第10話
「書類が終わらぬ。すまないがあらた、手伝ってはくれぬか?」
朝の連絡事項が終わった後、ヒサは街の見回りに出ようとする革に声をかけそう告げた。
「もちろん大丈夫です。俺、字が綺麗なので任せてください」
ヒサは字が綺麗故に任せようと思ったわけではなかったが、革が何の躊躇いもなく了承してくれた事に、ほっと胸を撫で下ろした。
命は既に談話室から出ようとドアを開けた瞬間で、その話を聞いていたので静かにドアを閉め、自分も革の後に続きヒサの部屋へとやって来た。
「では、これらの書類の内容を確認して、判子を押したり、私にも相談しながら丸をしたり、返事を書いたりと、とにかく色々してほしい」
ヒサは書類の束をデスクの上に置き、革にそれらの事をお願いした。ヒサも書類の束を両手で持ち、談話室へと移動した。
どうやら作業は談話室でやるようだ。
二人も書類の束を持ち、談話室へと移動し、ヒサと対面で座った。
「よし、やるぞ」
「あらたーファイト」
ヒサと革は書類に集中し始めたが、命は手持ち無沙汰で左前髪をいじり始めた。そしてたまに書類を覗いては「うーん?」と小首を傾げた。
「あらた、これなんて読むの?」
「ちょっと待って」
「あらた、これ……はんこ押していい?」
「勝手に押したらダメ」
「――おい、みこと」
ヒサが命に対して声をかけた。
「んー? 何ヒサちー」
「お前に事務処理は向いていない。邪魔になるから出ていけ。手持ち無沙汰ならば、街の見回りを頼む」
そう言って部屋から追い出されてしまった命は、談話室の前で伸びをしてから、首を上下に振り、最後に時計周りに回した。
「行くかー」
そして命は天界神殿を後にした。
✝︎✝︎
「喉乾いた……自販機」
開始早々、命は道端の自動販売機の前で止まると、ズボンのポケットから二百円ほどを取りだした。
その時、自動販売機の後ろの茂みから黒猫が一匹、命の前に姿を現した。
「ねこちゃん!」
命は猫が大好きであった為、その猫の瞳をじーっと見つめると、猫も命の姿をその場でじーっと見つめた。
猫と目線を一緒にしたいが為に、命は自動販売機の前で正座をした。
その動作に驚いてしまった猫は、足早に茂みの中へと戻って行った。
「待って、ねこちゃん」
命はその猫を追いかけ、茂みの中へと歩を進めた。そのまま猫が行く場所行く場所へとついて行き、いつの間にか公園に出た。
時刻は朝九時半頃だった為、公園には誰も居なかった。
今日は雲ひとつない晴天。眠気を感じた命は猫を追うのをやめ、大きな木の下に座った。
そして、春の心地よい陽気に身を任せ、眠りについた。
✝︎✝︎
子供の楽しそうな声が聞こえてきて、命は目を覚ました。
その場で伸びをしてから、ピスポケットに入っている携帯を確かめる。時刻は午後十三時半頃。
「飯……買おう」
命はそこから適当に歩きコンビニを探した。
コンビニに無事たどり着き、そこでおかかのおにぎりを一つと銀シャリおにぎりを一つ、棒付きのアイスを三本買った。
そしておにぎりを食べながらそこら辺を歩いていると、ある事に気づいた。
「飲み物……買ってない」
近くの自動販売機で緑茶を買い、その場で少し飲み、残りのおにぎりを頬張った。
そしてピスポケットから携帯を取り出すと、マップアプリを起動し【天界神殿】と入力した。先日革から教わった機能だ。
命は道を覚えていられないで迷子になる事が多いので、一人で行動する時はこれを活用することにした。
命は周りに誰も居ない事を確認するとその場で黒い翼を大きく広げて、さらに上空まで飛んだ。
そしてそのまま無事、天界神殿に帰還した。
談話室に入れば、二人は丁度休憩をとっているようだった。
「ただいまー」
「おかえり」
「おい……終業時間は十七時だぞ。見回りはどうした? 何かあったのか?」
ヒサの質問に対して、命は無言でアイスが二本入ったビニール袋をヒサの前に突き出した。
「――これは?」
そして、右手に持っている一本のアイスのパッケージをあけ、ヒサにアイスを見せつけた。
「アイス買ったから……食いな」
命はそのまま口にアイスを入れながら、静かに談話室を後にした。
「アイス? やったー! みこと優しいですねヒサ様」
自分が手伝えないのならば、せめて二人が喜ぶ事をしようと思ってくれたのか。
