

 自分から勝負をしかけておいて、あんな事まで言っておいて、朱雨は負けた。

 プライドがズタズタに傷つけられ、とても悔しくて恥ずかしい気持ちになりながら、朱雨は二人に対して余計苛立ちを感じた。


「女に負けるなんて! 馬鹿な!!」

「悔しいならば、鍛錬をしろ……おごるな」

「している! しているさ! 貴女達には分からないと思いますけれど、私は努力して努力してやっと剣の腕を認められたエリートです! ――私の家系は魔法家系。誰も剣術をやっていない家系で、急に剣術を学んだんです。その苦しさが、辛さが……貴女達にわかってたまるか! 自信があったのに。なのに……女に負けるだなんて!」


 朱雨が落胆しているのもお構い無しに、革は朱雨の元へと歩み寄り、その右頬を思いっきり叩いた。


「なっ!?」

「――あらた?」

「さっきから聞いてりゃ、なんなんだよお前! 女に負けたのがそんなに悔しいのか? 男は女に勝って当たり前とか思ってんのか? 馬鹿馬鹿しい! 気持ち悪いし、なんて失礼な奴だ。――エレガントでエリート? それがどうしたんだよ! みことが勝ったんだよ。お前は実力が甘くて負けた。それが現実だろうがこのゴミ野郎!!」


 その場に沈黙が流れた。

 朱雨は場の空気に耐えられず立ち上がる。


「認めない……私は絶対に貴女達を認めない!!」


 そう言って稽古場を後にした。


「なんなんだあいつ、負け犬まっしぐらだな」と話す革に、命は嬉しそうな顔をして革の頭を撫でた。


「み、みことさん?」

「――ありがとうあらた。怒ってくれて」

「いや……だって、みこと女でもちゃんと強いのに、あんな事言われて……ムカついた」

「――嬉しい」


 そのまま革の頬に、命は軽く口付けをした。


「へあっ!?」

「ふふっ……帰ろっか」


 そう言って命は革へ右手を差し出す。革はその手を左手で握る。

 そのまま二人は、帰路に着いた。

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