悪魔
第14話
月曜日の朝は体がいつもより重いのは気のせいだろうかと、革は考えていた。
朝食も終え、歯磨きも終え、今は洗面所についている鏡の前で笑顔チェックをしていた。
「服装良し、髪型もよし、笑顔も……よし!」
白い歯を見せながらにっこりと笑ってみた。「今日も良い笑顔だぜ」と自分に言い聞かせてから、リビングへと戻る。
リビングでは命がソファでごろ寝しており、顔が今にも夢の中へと戻りそうだったので、革は声をかけた。
「みこと、さっき髪も服も整えたのにごろ寝しないの! 服ぐちゃぐちゃになるよ。あと寝ちゃダメ。今から仕事行くんだから」
「んぇ? んー……ねみ」
半分眠っていた様子の命は革の呼びかけにより重い瞼を開け、ソファから立ち上がり、その場で伸びをしてから首を左右に動かし、時計回りに回した。
少し乱れた髪を革が手櫛で直してやると、命は心地良さそうな顔をして、革にもたれかかった。
「寝ちゃダメ」
「バレたか」
そのまま命の体を手で押し返し、皺が寄った命の服をピンと伸ばしてやる。これで準備は整った。
革は右サイドポケットにある財布と携帯の確認をした後、左ポケットから鍵を取り出した。リビングの電気を消し、二人は玄関へと向かい、靴を履きドアを開けた。
「いってきます」
「いってきまーす」
そう言ってから、革はドアの鍵を閉めた。
✝︎✝︎
今日の革と命の仕事は、相も変わらず街の見回りだ。
ヒサはと言えば、今日も事務処理に追われている。
「毎日散歩ばかりで、何も起こらないのは……暇だ」
「確かに問題があって対処した方が、俺達の凄さが分かってもらえるとは思うけど、平和が一番だよ」
二人の評判は極めて良いとは言えないが、顔がいい二人なので、同年代の女性や女子高校生に出会うと、黄色い声を出される事がある。一部の子達は「あらた様みこと様ファンクラブ」というものを作っている程に、女の若者からは評判が良い。
何故ファンクラブまで出来たのかと合えば、革と命の対応が、まるでアイドルを思わせる様なキザなものであったからだ。
確かに国民との関係は良いものでなければならないが、そこにアイドル性は必要なのだろうか。
「あらた様ー!」と呼ばれれば、革はその人に手を振ってから「今日も最高かっこいいあらた様だぜ」と答える。
「みこと様ー!」と呼ばれれば「今日も、顔がいい……俺だぜ」と答えウィンクする。
時にはサインを求められることもある。「存在が尊い」等のクソでか感情うちわを持ってこられることもある。
「あらた様こっちにウィンク投げてー!」や「みこと様投げキッスしてー!」等、熱烈なファンも存在している。
二人は丁度その話をしながら、街を歩いていた。
「俺の顔がいいからな」や「あらた様の魅力に惚れるなんて、当たり前だよな」等、自分達の事を当たり前の様に今日も褒めている。
「あ、そうだ。俺達のコンビ名でも考えてみる?」
「コンビ名? あらた&みこと?」
「そんなかっこよくないのヤダよ」
「じゃあ、何が……良い?」
「そう言うと思ってもう考えてきたんだよ俺! 発表します。俺達のグループ名は……Heavenly✝︎Revo」
「へぶんにゃー、れぼ?」
「ヘブンリーレボ! ヘブンリーレボリューションだと長いからRevoにした。天の革命って意味」
「へぇ……なんか、めっちゃかっけー」
「だろ!? えへへ。二人でHeavenly✝︎Revo。アイドル出来るかもな俺達」
「ライブでも……やっちゃう?」
「あ……でもみこと歌苦手だよな。俺が歌で、みことはダンスだけやる?」
そんな楽しい話をしていると、急に命が足を止めた。
革は命の顔を覗き込む。
「みこと?」
「気配がする……悪魔の」
平和な街の空気は変わらずのままだが、命のその一言で革は生唾を飲み混んだ後、周りを気にし始めた。
「何処にいるの?」
「――来る」
「えっ!?」
その瞬間、黒く淀んだ空間が現れては、そこから一匹の悪魔が姿を現した。
出てきた悪魔の横に丁度命が立っており、悪魔の方がびっくりしたようだ。
『うわっ!? 天界人近っ! ぎゃはは! まあいい。今日のターゲットはお前だ』
そう言い終わると命の腕を掴む。が、命はそこから動かない。