ヒサは袋からアイスを取り出すと、アイスのパッケージを開けた。
「なんだ……随分溶けているな」
そんなアイスを見て、ふっと声を出し、ヒサは微笑んだ。
✝︎✝︎
命は再度マップアプリを起動させ【青空書店】と入力した。そして天界神殿からしばらく適当に歩いた所で、周りに誰も居ない事を確認し、黒い翼を大きく広げ上空へ飛んだ。
書店には案外直ぐに到着した。重厚感のあるアンティーク調のドアの開き戸を握り、ドアを押し開けると《カランカラン》と軽快な音が鳴り響いた。
「いらっしゃいま……えっ、みこと?」
「ななお……居て良かった」
レジを担当していた店員は、命の友達の一人である
「暇そうだな」
「まあね。今はまだお昼だし、学生とか仕事帰りの人とかは夕方~夜に来るから」
命は静かな店内を見渡すと、従業員用の青いエプロンを着用した女性店員と目が合った。その店員は直ぐに顔を逸らしてしまったので、顔はよく分からなかった。
命は成真に「ねこちゃんの本ない?」と聞き、猫雑誌コーナーを案内してもらった。
そこには様々な猫が表紙を飾っており、命は全て買いたいなと思っていた。
気になるものをペラペラと捲り、沢山の猫の写真を眺めては、猫の可愛さを噛み締めた。
命はある程度満足し、猫雑誌を棚に戻すと、まだ暇そうにしている成真の元へと歩を進めた。
「ありがとう……癒された」
「って、買わないのかよ」
「うん。――余計な物は、あらたに怒られるから」
「別に、そんなにあらたちゃんの事気にしなくても、自分の金で好きな物買えば良いのに」
そんな話をしていると、命は視線を感じ、後ろを振り返る。
すると、また先程の女性と視線が交わった。それに気づくと、女性店員はまた直ぐに顔を逸らしてしまう。
命はそれに対してもしやと思い、成真に声をかけた。
「なぁ……あの子さ」
「えっ? あの店員さんがどうかしたの?」
「ななおの事……好きなんじゃね?」
「はぁ!?」
成真は静かな店内に響き渡る程大きな声を出してしまい、その場にいた数少ないお客さんも成真の方へ視線を向けた。すかさず咳払いをしてから、今度は小さな声で命に話しかけた。
「ど、どういうこと?」
「あの子とさ……さっきも目が合ったんだ。――多分、ななおの事……見てる」
「そんなわけないよ。別にあの子と何も無いもん。おはようございますとかおつかれさまでしたとかしかないよ」
少し動揺した様子で早口で話す成真の様子を見て、命は妖艶に笑って見せた。
「照れてんの? 彼女欲しいって……言ってたじゃん」
「いやっ、だっ、えっと……あ! みことだよ。みことの事見てるんだよ」
「俺?」
「そうだよ、そうに違いない。だってみこと、ものすごく顔がいいじゃん」
顔がいいと褒められ、命はその場でドヤ顔をキメた。
「まぁ……そうかもな。俺……顔がいいから」
「そうそう」
そんな話をしていると、ピスポケットに入っている携帯が鳴っているのが分かった。命は携帯を取り出し、画面を見ると電話がかかってきていた。
相手は革だ。
「もしもし」
「みこと? 今何処にいるの? 手伝い終わったから命と合流したいんだけど」
「今……ななおと一緒にいる」
「はぁ!?」
革はとても嫌そうな声を出しそう答えると「すぐ行く」と言って直ぐに電話をきった。
「あらたも来るって」
「うわっ……俺事務所に篭ろうかな」
成真は革が苦手な為、その話を聞き顔を
ここで革と成真が言い合いをしたら店の迷惑になると思い、命は成真にさよならを告げ店を出た。
時刻は午後十四時四十五分頃であった。
それから十五分後程経ち、革が青空書店前に到着した。
「みこと、お待たせ」
「待ってない。――あらた、会いたかった」
そう言って命はすぐ様革の手を握った。命の言葉に頬を赤らめると、革も嬉しそうな顔をして「俺も会いたかった」と答えた。
「あと一時間半くらいしかないけど、街の見回りしよっか」
「はぁーい」
二人はそのまま手を繋ぎながら、街の見回りを始めた。
やっぱり一人ではやる事がないと思った。
革が隣に居てくれて、はじめてやる気が出ると命は感じ、今革が隣に居る事を嬉しく思い、静かに笑った。
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