『おい、腕このまま引きちぎられたくなかったら一緒に来いって。お前は今から見せしめで可哀想な目にあってもらう。街を不安に陥れてやるからな! あー、不安にかられて泣き叫ぶ天界人共の悲鳴……考えただけで愉快だぜ! ぎゃはは!』
悪魔が話しているその最中も、命はそこから動こうとはしない。
『おいてめぇ、いい加減にしねぇと』
「――うるさい」
その瞬間命は肘を勢いよく振り上げ、悪魔の顔に強打させた。
『いってえぇ! クソ天界人がよぉ!! 良いぜ、そんなに死にたきゃ、今すぐ殺してやる』
「あらた、国民に避難指示を」
「おう!」
そこから革は街に声が響き渡るくらい大きな声で「悪魔だー!! 悪魔が出たぞ!」と知らせた。
騒ぎ始める国民、冷静な革。携帯でヒサへ連絡をとった。
「もしもし、あらた。どうした」
「ヒサ様! 悪魔です! 街に悪魔が出ました。警報をお願いします」
「分かった。私も現場へ急行する」
革が電話をきると、すぐさま悪魔出没警報が街全体に流れた。
街の外へいた人々は皆、革と集まってきた警備隊の指示により避難させられていく。
命は左手を伸ばし、淀んだ時空から刀を取りだした。
悪魔相手に普通の剣技はあまり効果がない。
そんな時の為に、天界人は様々な魔法と剣技を組み合わせて強力な技を放ち、悪魔と立ち向かっていく。
命の場合は悪魔の力で、悪魔を燃やすので、少し違うのだが。
「めんどくさい」
『俺の火に焼かれて死にな!』
悪魔は口から火の玉を吹き出してきては、命を狙い打ち込んでくる。命はそれを刀で全て去なす。
それを見た悪魔は余計に機嫌を悪くし、今度は長く伸びた爪で斬撃を打ち込んできたが、命は軽々とそれを避け、当たらない。
『!?』
「遅い」
そう言い終わると、命は瞬時に悪魔の後ろへと移動し、蹴りをくらわせた。
『てっめぇ! なめたマネしやがって!!』
「知ってるか? 冷静を失った方が、勝負に負けるんだ。――命散り行きは一瞬。それ守る鍛錬は一生」
そう言うと、命は小さく口を開けた。
「……エペル」
刹那、命の体からすっと黒い影が這い出ると、そこから悪魔が姿を現した。
首には黒いリボンのチョーカーをしており、黒いトレンチコートと黒い長ズボンに黒のハイヒールを履いている。
『うーん、なんじゃなんじゃ? せっかく眠っておったのに。――みことや、何か困り事か?』
「あの悪魔、倒すからさ……赤、出したい」
『ほぅ。――出しても良いが、それだけお主の意識を頂くぞ?』
「良いよ」
『了解した。では、使うが良い……儂の力』
そこで口を挟んできたのは、先程の悪魔であった。
『おい! どういう事だよ。なんで天界人が悪魔と契約して……』
『悪魔の力には悪魔も弱い。お主には悪いが、さようならーじゃ』
『まっ、待てよ! 話し合おうぜ。あんた、悪魔なら、ここに居る奴ら全員一緒に殺してやろうぜ! そしたら悪意が高まりまくりで、階級が上がるぜ』
その提案に、エペルは機嫌を悪くした。冷酷な顔になり、先程の悪魔を睨む。
『お主……儂を誰だと思っておる? 階級など、とうの昔に制覇したわ。――そしてその言い草、儂の存在も知らぬ様じゃな? 不愉快極まりない。消えろ』
その言葉を最後に、エペルはみことの体の中にすっと消えて行き、姿を消した。
命は再度刀を慣れた手つきで左手で握り直し目を閉じた。
そして小さく口を開ける。
「赤」
そう言うと刃が赤黒く染まり、高温になっていく。そして刀の鍔についている天使の翼モチーフの色も、水色から黒へと変貌した。
目を開けば、命の眼は赤く染まり、結膜は黒く染っていた。
そのまま瞬時に刀を振りかざし、振り抜く。
肩から胸元にかけて放たれた赤き炎を
燃え上がるような激痛が悪魔を襲う。悪魔は地に落ち、まるで死にかけの虫のような動きで脚をばたつかせていた。
『ぎああああーっ!!』
「まだ、やる?」
苦しさにもがく悪魔を見下ろして、命はそう聞いた。だが悪魔は痛さにもがき苦しみ、返答してこない。
その内にヒサが現場に到着した。
「みこと、状況はどうだ?」
「んー? もうすぐ……終わりそう」
悪魔はずっと痛みに声を荒らげもがいていたが、少し余裕が出たのか、淀んだ時空を作り出しどうやら悪魔界へと帰ったようだ。
「暫くは来ないんじゃない?」
「お前はいつも、相手にとどめを刺さぬのだな」
「誰も殺さないっていうのは……革との約束、だから」
命は革の話をすると先程までの真面目な顔から一変、へにゃっとした頼りない顔で笑った。
ヒサはそんな命の表情に安堵した瞬間、命の赤い眼と視線が交わった。
「眼は……平気か」
「ん? あー、戻す戻す」
そう言うと命は目を閉じ、ゆっくりと開けるといつもの浅葱色の眼で、結膜は白に戻っていた。
もちろん命が悪魔では無いことを、ヒサは知っているのだが、命が悪魔の力を借りて戦闘する際は、いつも様々な事を心配している。
命がちゃんと騒動を止められるのか、怪我をしないか。
そして、万が一にも、悪魔と共闘して国民を傷つける側になってしまわないか。
信じている。信じてはいるのだが、眼も、翼も、悪魔の様になってしまう命を目の当たりにしてしまうと、少しの不安が襲うのだ。
本日の騒動は被害無く終えられる。ヒサが安堵したその時だった。
命が、その場に倒れ込んだ。
「みこと! おい、みこと! 大丈夫か!?」
ヒサはすぐ様命を抱き抱え、肩を叩きながら名前を呼ぶ。静かな街に、ヒサの声が響く。
だが、命は目を閉じ、口も固く閉ざされたまま、開く様子がない。
ヒサは急いで携帯を取り出すと、革に連絡を取った。程なくして、先程まで違う場所で国民の避難を促していた革が、ヒサと命の元へと向かって飛んできた。
革は空から地面に降りると、ヒサと命の元へと駆け寄ってきた。
「ヒサ様! みこと、みことは!?」
「分からぬ。急に倒れてしまい、どうしたものかと……」
革はその場に膝をつき、ヒサの膝の上で気を失う命の顔を心配そうに見つめ、命の左胸に手を当てた。
「心臓は動いてますね。意識が……定まらないのかな。――ちっ、あいつに聞いてみるしかねぇか」
革はほっと胸をなで下ろした後、何かを思い出すとすぐ不機嫌な顔になった。
そして苛立った様子で命の方を見つめながら問いかける。
「おいクソ悪魔!! どうせ起きてんだろ? これはどういう事だ。わかるなら説明しろ」
革の問いかけから数秒後、みことからすっと黒い影が這い出ては、先程命と親しげに話していた悪魔が姿を現した。
ヒサはそんな状況に驚きを隠せない。
「なっ!?」
「やっぱり。起きてんじゃねーか」
『ほぉ、あらたではないか! いやー久しぶりじゃのぅ。最近は儂もみことの意識内で眠っている事が多くてのー。春だからかのぅ』
そう言うと悪魔はその場で伸びをしてから、首を左右に振り、時計回りに回した。
「てめぇの事なんて知らねぇよ! みことはどうしたんだって聞いてんだ」
『人にものを聞くときは、もっと控えめにした方が良いぞあらた。若いのぅ。――まぁ、儂優しいから、ちゃんと儂の名前を言えたら、答えてやろうかの』
マイペースに話を進める悪魔に、革の苛立ちは高まるばかりだが、今は言うことを聞かない限り、真実は分からないと思ったので従った。
「――答えろよ、エペル」
「エペル……なるほど。この気迫……この者は、やはり」
ヒサはその名に覚えがあったのか、緊張感のある表情で何かを理解した様だった。
そんなヒサとは対照的に、悪魔は飄々とした態度で話し始めた。
『今日は初めましてさんもいる事じゃし、フルネーム名乗っちゃおうかの。――儂はエペル・ダークネス。もうかれこれ千年は生きておる。悪魔界のドンと言うやつじゃな』
エペルはヒサと革の方を向きそう名乗ると、両手でダブルピースをしてからウィンクをした。
その場に沈黙が流れると、エペルは不機嫌そうな顔をした後「そうじゃ」と言った。
『みことが何故倒れたか……だったかの』
「この一瞬でもう忘れたのかこのクソ悪魔! 記憶力ゴミだな」
『クソばばぁという年齢かもしれぬが、軽く
話がどんどんとそれていく中で、革ではぎゃーぎゃーと喚き散らしてしまう為、ヒサは冷静に話を切り出した。
「エペルとやら……みことは、何故倒れたのだ? 教えてくれぬか」
『ほぅ、あらたよりもお主の方が話しやすそうじゃ! では教えてやろう』
ヒサの背中には嫌な汗が流れ、革は息を飲んだ。
『儂が、みことの意識を喰らったからじゃよ』
エペルは口角を釣り上げ、妖艶な笑みを浮かべた。
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